気持ちのトリセツが知りたい
もう一年が経ち、
恋の進展はないけど、KNIGHTはどんどん活躍していきます。
もう十二月になろうという頃。
花子はブルーレイレコーダーの録画容量が増え過ぎて整理するのに困っていた。KNIGHTが良くテレビに出演するようになり、いちいち録画して居たら溜まりに溜まってしまい、削除するには勿体ない、また見返すからなどと放置していたらあっという間に増えてしまった。部屋には雑誌も沢山山積みになり年末までには整理したいものだが、これから仕事は忙しくなる。推し活とはこのあたりの整理整頓もマメにしないと大変なことになるのだ。と、少しでも整理し始めると結局また見直して時間が経過するだけ、何の整理も出来ていないことが多々ある。だって見惚れてしまうんだもの・・・。歌声もダンスも、グラビアの微笑みも、何度見たって飽きない。もっと近くで見たい。会いたいな・・・。
「しかしこれはどうしたものかしら」自分の部屋で自分に対して呆気に取られていると、玄関で声がした。
「花ちゃん!こんにちは」
「勝手にお邪魔しますよぉ~」
菖蒲と若葉がリビングに入って来る。
寛いでいたサクが伸びをして尻尾を振り愛想を振りまいた。二階の部屋から花子が降りて来る。
「いらっしゃい、今日はどうしたの?」と花子が訪ねると菖蒲が手土産のフィナンシェを差し出した。花子にはフィナンシェを持って来れば大概ご機嫌だ。
「ちょっとお願いがあって」と菖蒲がいうと花子が不意に「菖蒲ちゃん太った?」と聞くので菖蒲はちょっと困った顔をし、隣で若葉がクスクス笑っている。
「ん?」
「花ちゃん、あのね、私妊娠して。で、暫く産休と育休の間、お客さんを少し受け入れて貰えないかな?」突然の話に花子は目が点になっている。
菖蒲は自分より十歳若いがもう四十歳なので高齢出産になる。それに若葉と十六年も開いているのでまさかと思って驚いてしまった。
「あ、ちょっとびっくりして、兎に角おめでとう!」と菖蒲にハグしておめでとうを連呼した。サクが花子のテンションに興奮して意味も無くクルクル回りだし、若葉はそれを見て笑っている。
二人目の不妊というのも良く聞くことで、命を授かるというのは本当に奇跡なのだ。
年を明けて産休に入る頃にスタッフだけで抱えきれない頭数分を引き受けることも、花子は快く了承した。
「じゃぁ~若葉ちゃん私のことはあなたが助けてくれる?」
「え?何を?」
花子は雑誌の山をどう整理すればいいか、推し活先輩の若葉に伝授して貰いたいと部屋の中を見せる。若葉はクスクス笑って、これはねぇ~と雑誌のファイリング方法を教えてくれた。雑誌を一冊ずつ若葉は器用に解体していく。残しておきたいKNIGHTの誌面を上手にファイルへ差し込み整えて行く。
「そういえばさ、KNIGHTのビュー1周記念配信、あるでしょ。きっと今度はアルバム発売発表とかだと思うの」と若葉が嬉しそうに話す。
「アルバムが出ればコンサートでしょ、普通」「へえ?」花子はただの生徒のように若葉の話を、ほぉ、はぁ、へぇと感心しながら聞き入っている。
「会いたいよね~コンサート絶対行きたい~」という若葉の言葉。(本当に会いたい)
「ねぇ若葉ちゃんは、その~推しに恋心、みたいなのは無いの?」
「え?」若葉は目を見開いて花子を見た。
「まさか~推しは悪魔でも推し!付き合えるわけないじゃん。心の拠り所、リアコなんて、ハハハ!花ちゃんまさかだけど・・・いやいや無いよね~」
「ハハハ、まさかね~推しは推しよ、そりゃぁ、ハハハ」子供に真正面から正当な答えを突き付けられた気分だった。
剣太朗とメールのやり取りをたまにする程度。こんなおばさんから送るのは気が引けて、剣太朗から来なければ送ることは躊躇していた。すっかり今を時めくトップアイドル、歌番組やバラエティ、色々出ずっぱり。雑誌も表紙を飾ることも多く、ラジオの枠も拡大されたり兎に角走り続けているところと言った感じだった。(そもそも相手になんてされてないのは分かってるし、私はファン)
一年近くで彼らの人生も大きく変わったはずだ。たった一年なのかもう一年なのか、長いのか短いのか、人によって感じ方は違うかもしれない。でも誰にとっても同じ時間が流れている。どうやって過ごすかにより恐らく全く違うのだろう。意図とせず劇的に変えられることもあるけれど、生きているからこそのことだ。
花子とて、この一年はちょっと刺激が多かったかもしれない。雪の多かった一月、晴治の入院、剣太朗との出会い、夜空のデート、デート?と呼んでいいのかは疑問だが、久しぶりに胸の奥のキュンと言う音を聞いた夏。雑誌を買う無人レジも慣れたもので、気付けば部屋には雑誌の山。若葉との推し活も板についてきて、あっという間のこの一年だったかもしれない。そして友人には新しい命が宿った。日々生きていると言う実感。
なのにこの胸の奥の痛さは、雑誌が増えようが、KNIGHTが活躍しようが、どんなに喜んでも、消えないなんて。
◇
クリスマスイヴ。
若葉の予想通り、KNIGHTのデビュー1周年記念生配信で一月のアルバム発売と、三月からデビューツアーのコンサートが始まると発表があった。着々とKNIGHTの三人は自分達の夢を叶える為前進していた。
花子はこの年も変わらず十二月の繁忙期を、仕事と年末の歌番組出演のKNIGHTを追いかけ、一日二十四時間では足りないくらい忙しく過ごした。さすがに愛犬のサクも呆れた様子で花子を見守っていた。(花ちゃん僕への愛が減ってないか?)
