最高の推し
ついにKNIGHTの初コンサートです。
花子の気持ちは収まるところへ収まるのか。
まだ少し寒さが残る三月。
KNIGHTの初コンサートが開催された。
花子は桃枝夫妻、晴治、若葉と共に楽屋で千葉勝也社長と優介マネージャーに挨拶していた。
「いつも息子がお世話になっています」と桃枝夫妻が挨拶しているところへ剣太朗がやって来て一緒に少し談笑していると、勝也社長が花子に向かって「とてもお美しい・・・えっと・・・」と声をかけて来た。
「あ・・・」とても紳士的な黒のスーツの装いの勝也が都会的でドキッとしつつなんて答えていいか躊躇していると剣太朗がさっと来て花子に「社長の千葉さんです」と紹介してくれた。
社長の口から出た次の言葉は「どうも初めまして、親戚の叔母さんかな?」
一瞬唾を呑みこんだ花子はちょっとうっとりしかけた自分が情けなくもあり、そりゃそう見えるよねという開き直りの気持ちもあり「ええ、叔母の高島です。いつも甥っ子がお世話になっております」とスマした声で挨拶した。
それを剣太朗はククッと笑いを堪えて目配せする。社長が晴治に挨拶しに行った隙に剣太朗が「花子さんなんか不機嫌になりました?未来の彼女ですって言っても良かったのに」とニヤッとして小声で囁いた。
「不機嫌なんて、剣太朗君の叔母の様な気持ちでいつも応援してますから」と自分でも語尾に力が入っているのが分かった。
というか、剣太朗にからかわれている様で花子は本気でちょっと不機嫌になる。(私の収まり切れない気持ちを全然わかってないんだから!)なのに剣太朗に微笑まれると、一瞬で怒る気も失せてしまって自分がこれまた情けない。
その後、会場に案内され座席に着く。花子はソワソワし周りを見渡す。ファンは十代の女の子から三十代以上、また花子よりも少々お姉さん世代まで、老若男女問わず、今か今かと始まりを待っていた。若葉も場内の雰囲気にのまれそうでドキドキ心臓の音が体の外に聞こえそうな気分でいる。好きなものに年齢制限なんかいらないのだ。皆がときめく気持ち、会いたい気持ちを持って待っている。
場内のライトが消え暗くなった瞬間、ファンが一瞬息を呑み、次の瞬間一斉にキャーと言う声を上げた。音楽と共にステージにライトが照らされ、花子が次に見た剣太朗は、ステージで輝くトップアイドルのKNIGHT剣だった。会場を埋め尽くすペンライトの海、大きな音楽に合わせてダンスをしたり、しっとり歌を聴かせたり、三人の絶妙なトークで楽しませたり、花子も若葉もすっかりKNIGHTの世界に取り込まれて行った。
正月にサクとボールで遊んでいた彼でもない、晴治に昔話をされて照れていた彼でもない、愛犬に指を噛まれて泣き顔になっていた彼でもない、停電の夜に空想を話していた彼でもない、眩しくて眩しくて、夢の世界にいるKNIGHTの剣が目の前に居る。もう剣太朗は別世界の人間・・・そう気付いてしまったら、花子の頬に涙が流れて来た。
それと同時に、代役のプレッシャーで少し戸惑っていたあの子、猪と間違えて腰を抜かしたあの子がこんなに輝いていると思うと嬉しくて胸がいっぱいにもなる。もっともっと応援したい。花子の感情はもうぐちゃぐちゃで涙が止まらず、泣きじゃくってしまった。周りの若葉も桃枝も呆気にとられながらハンカチを差し出し、花子の真意など分からず「そんなに感動しなくても」と微笑んでいた。
コンサートが終わって、花子たちはそのまま会場を後にしようとしていた。剣太朗に挨拶するのは今は出来ない気分だった。
そこへ社長の千葉勝也が挨拶に来てくれた。メンバー其々の招待家族に挨拶して、最後に花子の所へやって来た。
「花子さん、でしたよね。今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、素敵なステージにご招待戴いてありがとうございます。素晴らしかったです」
