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推しと愛犬とフィナンシェと  作者: 灯 とみい
3/16

推しって何?

独身50歳の花子の日常からもう一つの場面も動き始めます。

二月になろうという頃の東京。

思い通りに行かず悩んでいる男がここに四人いた。事務所の会議室に長机とパイプ椅子があり、一対三で向かい合って座っていた。


窓際に一人三十代半ばの少し頼り無さ気な男が眉を下げ気味に困った顔をして手元の資料を見ている。向かいの三人は奥に凛とした姿勢で同じく机上の資料を眺めているKNIGHTのリーダー駿(しゅん)が座り、次に足を組んで少し顔を傾けながら資料を眺める(けん)、入り口直ぐの席には(しん)が右肘を机について顎をのせ少し不貞腐れているように座っていた。


「どうもCDの売り上げが伸びていない。通常デビュー直後はご祝儀程度に右肩上がりになるはずなんだよ」と三十代半ばのその男、KNIGHTのマネージャーの千葉優介は納得いかないという声色で言う。

「何が悪い・・・」

昨年クリスマスイヴにデビューして、年末年始は多少テレビ番組にも出演していた。が、デビュー前から活躍していたバラエティー番組が主で、歌番組の出番がない。動画サイトで配信されているミュージックビデオの視聴回数も伸び悩み、CDも目標より低い売り上げになっていた。そんなデーターがそれぞれ手にしている資料に上がっている。


「あの、今時CDは売れないんですよ」と、ちょっと不貞腐れた口調で(しん)が言った。

一番若い慎が言うには若者の中にはCDプレイヤーを持たない者が多いそうだ。

フワッとした雰囲気の慎は現役大学生で現代の若者代表みたいな青年。流行にも敏感で、新しいものをどんどん取り入れたいタイプ。自分の意見もはっきりと言う芯の強さがある。反面、柔らかくパーマのかかった髪やスタイルも中性的で笑うとまだあどけなさも感じる可愛い印象は若い女性層に人気があり、テレビや雑誌の露出も多い。元々子役をやっていた時期があったので、芸歴でいうと一番古いメンバーだった。


「ちょっとアイドル過ぎる曲だったのがウケなかったんじゃないですか?」

と少し長い髪をかき上げながら、ボソッと発したのは(けん)。耳や襟足の髪もやや長く全体的にも長髪で高身長。程よくついた筋肉美で男らしさと色気を兼ね備えていた。少し大人びた雰囲気があり、時折見せる可愛らしい微笑みがギャップ萌えと言われるものの、中にはホスト感を強く感じKNIGHTのナイト(夜)担当とSNSで上がっていたこともあった。要するに慎が白なら剣は真逆の黒のイメージだった。


「そうは言っても、アイドルとしてデビューしたんだからアイドルらしい曲が妥当だし。それにサブスクより手元にCDを手にする喜びっていうのが良いんじゃないの?って社長が言ってたんだけど」と兄の社長に責任転嫁するかのように千葉(ちば)(ゆう)(すけ)が言う。


「音楽番組も少ない時代なんで、曲を披露できる機会を、優介さん取ってきて下さい」

冷静な駿(しゅん)は千葉優介にそう言う。三人の中では一番年上でもあり、リーダーなのでいつも冷静な判断を心掛けている。慎と剣は時折意見がぶつかる事があり、自分は中立で居ることが大事だと考えていた。あまり感情は出さない駿は、見た目はサラッとした少し長い前髪に耳をスッキリ出した少し明るめの髪色。細身で高身長でいつも背筋が伸びた爽やかな印象だった。


「そうだよな…俺の営業力が弱いんだな…」

と言うなんとも自信がない弱気なマネージャーの千葉優介を三人は不安げに見ていた。

「いや、でもネガティブな頭では駄目だ!」

先ほどの弱気な表情から急に変わり、目に力を籠め「二曲目はイメチェンしようと思っている!」と突然言い出した。

一曲目はイマイチ売り上げが伸びないというのにもう二曲目の戦略を考えているらしい。前向きと言えばいいのだが、現状から目を背けているようにも三人には見えた。このデビュー曲をどうにかする案は諦めたのか・・・。

「イメージチェンジとは?」

三人は声を揃えて更に不安げに聞いた。

「例えば・・・」

千葉優介は少し考える。結局何も案は浮かんでいなのだからすぐには出てこない。

東京ではこの冬まだ雪は降っていなかった。剣がふと窓に目をやると、そこにはどこからかやって来る鼠色の雲が迫っていた。そろそろ初雪になりそうだ。広く何の境目も無い空は徐々に雪雲を引き連れて来ていた。





  

 学力確認テストが終わって、いつものように花子の店に寄り道をする若菜がいた。

「はなちゃ~ん」

相変わらず元気に手を振りながら店の入り口を覗いていた。「どうぞ」と花子は扉を開けて若菜を招き入れる。店内はお客も居ないので、いつも奥のリビングに居るサクが店内でリラックスしていて尻尾を振りながら、若菜を出迎えた。

「花ちゃん今日暇なの?」店内を見回して聞く。

「コラコラ暇って言わないの。余裕があるとか落ち着いてるわねって言うのよ」

花子に横目で見られて、若菜がテヘッと舌を出した。

 