♪♪♪
剣太朗からの電話が鳴った。久しぶりで花子は右手からスマホを落としそうになる。
「あっ」
と急いで左手で受け、セ~フと心の声が漏れる前に通話になっていた。
「もしもし、もしもし?何がセーフ?」
そんな声が電話の向こうから聞こえる。というか画面に剣太朗の笑顔があるじゃないか。
「え?なに何?これテレビ通話になってる?あ、えっと、げ、元気?久しぶりね」
ちょっと上ずった声で花子は平静を装って話すも、心臓の音が受話器の向こうに届きそうなくらいドックンドックンと鳴っていた。顔だって真っ赤になってそうだし、化粧だって取れてないだろうか、とソワソワしてしまった。
剣太朗はクスッと笑いながらもいつもと変わらず続ける。
「忙しくて全然連絡できなくてすみません。ずっと花子さんと話したかった~。アルバムとツアー発表聞いてくれました?早く知らせたかったんだけど、解禁時期とかあって」
剣太朗はいつになく興奮気味に嬉しそうに話した。
「嬉しいことは花子さんにいつも一番に知らせたいって顔が浮かぶんですよ、これって恋かな?」
「え?」花子は本当は爆発しそうなくらい嬉しさでいっぱいで顔が高揚するのが分かる。でも(冗談を真に受けたら駄目だ)と自分に言い聞かせて「ありがとう」と落ち着いて返した。
剣太朗は近況を話したり本当に楽しそうにしている。(ずっとこうしていられたらなぁ)こういう時こそ背中がニヤニヤしているんだろう、と花子が思っていると突然剣太朗が言う。
「花子さん覚えてます?停電の日生まれ変わったらッて話したの」
「え?」
「生まれ変わったら同級生か幼馴染になりますって。俺、そしたら花子さんに彼女になって下さいって告白するから」
唐突な言葉。花子は戸惑いながらも(それは仮定の話だし、あるかわからない未来に告白するって予告されても・・・いや、でもうん、嬉しいよ、それでも嬉しい・・・)心の中で一人喜び、もがいていた。
「花子さん、聞こえてる?」
「あ、うん、ありがとう。生まれ変われるか分からないけど、その時は見つけて下さい」
「どうせ、今は花子さんにとって俺は子供みたいなもんだし、恋愛対象にはならないだろうから、未来の予約ね」
(未来の予約・・・)ロマンチックな言葉だった。本当は子供みたいなんて思ってない。見ればキュンてなるし、今もこんなにドキドキしている。いや待て。でも冷静に考えると未来の予約ってことは、今は無いってことだ。一瞬スマホの画面の剣太朗がノイズでゆがんで見えた気がした。(当たり前、そもそも何も進展するはずがないじゃない、当たり前、当たり前のこと・・・)頭の中で花子は自分に言い聞かす。
「嬉しいよ、ありがとう、約束ね」精一杯普段通りに答える。(本当にそんな未来があることを願うだけにしよう)そう思いながらも勝手に涙がにじんでくるのを隠すのに画面をそっと窓の方へ向けた。
「今日星が奇麗だよ」そう言って取り繕う花子に剣太朗は
「後で空見るね。じゃぁ、そろそろ・・・本当は会って言いたかったけど、メリークリスマス!」
「メリークリスマス」(私もずっと会いたかったよ)
二人は窓から空を見上げた。星がキラキラ瞬く空はずっと向こうまで繋がっているのに、若葉の言った通りリアコ、リアルに恋するなんて無理だと痛感したイヴになった。
◇
年が明けて。
剣太朗は久々に晴治の家に居た。桃枝と共に帰省していたのだ。ただそこには愛犬ゆきの姿は無かった。
今年の三が日は雪の予報も無く、快晴のお正月だった。初雪もまだ降っていない。一年前とは全く違う風景があった。
「こんにちは」
暫くして花子とサクが訪ねて来た。玄関で新年の挨拶をし桃枝が迎え入れる。花ちゃん元気にしてた?今年は暖かいわねとか話しながらサクの足を拭き、そのまま居間へお邪魔する。晴治と剣太朗がまた新年の挨拶をする。
「今年も宜しくお願いします」
