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推しと愛犬とフィナンシェと  作者: 灯 とみい
9/16

ストロベリームーン

 剣はメンバーの駿の悔しさも背負い初めてのドラマ挑戦となる。やり切ることでKNIGHTの新しい道が広まると信じ前向きに臨むことにしたのだ。駿も剣に思いを託して・・・。


駿の事故からのチャンスを手にした剣はKNIGHTの今後も背負って前進します。

 六月に入り、急に暑くなり、サクとの朝の散歩も花子は早起きしなければならなくなった。雨が降ると散歩は休むのだが、この年は空梅雨であまり雨が降らない。ここ最近、夜遅くまでネットを見たり若葉とメールのやり取りをして推し活とやらに忙しく、早起きが辛くなっていた。KNIGHTのドラマ情報やファンクラブが出来て以来、デジタル会報や会員向け動画公開など、情報が日々更新され追っていくのにまあまあ忙しい。これが推し活というのか、とおばちゃんには結構必死なのだが、若葉と同じ高校生気分で、これが結構楽しい花子だった。スマホで剣太朗の様子を知る度に頬が緩む。画像や動画に思わず手を振る、まあまあ重症かもしれない。

 散歩中、暖かい陽射しが気持ちよく、ついあくびをしてしまった。(花ちゃん、それは人には見せられない大きなお口やで)サクは最近の花子の浮かれ具合に少々呆れてもいた。(花子さん、すっかり沼なんと違うか?)



 KNIGHTの駿が約一ヶ月の入院生活を終え退院した頃、剣はドラマの撮影に入っていた。物語に描かれている湖畔の別荘は偶然、花子の住む地方ロケになっていた。物語の冒頭のシーンを都内などで順調に撮り進め、六月中旬ロケ地にやって来た。

「優介さん、俺、じいちゃんの家に滞在しててもいいかな?」

剣は二週間ほどの撮影期間を晴治の住まいに滞在したいと言った。基本はホテル滞在なのだが、撮影場所とそう遠くない晴治宅でも問題ないと考えていたのだ。慣れない現場で緊張が続く不安、駿の代役のプレッシャーに見せはしないが実は押しつぶされそうだったのだ。甘えかも知れないと自分でも思っていたが、おじいちゃん子の剣は晴治の傍だと心強い気がした。

「ここでロケバス集合なので、問題ないですね」

と予定表と地図を見ながら、優介が了承する。




「花ちゃん、明日ストロベリームーンなんだって。見えるかな?この辺晴れるかな?」

相変わらず若葉は花子の店に下校途中寄り道をしていた。

 仕事の後片付けをしながら、花子は若葉とたわいもない話をしていた。日が暮れるのも遅くなり夕方六時頃でも明るく少し蒸し暑かった。

「ただいまぁ~」

 いつもは調子いい声で帰宅する美子も、暑さに疲れた声で帰宅して来た。

「今年六月なのに暑過ぎない?」

と仰ぐように手をパタパタさせ何やら荷物を沢山持ってリビングへ向かった。紙袋が三つほど。

「お姉ちゃん何するつもり?」

花子が不安げに聞くと、美子はリフレクソロジー、所謂足つぼマッサージをこのリビングで始めると言う。シドニーでもやっていてリフレクソロジストの資格も持っていた。

 美子と花子の違いは行動力。美子はどんどん自分で実行していくタイプなのだが、花子は頭で考え、考え過ぎて力尽きてしまうことが多い。美子は外見も長めの髪をカールさせ、スタイルも良く、華やかな色の服を着、明るく愛想が良いので、悪く言えば一見派手そうで調子がいい風に見えるが、きっちり物事の段取りが出来る賢いところがある。

「先ずは飼い主さんのシャンプー待ち時間でお試しして貰いたいけど、いいよね」

「はいはい、お任せします」

という花子の言葉を聞く前に、美子は既にリビングの模様替えを始めていた。

 呆れながら花子が店の外に出している置き看板を片づけようと入口の戸を開けたら、向こうから晴治が歩いてくる姿が見えた。よく見ると隣に背の高い若い青年が一緒にいる。にこやかな笑顔で晴治に話しかけ、二人とも楽しそうに歩いている。