「彼ら本当に頑張ってます。皆さんの支えも励みになってます。やりたい事も自分達だけでは出来ないんです。スタッフや皆さんの応援があって彼らの夢はまた前進します。これからも応援してやってください。剣のファン一号だそうですね、ぜひまた来てください」
「ファン一号?」
花子はそんなこと聞いたことが無いと言う顔をして聞き返す。
「剣が言ってましたよ。花子さんは俺のこと推しだって一番最初に言ってくれた人だって」微笑みながら勝也がそう言った。
花子は夜空を見て話したことを思い出していた。(覚えてるんだ…)と少しニヤケていると若葉が「私の方がKNIGHTを先に見つけたのに~」と少しふくれっ面をして花子を見ていた。
「剣は最初何を目指していいか迷ってたところがあります。でも今はアイドルとして覚悟決めたみたいなんで、頼もしいですよ」
そう千葉勝也は付け加えた。
「覚悟・・・」
「花ちゃん今日は家に泊まってくれたら良かったのに」と桃枝が残念そうに言う。
「ううん、今日は若葉ちゃんと旅行気分でホテル予約したから、また遊びに行くね」
そう言って、花子と若葉は桃枝たちと別れタクシーでホテルへ向かった。車窓から見える景色は田舎と違う。夜の街も人が行き交い、店や街灯がキラキラ活気があった。
「母さん、花子さんは?」
多くの挨拶を終えて桃枝の所へ来た剣太朗が問う。
「若葉ちゃんとホテルに向かったわ。剣太朗・・・花ちゃん傷つけないでよ」
「え?」
「花ちゃんは私の大事な友達の妹、だから」桃枝は優しく微笑んだ。
若葉はコンサートの興奮が覚めやまぬ状態で、車内でもずっと喋っている。タクシーの運転手がバックミラーを何度も見てクスッと笑っていた。ホテルに着いてからも若葉のお喋りは続き、花子もコンサートを思い出して二人ではしゃいでいた。
「慎くんと私目が合った、絶対!」と若葉は枕を抱きしめてニヤケる。
「皆そう思ってるんだって」と笑い返すと「花ちゃん感動して泣きすぎだよ」と言われる。本当に感動したけど、あの涙は自分でも制御不能だったなと自分でクスっと笑えてしまう。でもよく分かった気がする。私は最高の推しを見つけたんだ。この一年程をわくわくドキドキしながら生きていたのは間違いない。あんなに輝いている剣太朗を応援してきて良かった、そんな彼を私は見たかったんだ。最高に格好良かったんだから。
「ねぇ、若葉ちゃん、推しが居るって素敵だね。これからもいっぱい楽しみたい!」
「でしょう~私のおかげだよぉ~」若葉は鼻高々に言う。
「ハイハイ、若葉様の言う通りでございます。さっそろそろお風呂入ったら?」と花子が言うと「じゃぁお先に~」と若葉は鼻歌を歌いながら浴室へ向かった。
クスッと微笑んで花子はスマホを取り出す。剣太朗へ取り敢えずお礼のメールをと入力し送信した。若葉の鼻歌が結構大きな声になって上機嫌な様子が浴室から伝わっている。
暫くして、
♪♪♪
剣太朗から電話がかかって来た。
「もしもし」
「あ、花子さん?メールありがとう。ね、今どこ?」
「ホテルに着いたけど」
「じゃ、今帰りで近く通るから、少し出て来れます?」
「え?」
剣太朗はマネージャーの千葉優介の運転する車でメンバー二人と一緒に帰る途中だった。
花子は少し考えて、若葉にメモを残し、剣太朗に言われるよう近くの歩道橋まで出た。後で若葉には「未成年を置き去りにして酷い!」と叱られたのは言うまでも無い。
ホテルの裏側あたりの静かな道路。
歩道橋の袂でキョロキョロとした花子を剣太朗は対面の道に横付けした白いワゴン車から見つけ、車を降りた。そして電話越しに「こっちこっち」と言いながら手を振る。
「え?こっちってどっち?」
「反対側、白いワゴン車の所」
と言いながら剣太朗は少しピョンピョンと跳ねながら手を振り続けた。
「あっ」ようやく花子が気付いて歩道橋を駆け上がる。年齢のせいだろう心臓がバクバク息が上がりそうになる。いや、もしかしたら剣太朗の元へ駆ける気持ちが心臓をバクバクさせているのかもしれない。恐らく両方だろう。
