2-6:魔術師
魔術師の店はレンガ造りの建物がひしめき合う場所であった。
大小の看板を掲げながら、飲食店であったり武器屋なども立ち並んでいる。
そのため人通りも多い関係で、辻馬車などは通行止めとなっている時間帯と重なった。
お目当ての店まであと700メートル前後……。
だが、通行規制をしている係員から通行できないとの指示が出される。
ベルは後ろの座席に座っているアリスに申し訳ない顔をして謝った。
「……アリスさん、すみませんがこれ以上は辻馬車で先に進むことができないので、ここから歩きになりますがよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「すみません……パトリシア、悪いけど先にアリスさんを店に案内してあげて。私は辻馬車を停める場所を探してくる」
「分かったわ。先に店に入っているわよ」
「お願いね」
「アリスさん、行きましょう」
「はい、パトリシアさん」
辻馬車のドアを開けて降りるアリスとパトリシア。
二人は先に店に向かうことにした。
といっても、店を知っているのはパトリシアだ。
パトリシアの傍を歩く形で、アリスがついていく。
魔術通りの道を歩くが、その通りには多くの魔術師の店が連なっている。
通称、魔術通りと呼ばれている場所だ。
その多くの魔術師の看板には自信があるようで謳い文句まで書かれている。
『信頼と魔力供与に自信あり……お申込みはこちらまで』
『地域で愛されて300年、伝統の魔術技法によって偽装防止効果を実感!』
『大事な書類の効力を発揮するために、常に新技術を取り組んでいます』
まるで、現代の企業の謳い文句さながらのPRである。
魔術師の店がひしめき合っているため、ここまで多くの魔術師の店が乱立していると反って供給過多になりそうだが、どうもそういった事は起こらないようだ。
アリスが色んな魔術師の店をまじまじと見ている中で、パトリシアは語った。
「魔術師も仕事には困らない反面、腕の立つ所に依頼が集中しすぎると納品に時間が掛かるんですよ」
「納品……さっきお渡ししてくださった契約書とかですか?」
「はい、そういったのも魔術師の間で取り決めをしていて、量が多すぎる場合には魔術師がお金を支払って他の魔術師が代行でやってくれるのです」
「下請け業務……というやつですかね?」
「そうですね、複雑な魔術を必要とする場合にはそれに集中するために、簡単な魔術の仕事を任せる……と言った具合ですね」
魔術師には組合組織はない。
これは、ダンパを含めたノトレ家の領地法によって亜人種の組合加入が出来なくなったからだ。
その代わりに、亜人種の魔術師は人間種より魔力適性が優れているので、こうした魔術師で財を成している者が多い。
亜人種への差別が多い中で、例外的に認められる職種でもあるのだ。
故に、人間の魔術師が亜人種の魔術師に指示を出して仕事を提供しているケースが多い。
「成程……それでこういった店が連なっているというわけですね」
「でも結構料金は中抜きされているみたいですよ」
「中抜き……」
「依頼の料金半分を紹介料として懐に入れて、さらにそこから半分を材料費の名目で失うので、手取りは4分の1にまで減らされるみたいです」
「それは酷い話ですね……」
「特に、この業界での亜人種の新入りは特にタダ同然に働かされているって話ですよ」
魔術師の世界は厳しい。
特に新人であれば尚更だ。
亜人種はここでも差別を受けている。
また、術師は見た目や経歴を重視している。
裏路地にある怪しげな店は、モグリや非合法的な魔術を行っている魔術師が多い。
当然、そういった魔術師は正規のライセンスを持っていない場合がほとんどだ。
アリスはパトリシアから警告をされたほどだ。
「通りの表で商売を営んでいる魔術師の多くが、正式に魔術師としての資格を有している人達が経営しております」
「では、ここの通りにあるお店は問題ないというわけですね」
「はい……ただ、裏路地の古びた店はやめたほうがいいですよ」
「……?」
「魔術師の資格を持っていないばかりか非合法的な魔術を使っている者が多いのです……」
「それって……違法では?」
「はい、違法です」
「でも、何故摘発しないのですか?」
「……権力者と切っても切れない関係だからですよ」
パトリシアは小さな声でアリスの耳元で囁く。
元々、ノトレ家の出自はツイールカム王国の先代国王キュラン9世に仕えていた宮廷魔術師ハイヤだ。
ハイヤは国王に気に入られてノトレという家名を貰い、貴族としての地位を譲り受けた。
やがて、ノトレ家は貴族社会でのし上がるために領地の支配権を拡大。
特に魔術師としてのコネや司法・魔術関係者を丸め込んで、領地の拡大に勤しんだ。
相手の素性や弱点を調べるために手段を選ばない。
そのために、この国でそれまで「非合法」とされてきた事業を黙認化することにしたのである。
非合法魔術師を領地での行動を黙認する代わりに、納税を倍以上治めることを義務化。
これは盗賊団やマフィアなどの犯罪集団にも適応された。
つまり、ノトレ家に金さえ支払えば問題ないというスタンスを作ったのである。
さらに、モンスター討伐以外では使用が禁止されている「透視・盗撮・投影」の魔術を惜しみなく使い、相手を陥れるために使いこんだ。
ある時には貴族のドラ息子に女を連れ込ませてから現場を抑え、不祥事を公表させない事を条件に領地の一部を譲り受けた。
またある時には不正行為を発見・指摘した上で領地を差押える代わりに、罪を見逃したりもした。
しかし、それでも頑なに首を縦に振らない頑固な貴族もいた。
そうした者に対する失脚工作や身内の謀殺なども惜しみなく敢行した。
レビン家の火災も、裏ではノトレ家が仕組んだものではないかとする話すらあるぐらいだ。
アリスはパトリシアの口調から、内容を察して小声で返答した。
「つまり、領主様絡みという事ですね?」
「察しが良くて助かります……あまり、表では出さないでくださいね」
「ええ、それに関しては肝に銘じます」
ノトレ家の力が巨大化しすぎた為に、国王ですら排除できなくなったのだ。
この町だけでなく、この国ではどこに行ってもノトレ家の影が忍び寄る。
「さっ、ここです。ここが目的地の魔術師です」
パトリシアが止まったのは、先ほどのラーマ木工店同様に年季の入った建物だ。
壁には植物の蔓が伸びており、看板には「ティオース魔術店」と書かれている。
パトリシアに誘導される形で、アリスは魔術師の店に入店したのであった。