あんなに会いたかったのに、剣太朗との電話のせいで花子はちょっと気恥ずかしかったのと一人気持ちのアップダウンで複雑だった。実際会ったのはあの夏以来になるのか。テレビなどで見ている花子からするとずっと知っている気持ちでいたが、なんだか夏の頃の剣太朗よりも眩しく思えた。少し自信に満ちて青年というよりももう少し大人に見えた。ただ「花子さん元気でしたか?」と微笑んだその顔は初めて会った時と同じ爽やかで優しい変わらない笑顔だった。この笑顔が胸に悪い・・・花子の胸の中をかき乱す可愛らしさとあの電話に振り回されてる気持ちなど微塵も感じていない平然な態度の剣太朗にちょっとだけ腹が立った。(一人喜んだり悲しんだり怒ったり、自分でも馬鹿みたい・・・)
晴治がソファーに腰かけ「どうぞ」と花子にも座るよう手招きすると隣の座敷の仏壇とゆきの祭壇が見えたので、先に手を合わせさせて貰う。サクがささっと花子の先を歩み出、ゆきの祭壇の前にお座りした。まるで正座をしてゆきの遺影に話しているようだった。
(ゆきちゃん、僕の大好きなゆきちゃん、また次の世界で絶対見つけるからな。僕はゆきちゃんを絶対見つけ出すで。また会おうな。それまでちょっとバイバイやな)サクはゆきにそう言ったように思えた。
ゆきは年の瀬迫ったころ、晴治に看取られ安らかに旅立っていた。犬の一生は人間の一生に比べ本当に短い。だけどその一生を大好きな家族と過ごしたり、好物のおやつを貰い尻尾を思いっきり振って喜んだり、散歩で風や空の匂いを嗅ぎ、季節の移り変わりをきっと人間より敏感に感じ取り、日々ほんの些細な喜びを体いっぱいに受けて生き抜いているんじゃないか、と花子は思っている。自分も些細な喜びや空の色、月の大きさ、季節の移り変わり、心が感動しときめく音、もっとちゃんと感じて生きたいなと犬達を見て思っていた。だけど、剣太朗のこととなると、推しと恋の中間でうろうろしているという表現があっている。このときめく好きをどう扱えばいいか分からなくなる。
「花子さん、サク君はどうしてサクって名前にしたの?」剣太朗が不意に聞いた。
「サクは咲くっていう漢字を書くの、本来は」と話し始めると「へぇそうなの?」と桃枝がお茶を持ってやって来た。
咲と花子が一緒になって初めて花が咲くという意味を込めて名付けてある。また「咲」と言う字は「えみ」とも読め、笑いの花が咲くように花子と咲が一緒にいる限り楽しく過ごせると花子が考えたのだった。
「素敵ね。ゆきちゃんは白かったから雪みたいだしって、剣太朗がつけたの、単純よね」と桃枝はクスクス笑って、剣太朗が「子供だったんだから」とムスッとしながらツッコんでいた。
「サッくん、花子さんと長く一緒にいるんだぞ。楽しく笑ってずっと一緒に」と剣太朗がサクの頭を撫でた。
「それはそうと、コンサート楽しみね」
「はい、めっちゃ楽しいコンサートにするんで、絶対来て下さい。ちゃんと招待しますから」
「ホントに?嬉しい」花子は目を輝かせて喜んだ。桃枝が「団扇作らなきゃね、ピースして~とか」と言いながらケラケラと笑った。「マジで?」剣太朗は少し苦い顔をしたが、皆が楽しみにしてくれている様子が嬉しく、デビュー当時パッとしなくて色々心配かけたことを思うと、やっとここまで来たかという気持ちだった。
花子は剣太朗をはじめ長浜家の賑やかなお正月の団欒を一緒に過ごした。いつも一人の晴治もこの日はご機嫌で詩子との馴れ初めをはじめ昔話を沢山してくれた。勿論剣太朗の小さい頃の話も。一人っ子だったから兄弟喧嘩をしたことが無く、友達に怒られてもボーっとして言い返すことが出来なかったこと、サッカーを始めて壁に向かってボールを蹴っていた時、ミスって詩子の大事な植木鉢を割ったこと、勿論随分怒られ大泣きしてしまったことも、卵焼きは塩味の方が好きなことも、晴治は沢山話して最後には剣太朗は自慢の孫だと感涙していた。
剣太朗は「もういいから」と照れてサクを相手にゆきとよく遊んだ小さな黄色のボールを転がして構っていた。
こういう暖かな家族の中で剣太朗が何も飾らず居ることがやっぱり何よりも愛おしく感じた、と共に近づきすぎるとつらくなるのも分かったいた。
外は冬の冷えた空気がキーンと張りつめていたが、この家の中は暖かくとても穏やかな空気が満ち、新しい一年が始まっていた。
(私の気持ちはそろそろ閉まっておかなきゃ)
お読みいただきありがとうございます。
恋ってどこからが恋なんでしょう?!
この先もお読みいただけると嬉しいです。