 年末に予約が詰まった分、一月は割と余裕が出来る。体力的にきつくなってきたので、通常でもそう多くない予約数で抑えているので余裕というか、結局暇な日が出来るのが正直なところなのだが。

「テストはどうだったの?高校には無事あがれそう?」

花子は二月のバレンタインプレゼント用の犬のビスケットを一つずつ大袋から取り出し、小袋に入れ分けながら話した。クリスマス月は店内をクリスマス仕様にし、クリスマスバンダナサービス、新年は正月飾りに変え、二月はバレンタインビスケットプレゼントをしていた。この三ヵ月は何かと準備が忙しい。

 花子のビスケット入れを手伝いながら、若菜が返事をする。「私これでも成績はいいので、余裕です!」ニコッと笑ってピースサインをした。と同時に思い出したように

「あ!」と大きな声を出すので、ビスケットの匂いが気になってず~とクンクン嗅ぎながらこちらを見てウロウロしているサクがピクッとなった。

「どうしたの?」花子もびっくりして袋詰めをしていた手を止めた。

「あぁごめんごめん、サックンびっくりしたよね」とサクの頭を撫で、若葉が話し始める。

どうやら若葉の推しのKNIGHTの様子がおかしいらしい。


クリスマスイヴのデビュー配信企画は盛り上がったのだが、その後メディア露出が少なく、CDの売れ行きも良くなく、SNSではもう解散じゃないかと噂が出ているらしい。予定ではデビュー翌月にはファンクラブが設立されるはずだったが、それも今のところ未定だとか。若葉は楽しみにしていたファンクラブも出来ないし、このままではデビューツアーも恐らく開催されないだろう。SNSでは噂が噂を呼びメンバー不仲説や事務所倒産説まで好き勝手に噂が独り歩きを超え走り出していた。

「そう言えば、私そのデビュー曲聞いてないのよまだ」花子は忙しさですっかり忘れていた。若葉に聞かせてくれと促すと、スマホの音楽アプリにCDから読み込ませたデビュー曲を再生してくれた。

 



♪ ♪ ♪



リズミカルな曲調で、若々しい青年の歌声が跳ねていた。

「ん~、普通だね」花子はポツリとそう言った。

「でしょ、そうなのよ!なんか、そう普通なのよ」若葉も慌ててそう言う。悪くないのだが、何か新しいものも感じず、懐かしさも感じず、ただ少し物足りないという感想を二人は共通して持っていた。

「声は凄くいいと思う」

花子は一人の声が妙に耳に響いて耳心地いいと思っていた。


 若葉が持っていた雑誌からKNIGHTの記事を見せ、三人それぞれのことを力説した。

三人は本名を公表しないスタイルで「駿(しゅん)」「(けん)」「(しん)」と名乗っている。事務所の社長が一年前倒れて引退し、息子の長男が社長を継いで、次男がKNIGHTのマネージャーをしているらしい。それほど大きくない事務所で、主に芸人が所属している。他に引退した社長に育てられたそこそこ中堅の俳優や女優もいる。アイドルという新しい分野に進出すべく三人とも現社長の長男が力を入れ育てて、もう少し早い段階でデビュー予定だったのだが、社長引継ぎなどお家事情でデビューが遅れ、マネージメントも長男から次男に変わったとか。若葉はどこから仕入れたのか色々と知っている情報を教えてくれた。

「で、若葉ちゃんは三人の内のどの子が推しなの?」うふふっと微笑みながら聞くと

「箱推しと言えば箱推しなんだけど、ん~慎くん寄りの箱推しかな」

一番若い二十一歳のふんわり柔らかい印象の誰からも好かれる王子キャラっぽい慎の写真を指さして若葉が言った。

「ねぇ、このちょっとロン毛の子は何て名前?」色気のある視線でこちらを見ているその写真の彼は剣だった。

「剣くんが好みなの?花ちゃんて」

いやいやと顔の前で手を振って花子は否定する。好みというより、気になる。ほかの二人に比べ確かにセクシーな大人びた印象だけど、少し無理があるように花子は思った。ロン毛が好みではないのもあるが、このスタイルはこの子に似合ってない、気がしていた。


「ところで若葉ちゃんは推しって何だと思うの?」花子が不思議そうに聞いてみた。

そこそこ長い人生において然程アイドルに熱中した記憶が無い花子は、夢中になっている若葉に一度聞いてみたかった。推すって何?と。

「そうだな・・・」若葉は少し考えてこう言った。

『推しとは生きている証』

何とも重々しい。若葉が言うには、推し活って楽しいことが大半だけど、永遠の片思いの様なものなのだと。

 だから、ずっと好きでいてもいい。追いかけてドキドキして、届かない想いに時々凹んだり、推しが頑張る姿に自分も頑張ろうと思えたり、兎に角淡々と過ぎる日常に花が咲いたり、青空に虹が見えたり、ちょっと幸せになる景色の様なもの。何もない日常に推しが居ることでそんな些細な幸せが増えて生きているっていう証になると。

 花子は少し考えた。淡々とした日常を現に送っている。推しは何か変えてくれるのか。



お読みいただきありがとうございます。

そろそろ花子も推しに興味が湧いてきましたのかも・・・

この先もよろしくお願いします。

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