「え?」

花子はその青年が誰か気付いた。

同じ頃晴治も花子に気付き片手を上げて

「花ちゃん」と声を掛けた。

晴治の隣に歩いていたのは、剣太朗だった。

「こんにちは」

被っているバケツ型のバケットハットを取り、礼儀正しく挨拶をされ、花子は慌てて

「こ、こんにちは」とあわわとなりながら挨拶を返した。

「剣太朗が撮影で二週間ほどこっちに滞在するもんでね。挨拶に来たんだよ。以前はお世話になったしなぁ」と言いながら剣太朗の顔を見上げ、剣太朗は頭を掻きながら苦笑いをしていた。

 雪かきで腰を打った晴治の代わりに、愛犬のゆきを迎えに来た剣太朗がそのゆきに指を噛まれて以来の再会になる。

 なんだかあの時より眩しく見える、と花子は思っていた。先の見えない不安とは種類の違う責任感でいっぱいの今の不安は剣太朗を後押ししていたのかもしれない。

 奥では若葉と美子がリビングの模様替えでバタバタしているので、花子はそっと入り口の外で晴治達と立ち話をするだけに留めた。

「上がって貰っても良かったんだけど、ちょっと取り込み中で・・・」

いやいや大丈夫と晴治も剣太朗も挨拶に来ただけだと手を顔の前で左右に振った。

「剣太朗君、ドラマ頑張って。応援してるから。いつでも顔出して」

 花子がそう言うと、柔らかな笑顔を見せて剣太郎は「はい」と答えて手を振り晴治と立ち去ろうとした。その時ふと空に視線をやった剣太朗が薄っすら見える月を見つけ

「あ、満月なんだ」と呟いた。

「明日ストロベリームーンだって。ピンクの満月になるみたいよ、晴れたら」

そう言って花子も同じ空を見上げた。

 この時は珍しく、水星、金星、天王星、火星、木星、海王星、土星も月と一緒に勢揃いするらしい、と後に知ることになる。

 





青空の翌日。

 美子は朝からリビングの模様替えの続きをしていた。そもそもダイニングと繋がっているリビングでは生活感が完全には消えない。

「ん~こっちをこうしたら・・・あぁ~んオーマイガー・・・」

 何やら思うようにダイニングの目隠しが出来ず、口癖のオーマイガーを連発していた。愛犬のサクは自分の居場所を美子に占領されると思ったのか、美子が片づけたしりから物をくわえ移動させては美子にオーマイガーちょっと~と追いかけられていた。このコントのような様子を花子は我関せずで仕事を始めている。


 ♪♪♪ 電話が鳴る。


「ドッグサロン花屋です」

電話の相手は常連客の黒いプードルのカリンちゃんの飼い主だった。

「いつもありがとうございます。ご予定はもう少し先でしたよね・・・」

と対応している花子の耳に聞こえた飼い主の声は少し元気がなく

「花子さん、ごめんね、カリンが昨日お空に逝っちゃって・・・予約してたけどもう行けなくなって・・・」花子は一瞬言葉に困る。

そして、少し涙声になってきたその声を花子は、はい、はい、と丁寧に聞いた。

 近頃の犬の寿命はひと昔前、十歳程度でよく頑張ったねと言っていたより長く、平均寿命はおおよそ十四歳と言われている。カリンはまだ十歳だった。急な心臓発作だったらしい。元から持病があったものではなく、突然のお別れだった。老犬になり介護をして見送るよりもショックが大きい別れになる。

犬を飼ったことがある人間なら経験したことがあると思うが、どんなに介護や病気と闘った後のお別れでも、どれだけのことが愛犬に出来たか自問自答することがその後何度もある。言葉が話せない分、何が正解だったか答え合わせはずっと出来ないのだ。

自分の愛情は伝わっていたか、辛くなかったか、いつもこちらの想像でしかない。言葉を話してくれたなら、花子もそう常に持っていた。生きるって一分でも一か月でも一年でも無駄には出来ない。あっという間なのだ。


