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推しと愛犬とフィナンシェと  作者: 灯 とみい
5/16

再会⁈

 快晴の翌朝。

昨日の雪は殆ど無くなり、道端に雪かきされた小山が残っている程度だった。屋根に積もった雪も溶けて滴がポタポタ落ちてくる。店を出入りする度、運悪く頭や首筋に落ち、今朝は花子も何回直撃されたことか。


 ゆきは晴治の迎えが来ないことに多少不安な様子を見せたけど、フードも完食、トイレも問題なく済ませ、夜も良く寝ていた。とは言え、店を出入りすると入口の方を何度か確認するゆきの様子もあった。

「晴治さん早く良くなるといいわね」

花子はゆきに話しかけ、開店の準備をする。割りとよく、花子は独り言を言う。正確に言うと、本人は愛犬やお客さんの犬達に普通に話しかけ会話しているのだが、恐らく傍から見ると独り言にしか見えないだろう。散歩中もよくサクに話しかけるので、犬を飼ったことのない人からすると完全に独り言を言うちょっと不気味なおばさんである。

 花子は年齢の割りには若く見られる。服装も仕事柄ジーンズにTシャツやトレーナーなどカジュアルだ。とは言えお姉さんというよりおばさんと言われる領域に属してはいる。


「そう言えば、(もも)()ちゃんとはいつぶりになるかな。東京の大学に行ったきり?あ、里帰り出産で帰って来た時?二十五年くらい前になる?やだ~そんな前か・・・」と、やっぱり独り言が続く。


 桃枝というのは晴治の一人娘。東京の大学に進学し、それ以降東京暮らし。大学の同級生と卒業後結婚し、一人息子がいる。犬を飼いたいと言ったあの孫が桃枝の息子になる。花子は桃枝とは顔見知りだった。実は花子には二つ違いの姉がいて、その姉と桃枝は高校の同級生だった。その娘、桃枝が晴治の緊急事態に帰省してくるようだ。



 開店前に今日の予約の確認をし、カルテに目を通す。

「今日はダックスの海斗(かいと)君とチワワのひなたちゃんのシャンプー」壁に掛かっている時計に目をやり「あと二十分あるな」と呟き、ハンガーから取った作業着を羽織った。



 ルルルルル♪



 電話が鳴り花子が出ると

「もしもし、あのぉ、ドッグサロン花屋さんですか?」

こちらが名乗る前に問われた。花子と同じ年代くらいの女性の声に思う。

「はい、そうです」

花子が答えると「あら、花ちゃん?花子ちゃんでしょ?」さっきよりも明るい、そして聞き覚えのある声で、「私よ、私。桃枝。新橋桃枝!美子ちゃんの同級生の!」

花子が口を挟む間もなく話し続けるのは、晴治の娘の桃枝だった。結婚して苗字が新橋になっていたが、姉の美子から聞いていたので花子はすぐ分かった。


「桃枝ちゃん!久しぶりぃ。お元気?あ、晴治さん大変だったけど、どう?大丈夫?」

久しぶりに話す桃枝は昔と全く変わってなかった。ハキハキした口調でケラケラ笑いながらとにかく明るく、高校の頃時々一緒に過ごしたあの頃と同じだった。今は東京で夫婦二人暮らし、パン教室の助手をしているらしい。一人息子は去年から家を出たそうだ。 桃枝はよく母親の詩子に料理を教わっていた。勉強も出来る自慢の一人娘だった。今では家事も得意でよく笑い明るい奥さんで円満な家庭なんだろうと想像できる。


「ごめんねぇ、迷惑かけて。ゆきちゃん様子大丈夫?おじいちゃんも自分の事より心配してて。親バカね、ふふふ」

「こっちは全然。それより晴治さんの具合は?」

「それがね、私まだ今東京なの。すぐ病院に向かうつもりだったんだけど、パン教室の方がどうしても明後日まで空かなくて。それで、息子がね。剣太朗がお祖父ちゃん子で心配して、今向かってるのよ。父とお医者様とは電話で話して、明後日私が迎えに行くことで問題ないって言うし、剣太朗に後は頼んじゃったのよ、ふふふ」

