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1-9:温もり

★ ★ ★


夜のスプリタの町は長い。


閉鎖的な大人の空間では、夜を専門にしている職業の者達が働きだす。


娼館や宿屋のベッドの上では、若い男女が種族を問わず愛を育むことに情熱を注ぐ時間だ。


キャバレーでは、踊り子の女性たちが露出度の高い服を着て踊りだす。


人間も、ハーフウッドも、コボルトも、ドワーフも関係ない。


多種多様な種族の女性が踊り、そしてキャバレーを盛り上げる。


領主であるダンパの許可を得て、キャバレーのミュージシャンは楽器を演奏する。


サックスやピアノを奏でながら踊る女性。


その女性と一緒にダンスを申し込み、一緒に踊る若い男も多い。


カウンターの席では、体格のガッチリしたオークが酒を飲んでいる。


ダンパの私兵であり、警備隊長のマンデルであった。


普段の彼であれば、ダンパの権力を傘に使って女性陣に絡んでいる頃合いだ。


だが、今日のマンデルはいつもと違ってそのような素振りは見せない。


周囲の人間はひそひそと話す。


「なぁ、今日のマンデルの奴……おかしくないか?」

「ああ、普段なら女にちょっかい掛けてお持ち帰りする頃合いなのにな……」

「ただ黙って酒を飲むなんて……アイツらしくない」

「何かあったんじゃないか?」

「領主様に怒られたとか?」

「いや、そんなヘマをしたなんて話は聞いていねぇよ……」

「おっ、また酒を頼んでいるぞ」


むしろ、考え込んだように酒を飲んでいる。


普段飲んでいるエール酒ではなく、よりアルコール度数の強いウイスキーだ。


炭酸水や他の飲み物と薄めずに、ストレートで……。


それも一杯や二杯ではない。


すでにマンデルは10杯目に突入している。


いくらアルコールに耐性のあるオークいえど、顔に赤みが出始めている。


グラスに注がれていたウイスキーを、あっという間に飲み干す。


氷だけになったグラスをマスターに差し出す。


マンデルはカウンターの向かい側にいるマスターに次の酒をねだった。


「マスター、もう一杯頼む……」

「なんだいマンデルさん。今日は深酒かい?」

「いいだろう。たまには完全に酔いたい時もあるんだ」

「なるほど……でも、ここで酔いつぶれるのだけは勘弁してくださいよ」

「俺は酒に強いんだ。そんなダンパ様の顔に泥を塗るような真似だけはしないさ……」

「ま、ほどほどに……どうぞ」

「ありがとう」


マスターが渡した淹れたてのウイスキーを早速飲む。


今日はとことん飲んで酔うつもりだ。


今日出会った異国の女性……。


アリスの事が頭から離れないのだ。


(不思議な人だ……オークに対して嫌な顔すらしない人間は初めて見た……)


オークを毛嫌いする人間は多い。


見た目もそうだが、古くからオークは人間と敵対していた歴史がある。


体格の良いオークなどは戦士として活躍し、オークの種族のみで構成された国まで作ったこともある。


オークはその圧倒的な肉体と力を行使して人間を蹂躙し、畏れられた。


とはいえ、オークの国は調子に乗り過ぎた。


結果として、人間や他の亜人種によって構成された対オーク連合軍によって国は滅ぼされた。


国が滅んだ後、生き残ったオークはその屈強な肉体と力を維持し、現在では有力者や裏社会の用心棒や戦闘員として採用されている。


この世界ではオークとは「恐怖」と「粗暴」を示す象徴であり、良い印象はない。


ここでは賄賂でもしなければ自分達の稼ぎが確保できない。


通行税にはダンパにノルマ分を要求されるため、ノルマが足りない場合は賄賂や給料から天引きして支払っているのだ。


その事を警備員以外で知る者は言わない。


なのに、アリスはマンデルの手に両手を差し出して握ったのである。


優しく包み込むように握られたマンデルは、生まれて初めて心がドキッとしたのである。


(あの手は暖かった……それに、言動や態度からも厭々ながら金貨を渡すような人ではない……俺は、今日初めて仕事に()()()()のかもしれないな……)


ダンパの言われた通り、町に入る者に対して多額の通行料をせしめとって納付し、町で揉め事が起こったら警備隊長として制裁を行う……。


所謂、スプリタの町における暴力装置としての役割を任されている。


畏れられて……誰もかも自分の言った通りに行動する。


まさに無敵のような存在。


人間は厭々であったり、しかめた顔をしてお金を渡してくる。


それが当たり前だったのだ。


だが、アリスは違った。


優しく微笑んで手を差し伸べる。


そしてオークであるマンデルの手を両手で握ったのだ。


これは今まで接してきた人間ではあり得ない事であった。


何故ならオークに対して、まるで慈悲のような行為をする人間は皆無であったからだ。


恐れと粗暴の対象ではなく、アリスは「対等の存在」として接してくれたのである。


マンデルはそんなアリスに恋のような衝動を覚えてしまったのである。


ニッコリと微笑んだアリスの顔が忘れられないのだ。


(だめだ……酒を飲んでも忘れられん……これだけ飲んでいるのに……)


今もこうして飲んでいるウイスキーの水面に映っている自分の顔が、アリスのように見えてしまうのも、忘れられないからなのかもしれない。


彼女の事を金づるだと考えた自分自身が卑しく思えた程だ。


まさに無垢のような存在。


マンデルは通行税と称して自身の懐に入れた金貨を財布から取り出す。


本来なら貴族階級であれば金貨一枚で十分なのに、さらに倍の金額で取った事を生まれて初めて後悔した。


一言で表すなら罪悪感。


生まれて初めて、マンデルは自分の行いを恥じる。


次第に、金貨を持っている自分が情けないように感じ始めた。


(……明日、彼女に会って金貨を返して……謝っておくか……)


マンデルは金貨を財布に終い、明日アリスに会って謝ることを決める。


アリスの無垢で誠実な対応に心を開いたマンデルは、金貨を返すことにしたのだ。


これは彼がこのスプリタの町に赴任してから、初めての事である。


それぐらいに、彼の決意は固い。


マンデルも十分に酔いがやってきた。


そろそろ頃合いだろう。


「……世話になったなマスター、会計を頼む」

「かしこまりました……ところで、本日は女の子の見繕いをしないのです?」

「……ああ、ちょっと今日は生憎抱く気分じゃないからな。また来るよ」


マスターに会計を手早く済ませると、マンデルは他の店に寄り道せずに自分の家に戻っていくのであった。

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