「カリンちゃんいつもとっても可愛くてよく笑ってくれました。ずっと忘れません」

花子がそう言うと、ありがとうと震える声で返してくれた。

花子はトリマーはカットだけでなく、その犬と飼い主と自分の過ごした時間の記憶を紡いでいくのも仕事の一部だと思っている。実際仕事を続けていくうちにそう思うようになったのが正しいけれど。

 電話を切った後、花子はお花を贈る手配をした。いつも来てくれた風景を頭に思い起こしながら、そして青い空を見上げた。

こういう日は無性にサクを抱きしめたくなる。花子はサクを呼びぎゅーっとハグしてくしゃくしゃと顔を包み込み鼻を合わせる。少しウルウルしながらサクの顔を間近で見る、と老眼か涙目でかサクの顔がはっきり見えない。ふと現実に呼び戻された。所々で五十歳が身に沁みる。サクが平均寿命で旅立つとしたら、そのころ自分は還暦ぐらいだろうか。その後自分はどんな生活をしているのか。新しく仔犬を迎えるには体力的にもその年齢では難しい。

最期まで面倒を見れるかも自分の健康や老化を考えると危うい年齢になる。

「あぁ、何だか今日は胸の奥の(おもり)が増えた気分・・・」

花子が見上げた空は青く清々しいのに、花子の顔は少し曇り空になる。若い頃の未来は夏の青空の様にキラキラして眩しかったのに、と少しブルーな気持ちになった。


オーマイガーが口癖の美子は一日リビングで模索していた。

一日の仕事を終えた頃、美子のリビング模様替えも何とか終わり二人して夕飯を食べた。テレビを見ながら美子の息子・朝陽の話をしたり、サクが何やら欲しそうにお座りしているので、美子がこっそりサラダのレタスを分け与え、花子に注意されたり、普通の家族の食卓がそこにあった。

『今日は満月でストロベリームーンが夜空に見えるようですね』

テレビからそんな言葉が流れ、花子は、あぁそうだったと思い出した。

「シドニーでも星は良く見えてたなぁ」

「そうなの?」

「住んでたトコは郊外だったしマンションも無かったしね。この辺もビルとかないし見えるんじゃない?って、星じゃなくて月だったら見えるか、さすがに、ふふふ」

駅前と違い花子の住む地域にはマンションもないし、神社の方へ行けば全然空は広く良く見える。

「夜の散歩もいいかも」

昼間のこともあったし、少し夜空を眺めたい気分の花子は夕飯後サクと夜の散歩に出かけてみることにした。


普段は夕方にサクと散歩に行くのだけど、夏になると気温がまだ高いと日が暮れてからの方がサクにとっても快適な散歩になる。ただあまり暗くなる田舎は夜も早く街灯も少ないし静か過ぎて怖がりな花子はちょっと苦手だった。

夜九時前。サクはすっかり寝ていたのだが、花子が出かける用意を察知し、ピシッと目を覚まして、花子の後をついて回った。

「サク、お散歩行く?」

花子のその言葉で尻尾をぶんぶん降り、一気にテンションを上げてサクは走り回った。

(早よ行こう、早よ行こう)

サクはご機嫌で、リードを付けて貰い颯爽(さっそう)と玄関を出て行った。

日中と違い六月の夜はまだ過ごし易く、程よい風が気持ち良かった。尻尾をユサユサ揺さぶりながらサクが軽快に歩いて、いつもの神社の方へ向かった。花子は時々空を見上げ月を探してみた。

「あ!あった」

東南東の空に薄いピンクがかかった様な月が見えた。

「意外に小さい・・・」

テレビなどで見るほどの赤く大きな満月では正直無かった。それも場所によるので致し方ないのだが。

空を見ながら少し歩いていると、長身のバケットハットを被った男性とぶつかりそうになる。

「あ、すみません」

腕がすれ違う時にかすり、花子が謝ったら

「あ、花子、さ、ん?」

それは聞き覚えのある若い男性の声。

「え?あ、剣太朗く、ん」


お読みいただきありがとうございます。

これを書いている時、実際にストロベリームーンが見られる時期でした。

それでシチュエーションに思いついたのですが、私は見えなかった記憶です(苦笑)

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