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0-2:時速180kmの異世界転移

青天の霹靂。


アリスは母親の言っていることがすぐには理解できなかった。


父親が逮捕されたという事を理解できなかったのである。


「お母様、お父様が逮捕されたって……どういう事なの?」

「……お父さんはね、悪い事をしたの。それで逮捕されたのよ」

「うそ……お父様がそんな事する人じゃない……」

「間違いであって欲しいけど、とにかく家に戻るのよ……アリス、鞄は?」

「えっと……クラスの席の所に置いているよ?」

「すみません、アリスの鞄を取ってきてもらえますか?」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」


直ぐに校長室にいた教職員が駆け足でアリスの教室に向かう。


その間にも、母親はアリスを抱きしめて慰めている。


アリスは大変なことが起こったことは理解できた。


しかし、どうしていいか分からず、アリスの頭の中は絡まったコードのように何重にも折り重なっている。


(お父様……どうして……)


薄っすらと涙を浮かべながらも母親に抱きしめられてギュッと泣くのを堪えるアリス。


「大丈夫よアリス、私がついているわ」

「お母様……」

「よしよし……いい子ね」


母親は優しくアリスの頭を撫でる。


微笑ましい光景だが、時間は待ってはくれない。


―ジリリリリッ……ジリリリリッ……。


校長室に設置されている電話が鳴り響く。


校長先生が電話に備え付けている受話器を取ると、険しい顔になっていく。


うんうんと頷いた後、受話器に向かって『暫く時間を稼いでくれ』と言うと、アリスと母親に言った。


「早速ですが、マスコミが騒ぎを嗅ぎつけてきたようです。正門前に早速報道陣が集まってきているそうです」

「やはり……警察に目と耳を持っている組織は早いですね……」

「お迎えのお車を職員専用駐車場に回してください、工事中の作業員の方に言えば通してくれます」

「ありがとうございます」


母親は直ぐにスマートフォンを取り出して送迎の運転手に連絡を入れる。


メディアはスキャンダルによって飯を食べている。


大金持ちであったり社長や政治家に対するスキャンダルであれば、尚更。


池にいる鯉目掛けて餌を投げた瞬間に食らいつくようなものだ。


しばらくは報道番組を賑やかにして、視聴率が取れるネタに釣られてやってくる。


教職員がアリスの鞄を持ってきて、校長室に入ってきた。


「お待たせしました!アリスさんの鞄です!」

「よし、アリスさん……お母様と一緒に行ってください」

「はい、校長先生……さようなら」

「大丈夫、また落ち着いた頃に戻ってきて下さい。貴方の席は空けておきます」

「さっ、行きましょう奥様。あまり時間がありません」

「校長先生、本当にありがとうございました」


母親がペコリを頭を下げて校長先生にお礼を言う。


校長先生はニッコリと笑顔でアリスと母親を見送った。


アリスと母親はボディーガードに囲まれながら教職員用の駐車場に向かうと、金益家の車が駐車している。


今朝も使っていたロールスロイスの車ではなく、V12気筒エンジンを搭載した日本の高級車であった。


しかし、そんな些細な事はどうでもいい。


大事なのはアリスと母親を無事に家まで送り届けることである。


ボディーガードが手早くドアを開けてアリスと母親が乗り込み、運転手は二人が搭乗した事を確認すると、車を発進させる。


ボディーガードは別の車に乗り込んで、すぐに後を追いかける。


運転手はインカムイヤホンを通じて誰かと会話をした後、母親に報道陣が自宅に詰めかけている事を伝える。


「奥様、赤坂と松濤の御自宅ですが……すでに報道陣が詰めかけております。今御自宅に帰るのは危険です……」

「そうね……有明の方は空いているかしら?」

「有明アルファタワーでしたら問題ありません、首都高を使えば20分ほどで着きます」

「ではそこに……なるべく急いで」

「畏まりました」


運転手はアクセルを踏みながら運転に集中する。


少しだけ一息ついた母親は、アリスに父親が逮捕された経緯を説明した。


「アリス、お父さんはね……騙されてしまったのよ」

「騙された……?」

「そう、悪い人に騙されてしまって……事件に巻き込まれたの……」