相変わらず口を挟む間もなく桃枝は一方的に話して笑っていた。

「あ、それで、剣太朗がゆきちゃん迎えに行くから、夕方になるかも知れないけど、それまでまだお願いしてていいかしら?」


 特に困ることもないし断る理由はなく、花子は快諾し取り敢えず桃枝の息子、剣太朗が来るのを待つことにした。桃枝がやって来るまで息子がゆきちゃんの面倒を晴治の家で見てくれるなら、安心。犬が飼いたいと言い出した張本人なのだから、ちゃんと世話はできるだろうし。

桃枝は慌ただしく話を終えたら「また今度ゆっくりね」と言い余程忙しいのか電話を切った。あら、花子は少し唖然とした。

「おはようございます。」

朝一番のダックスの海斗君がやって来た。

さて、花子の一日が始まった。



 午後の授業が終わってマフラーをして家路を急ぐ学生や、寒空の下、校庭でキャッキャ喋って帰る気もない学生、白い息を吐きながら部活へ走って向かう学生など、学校内は賑やかだった。その中に、マフラーと手袋でしっかり防寒した若葉(わかば)が友人と校門へ向かっていた。

「あとは卒業式だね。早く高校生になりたいわぁ」

あと二週間ほどで三月十日の卒業式。中学受験で入学したので年始の確認試験で高校へは無事そのまま上がれると認定され、ただただ今は春休みが待ち遠しい様子だった。

 校門から暫く友人と歩いて、友人は住宅街へ、若葉はバス停のある商店街へ別れて行く。勿論、商店街へ行く手前にある『ドッグサロン花屋』へ寄るのは決まっていた。

幸いもう雪も降らないようだし、バスを二本ほど見送るくらいの時間花子と話そうと思っていた。鞄に見せたい雑誌も入っているし。

 途中、花子の店から出て来たチワワを抱っこしている女性とすれ違った。若葉は仕事が終わったのを察して少し急ぎ足で花子の店に向かう。


「ただいまぁ」

自分の家の様に店に入る若葉に

「おかえり」

と花子も普通に答える。若葉の想像通り、午後のチワワのひなたちゃんが帰って行ったところだった。

 花子はトリミング室を掃きながら、リビングに昨日戴いたフィナンシェがあるから食べていいよと若葉に言うと「ラッキー」と喜んで若葉はリビングへ向かった。

「あれ?サッくん居ない?」

いつも見える()り硝子の向こうにサクの揺れる尻尾が見えなかった。だいたい若葉が来たら、早く戸を開けろと磨り硝子の向こうでバタバタするのに、今日は様子が違う。

「あぁ、大好きなゆきちゃんがリビングのケージに居るから傍を離れないのよ。ふふふ」

花子が笑いながら若葉に目配せした。

 

 二人揃って磨り硝子の戸を開けて覗き込む と、ゆきのケージの傍にフセをしたSP状態のサクが見えた。サクは横目で二人をジロっと見て(恋っていうのは全身全霊で守ることなんや)と大きな溜息をついた。


 花子は後片付けを済ませると、若葉と一緒にリビングで一息つきながら、ゆきを預かった経緯と晴治さんの様子を若葉に話す。サクはお菓子の匂いには負けてしまい、ゆきの事は放ったまま自分もビスケットを貰って同じように寛いでいる。

と、店の扉が開く音にサクが反応して吠えた。花子が仕事中の来客は吠えないのだが、こうして一緒に居る時だと仕事以外の不審者とでも思うのか必ず吠える。「あらあら、誰かしら」と花子は口元を拭きながらソファーから立ち上がると、向こうから「すみません、こんにちはぁ」と若い男性の声がした。

ケージで寝ていたゆきちゃんの耳がピクッとなり、さぁ起きようかという様に、ヨイショと前足を伸ばしお尻を持ち上げて伸びをし出す。


 花子が店に出て行くと二十代前半くらいの青年が居た。髪が耳にかかって襟足も長めの花子の苦手なやや長髪気味。

高身長のその青年は、長浜と名乗った。

「あっ!晴治さんのお孫さん?」

「あ、はい。この度はご迷惑をかけまして」と青年がきちんと挨拶をしているのに「桃枝ちゃんの息子君よね?えっとえっと、名前なんだっけ・・・」

花子は赤ん坊の頃に出会った桃枝の息子が見違えるほど立派に成長していることに興奮して声が少し高くなっていた。


「あ、あのぉ、剣太朗です」


お読みいただきありがとうございます。

剣太朗って誰でしょ…(笑)

この先もお読みいただけると幸いです。

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