0-1:お嬢様引退、転落への道筋
金益アリスは生粋のお嬢様である。
何故なら金益家は明治時代から続く華族の家系であり、日本帝国時代であれば立派な大貴族の一員である。
1947年に日本国憲法公布によって華族制度が廃止された後でも、華族時代の影響力を行使して日本の経済界に深い繋がりを構築。
アリスの父親は金益家としての財力と人脈を駆使した株式投資をして巨万の富を築き上げた。
まず東京の高級住宅街である赤坂と松濤に5階建ての家を持っている。
また夏休みと冬休みの間に住む家として軽井沢と沖縄の離島にそれぞれ別荘を保有している。
これに加えて国外の別荘や私有地を含めれば20ヶ所以上にも及ぶ。
その事を反映するかのように日本有数の自動車収集家として知られている。
保有している車も国内外のクラシックカーやスポーツカー合わせて200台以上にも及ぶ。
アリスの送り迎えをする車も英国高級車メーカーのロールスロイス製だ。
一部の車はその希少性故に各地の博物館に貸し出しているほどだ。
また、アリスの母親はイギリス人であり世界的に有名なヴァイオリニストだ。
国際的な評価と名声が名高い英国王室公認の交響楽団メンバーとして世界中でコンサートを周っている一流の音楽家でもある。
母親と同じ金髪で青い瞳をしているアリス。
ハーフとして容姿が整っており、まさに家柄も血筋も何もかもが完璧であった。
そんな恵まれた環境に育っているアリスは、都内のお嬢様学校においては誰もが羨むほどの金持ちであった……。
☆
「やったぁ!!私の勝ちですわ!!!」
お昼休みの最中、声高らかに勝利宣言をしていたのはアリスだ。
アリスは学友と一緒に昼食後に遊んでいたボードゲームにおいて、スコア1位を獲得していた。
ぶっちぎりと言う程ではないが、それでも勝ちは勝ちだ。
「アリスさん、お強いですわね……」
「手も足も出ませんでしたわ……」
「ま、負けてしまったのです……」
対戦相手は3人……いずれもアリスと親しい間柄の女子生徒である。
お嬢様学校の中でもトップクラスに家柄と金を持っている金益家の機嫌を損ねることだけはしないと決めていた彼女たち。
程よくアリスが勝てるように調整をして負けたのである。
つまるところ、接待と同じだ。
互いにアイコンタクトで合図を送り、手札を把握してアリスが勝てるように仕向けているのだ。
しかしながら、アリスは途中で3位になっていたこともあり、辛勝というべき印象になってしまった。
アリスはそれを思ってか、ボードゲームを見つめて言った。
「それでも、途中までは私が負けそうになっておりましたから……皆さんのほうがお強いですよ……」
「それもきっと、アリス様の実力ですわ」
「そうですわ、運も実力のうちと言いますし……アリスさんが強かったのです」
全員がアリスをフォローし、褒めていた。
これは、アリスと仲良くなることで金益家との繋がりを欲している両親からの依頼でもあったのだが、アリスが上機嫌であれば、彼女のおこぼれに預かることができる。
早速、そのおこぼれが来たようだ。
「そうだ!ちょっと待っていてくださいね……」
アリスは鞄から丁寧に包装されたチョコを取り出して、ボードゲームに参加していた全員に配る。
「お父様から貰ったチョコレートです!よかったらどうぞ!」
「ありがとうございます……!アリスさん……このチョコ……」
「どうかなさいましたか?」
「赤越デパート本店の有名なチョコレート専門店『無風』のチョコじゃないですか!」
「そうですよ、これは来週販売予定がされているチョコレートですの!」
「えっ……それではまだ世の中に出回っていないチョコ!?」
アリスが配ったチョコは来週発売予定であり、まだ販売すらされていない。
なんと金益家だけに先に配られたチョコなのだ。
それも高級店のチョコレートとなれば、一枚数千円は当たり前。
その中でも最高級品として扱っているチョコレートだけに一枚当たりの値段は2万円である。
つまり、四人全員で8万円相当のチョコでもあるのだ。
しかし、金益家の金銭感覚では30円程度の駄菓子を貰う感覚に等しい。
「お父様が出資しているお店ですので、そのお礼として貰ったのです!」
「アリスさん、本当にいいのですか?」
「ええ、構いません!お店の方もチョコの味を知りたいと仰っておりました」
「では、お父様が私たちの為に?」
「はい、なので皆で一緒に食べましょう!」
「ありがとうございます!」
「では、いただきます!」
アリスたちは口にチョコレートを運んで甘い味わいを堪能する。
東京の高級店は何らかの形で金益家との繋がりがある。
先の赤越デパートも都内有数の高級百貨店として明治時代から親しまれている。
そんなデパートですら金益家は華族の家柄であるため、かれこれ先祖をたどれば明治時代からの付き合いがあるのだ。
これは、お嬢様学校の校長や国政政党の議員を親に持つ学生でも敵わない。
故に、赤越デパートの各高級店などは金益家に有益な情報であったり、新作のスイーツなどを提供したりするのだ。
勝負が終われば仲のいい友人に戻る。
アリスは少なくとも勝ち負けに拘る人間ではない。
人柄も良く、そして金持ちであることを威張り散らすような事はせず、他人と協調する。
まさに究極で完璧なお嬢様だった。
【3年A組、金益アリス様、金益アリス様……至急、校長室にお越しください】
「あら?何かしら……ちょっと校長室に行ってきますわね」
「はい!」
「いってらっしゃいませ」
校長室への呼び出し。
アリスに何か思い当たる節は無かった。
成績に関しては学年トップではないにせよ、テストではどの科目も80点以上を維持している。
テストの結果が悪いことはない。
授業態度も五段階評価で五を貰っている。
強いて言えば、父親が去年多額の現金を学校に寄付したぐらいだろうか……。
アリスは何かあったのだろうと思い、校長室のドアを開ける。
そこにいたのは本来ならまだ日本に帰国していないはずの母親が立っていた。
その母親の周りには屈強なアメリカ人ボディーガードが二名立っている。
「お母様?」
「アリス、よく聞いて……今から学校を後にして家に戻るわよ」
「何かあったの?」
アリスが不安そうに尋ねると、母親は目を伏せて……小声で言った。
「お父さん、逮捕されたの」