「一体、どんな事件に巻き込まれたのですか……」

「お父さんの友人が政治家に多額の賄賂を送っていたの」

「わ、賄賂……?」

「そう、お金を政治家に渡して贈賄の疑いで捕まったの。その関係でお父さんも関与していると決めつけて警察が逮捕したのよ……全く、最悪よ……」


アリスの父親は政治とは無縁の人物であったが、彼と親しい友人が野党政治家に多額の金品を送ったことが発覚して贈賄罪で逮捕されたのだ。


友人は警察での取り調べでアリスの父親も贈賄に関与していると証言する。


『金益家も関与している、彼は野党政治家の博物館に寄贈した車に純金を入れて送ったんだ。トランクを開ければ分かる』


友人の証言通り、父親が野党政治家の経営する博物館に寄贈したクラシックカーのトランクルームに、金益家の紋章が施された1kgの純金が発見されたのだ。


末端価格にして1億円相当の代物だ。


加えて、車両の中には金益家から博物館への寄贈に関する証明書もあった事から、賄賂に関与している疑いが強まったと判断されて逮捕されたのである。


寝耳に水、青天の霹靂というやつだ。


アリスにとっても、母親にとってもショックな出来事である。


友人の証言が正しければ、父親は賄賂を送った罪に問われるのだ。


それがとても悲しかったのだ。


「もういや……本当に嫌よ……何もかも終わって欲しいわ……」

「お母様……」


母親はアリス以上に現実逃避をしたがっていた。


溜め込んでいた鬱憤を思わず口から吐きだす。


その吐きだした願いが歪な形で叶うことになる。


「後ろからバイクが……ッ!奥様、アリス様!しっかり捕まってください!」


首都高速湾岸線を走行中に、彼らがやってきた。


ボディーガードが護衛していた車をすり抜けて、スポーツ用のバイクが複数台高速で接近してくる。


パパラッチだ。


二人乗りのバイクで、後ろの人物はカメラを握り締めて何度もフラッシュを焚き、そのうちの一台が車の横でカメラで撮ろうとしている。


「クソッ!危ない!」


パパラッチの一台が接近をしてきた為、運転手は追跡を振り払おうと急加速を行う。


グングンと物凄い勢いで加速していく車。


追手のパパラッチも必死になって車を追いかける。


カーチェイスのような光景だった。


運転手はそれでもしつこく追いかけまわしているパパラッチを振り切ろうとした。


目の前を走っている大型トラックを追い越そうとしてハンドルを右に回す。


その時、タイヤがスリップを起こした。


車の時速は183km……。


湾岸線の制限速度である80kmの二倍以上上回る速度だ。


高級車いえど、180kmもの高速でハンドルを切ろうとすれば、その遠心力は大きくなって車体が横すべりしてしまうのだ。


運転手は短い時間の間、必死にハンドルを戻そうとした。


しかし、静止しているように見えるトラックを避ける手段は無かった。


「うわあああああっ!!!」


叫ぶ運転手。


虚しく響き渡るブレーキ音。


車の右前方からトラックの荷台に食い込み、衝撃でトラックの後輪が浮き上がる。


瞬く間に片側三車線の道に車の破片とトラックがふさぎ込んだ。


写真撮影をしていた複数のパパラッチも、バイクのブレーキが間に合わず一台、また一台と追突。


大規模な多重事故を引き起こした。


この事故で湾岸線は8時間の通行止めとなり、死者7名、重軽傷者9名……()()()()()1()()を出す「湾岸線追跡事故」としてメディアから取り上げられることになる。


その事故における行方不明者はアリスであった。


何故なら事故現場にはアリスの死体は確認されなかった。


事故車両や周囲の道路も封鎖して鑑識が入ったが、アリスの肉片は一つも回収できなかった。


また、後部座席で絶命していた母親には、血塗られたウサギのぬいぐるみを抱きしめていたのである。


事故に巻き込まれる直前。


アリスは目を瞑って母親とは正反対に助けを神に願ったのだ。


(神様……!助けてッ!)


その願いが叶ったのか、車ではない別の場所に移されたのだ。


(あれ……ここ、車の中じゃない……?)


アリスが目を開けると真っ白で虚無の空間に着の身着のままの状態でポツンと立っていたのである。


そして、目の前には一人の老人が佇んでいた。

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