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2-7:会合

入店したパトリシアは思わず声を出して足を止める。


「なっ……?!」

「パトリシアさん、どうかしましたか?」


アリスが不思議そうにパトリシアを見る。


パトリシアの目線の先には、なんと先客としてマンデルがいたのである。


魔術師の男とマンデルが談笑している。


無論、マンデルはこの店に私用で訪れているだけだ。


アリスたちが入ってきたことに気が付いたのか、魔術師は一旦席を立ってパトリシアたちに近づいた。


「すみません、少し待っていてもらってもいいですか?そちらの椅子でお座りください」

「はい、わかりました」


魔術師の指示に従って、アリスとパトリシアは入り口の近くに置かれている椅子に座る。


アリスとしては、マンデルの印象は良くも悪くも警備隊長として守っているという印象を持っている。


対して、パトリシアにとっては警備隊長という地位を利用して、町でもオークであるという理由で嫌われている存在。


アリスは肯定的に、パトリシアはマンデルを否定的な目で見ていた。


そんな中で、魔術師とマンデルは話を続ける。


「それで……強化ポーションを20瓶仕入れたいとのことですが……」

「ええ、ウチとしても警備隊を強化せよとのダンパ様から直々に指示がありまして……」

「成程、警備隊も大変なのですね……」

「はい、何かと指示があればその通りに行動をしなければなりません」

「はははっ、それはどこも一緒ですよ。ま、注文の品は明日の夕方までに出来るようにしておきますので」

「助かります。こちらにお金はありますので、何卒宜しくお願い致します」


魔術師の前で、マンデルは金貨の入った巾着袋を手渡す。


すぐに巾着袋を開けて中身の金貨を確認する魔術師。


金額に差異が無い事を確認すると、交渉は成立したようだ。


「なるほど、問題ありません。やっておきましょう」

「ありがとうございます、それでは失礼いたします」


マンデルは魔術師に礼をしてから席を立つ。


そして、椅子に座っていたアリスと目が合った。


マンデルがアリスに話しかける。


「これはこれは……アリスさんではありませんか」

「こんにちはマンデルさん。今日はお仕事ですか?」

「いえ、今日は非番ですが仕事で使うポーションを作ってもらうためにやって来たのです」

「そうでしたか……おやすみの日でもお仕事を頑張っているのですね」

「いえいえ、仕事なんてものではないですよ……おっと、忘れるところでした……昨日の事で謝りたいことが……」


軽く話をしてから、マンデルは意を決して財布から金貨を一枚取り出してアリスに返した。


「実は昨日請求した通行税ですが、アリスさんに一部を多く請求してしまっていたのです。私としてもミスをしてしまい、申し訳ございませんでした。お詫びとして金貨をお返し致します」


マンデルから渡される金貨。


アリスはジッとマンデルの表情を見た。


額からは冷や汗が出ており、申し訳ないという表情をしている。


それから、アリスはマンデルからの謝罪を受け入れた。


「マンデルさん、顔を上げてください。誰にだってミスはあります。私としては素直に謝罪をしてくださっただけで十分ですよ」

「本当に申し訳ございませんでした……」

「それと……金貨ですが、お返ししなくても大丈夫ですよ?」

「……えっ?」

「マンデルさんの好きに使って下さってもいいのです。今後同じミスをしないのであれば、それで十分ですから……」


アリスは金貨を返さなくてもいいと伝えたのだ。


これはマンデルも、傍に座っていたパトリシアも驚きの表情を見せた。


パトリシアは思わずツッコミを入れてしまう。


「ちょ、ちょっとアリスさん。本当にいいんですか?!」

「だってお仕事でミスをしたのであれば、それはあくまでも職務上のミスであって、個人が故意でお金を取っていたり、悪意を持って損害を出した案件もない限りは怒りませんよ」

「で、でも通行税って……」

「それも理解しています。多めに税を取っておかないとノルマが達成できない……そういった過剰な要求をする組織や企業は私の国でも存在するのです。所謂ブラック企業として悪名高いのです」

「「ブラック企業……?」」


悪名高いことで知られているブラック企業。


日本だけではなく世界中にあることで知られているが、その事をアリスが説明する。


「従業員に対して過剰なノルマ達成を要求したり、暴力や精神的な嫌がらせ、月100時間を超える残業を押し付けて社員を自殺させるまで追い込むような企業ですよ」

「そ、そんな事をして大丈夫なのですか?」

「警察や裁判所でも書類の送検だけで済みますし、自殺まで追い込んでも殆ど責任を負いません。まぁ、ごく稀に報復殺人が起きる程度ですが」

「「……」」

「あくまでも、そうした過剰なノルマを作って追い込む上層部が悪いのであって、マンデルさんは悪くないのですよ」


アリスとしては、マンデルはダンパというブラック上司によって命じられるがままに動かされている存在であることを認知している。


同じミスをするなと言われても、ノルマ達成の為であればやむなく行う可能性が出てくる。


アリスはマンデルに告げる。


「マンデルさん、私でよければご相談にも乗りますよ?」

「ありがとう……ございます。その際には……よ、よろしくお願いします」

「私でしたらスフレにいますので、私用で相談があればそこにいらしてください」

「はいっ……!」


アリスの言葉に、マンデルは言葉を詰まらせる。


グッと涙がこぼれそうになった。


自分の事を心配してくれる人間なんて皆無だったからだ。


アリスの優しさを受け取り、マンデルは何度も頭を下げて店の外へと出ていった。


横で見ていた魔術師は隣に座っていたパトリシアよりも驚いた様子でアリスを見て言った。


「……マンデル隊長にあのような言葉を掛けるとは……中々慈悲深いですね」

「慈悲……と言いますか、マンデルさんがオークというだけで白眼視されている状況ですので、それでは気の毒だと思ったからです。何かいけませんでしたか?」

「とんでもない!むしろお優しい心を持ったお客様に出敢えて嬉しいのですよ!おっと、紹介が遅れました。私、ティオースと申します。以後お見知りおきを」

「アリスです。よろしくお願いいたします」


ティオースと握手を交わすアリス。


ティオースは人間種であり、パッと見て30代後半ぐらいの容姿であった。


猫背であり、フードを被って眼鏡を掛けている姿はまるで不審者であった。


だが、フードを被るのは魔術師が魔術を執り行う上で必須な正装であり、ティオースの魔術師としての腕も確かである。


ドアが再び開いて、ベルが入店する。


少し息が荒く、汗もにじみ出ていた。


「お待たせ……ッ」

「ベルさん!」

「大丈夫かい?走ってきたの?汗すごい出ているじゃん」

「うん……ちょっと、ね……」


ベルが走ってティオース魔術師の店に来たのには理由がある、それはマンデルとすれ違ったのだ。


その際に、なんとマンデルの目から涙が出ていたのだ。


普段の態度からは想像もできない現象に、思わず驚いた声が出そうになったのだ。


ベルだけではなく、道行く人々もマンデルが涙を流していたのを驚愕しており、子供に至っては指をさして「オークのおじちゃんが泣いている」と言ったぐらいだ。


ここにいては声が出てしまう。


ベルは口を押えた上で、駆け足で魔術師の店にやってきたというわけだ。


「それでは、皆さんが揃ったようですし……仕事の話に移りましょうか。どうぞ、テーブルにおかけください」

「はい、お願いいたします」


ティオースの案内で、アリスとパトリシア、それにベルは椅子に座り、不正行為防止用の魔法に関する取引を行うのであった。

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