「あ、花子さん待って」と花子が歩道橋を渡る真ん中あたりに来た時、剣太朗がそう声をかけた。
「え?」
「花子さんファスナー!」
と言われハッとするが今日はスカートを穿いていて前ファスナーは無い。
「コラッ」と笑う。
「うそうそ、ごめん。花子さんの真上?後ろ?月、満月だよ」
歩道橋の手前に立っていた剣太朗が空を見上げて言った。
促され花子も空を見上げる。
「また月に見られてるね」
月に照らされながらそう言う花子を剣太朗は見つめていた。
「花子さん、今日は楽しかったですか?」
そのまま剣太朗は花子を見上げながら話し始めた。花子も歩道橋の上から剣太朗に向けてスマホ越しに
「すっごく楽しかったよ。皆キラキラしてたね。とってもカッコ良かった。剣太朗君歌も上手いし聞き惚れたよ」
「ふふ、ありがとうございます」剣太朗は照れながら微笑んでいた。
「あのね、今日は凄くパワー貰った気がする。剣太朗君の、キミのせいで今の私は凄くエネルギーに満ちてる気がするの。代役でちょっと自信無さげだったキミが自信溢れる姿、格好良かった!ホントキミのせいよ。ふふ、おばさんもまだキラキラしたい、出来るって思えた。推しの力って凄いね」
花子は生き生きした顔でそう話した。
「え?俺のせいってなんか悪いことしたみたいじゃん」と嬉しそうに剣太朗が拗ねる。
そして「おばさんなんて思わないよ。花子さん、これからも応援して下さい。それこそ俺のパワーになるから」
白いワゴン車の中で三人の男が、何やってんだよ~と待っている。
「なぁ、剣て年上好きなのか?」
「え?それって恋ってこと?いやぁそれは無いだろう?おばさんだよかなり」慎と駿があぁだこうだ話している。すると間を割って優介が言う。
「あの二人は前世での結ばれぬ恋を、現世で成就させようと導かれ再会したんだよ」
「ロマンチストぶって~」
慎と駿は半分、揶揄う様に少し優介を馬鹿にした口ぶりで言う。
「でもな、叶わない恋なんて世の中いくらでもある。それでもそれが悲しいだけじゃ無くて、恋をすること、したってことが重要なんだよな。誰かを好きになるって幸せなことなんだ」と続ける。
「おぉ、優介さんからそんな言葉が聞けるなんて、キショい」慎がふざけてこう言うと「俺も恋したいな」と駿が加わる。
「本当恋なんていつからしてないだろ」
「優介さん、お気の毒に」と慎が手を合わせて拝む真似をする。
勝手な話で盛り上がるそんな車内のことは知らぬ二人は春の足音がもう少しまだの寒い夜空を歩道橋の上と下から暫し眺めていた。
「花子さん、そこで待ってて行くから」
剣太朗はそう言って小走りに歩道橋を上がって行った。上がり切った所で少し止まってから月に照らされる花子に向かって
「花子さん、今日来てくれてありがとう」と言いながら近づきハグをした。
耳元で「花子さんは俺の推しだから」と囁く。花子は予想もしていなかった事態に目が飛び出そうになるも、ぎゅっと包まれる剣太朗の腕のぬくもりにスッと目を閉じた。
数秒だっただろう時間が過ぎ、二人はふふふっと笑い合って顔を見合わす。
「未来の約束、忘れないでね」剣太朗の言葉に「勿論、絶対にまた見つける」と花子は笑顔で答え「剣は最高の推し!これからも応援してるからね」と付け加えた。
「俺たち、推し同士だね」もう一度ギュッと抱きしめあって何度も「大好き!大好きな推し!」と互いに言い合いケラケラと笑った。そんな二人を月がきっと覚えているにちがいない。
車中の三人は「おいおい週刊誌とか大丈夫か?」とバタバタしていた。
お読みいただきありがとうございます。
花子が思わせぶりな剣太朗に振り回されつつ、行きつく先です。
一回り違いならまだしもかなり無理のある年の差を埋めるのに、考え抜いた行先。
互いが推し同士というのは、もうそれは両想いですよね。一定の距離はあるけれど両想い。
この決断はどうだったでしょう?
その後の花子も追っていただけると嬉しいです。




