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推しと愛犬とフィナンシェと  作者: 灯 とみい
11/16

この世で二人しかいなくなった⁈

再び夜の散歩に出かけることになった花子と剣太朗。

今夜はどんな夜になるのか・・・

 夜八時。

「サク、お散歩行こうか」

愛犬のサクを誘い出し、夏の夜の散歩に出かけた。白い七分袖Tシャツに黒いサロペット、ハイカットの生成色のスニーカーを履き、花子の足取りはちょっとリズミカルで軽快だった。サクも花子を何度か見上げてフフッと笑ったように見えた(花ちゃんご機嫌やな)。


 歩き慣れた神社への道を行き、前方に鳥居が見えたところでその鳥居の傍に長身の剣太朗を見つけ少し心臓の音が大きくなった。同時にサクがはっと気づきグイグイリードを引っ張る。

剣太朗はいつものバケットハットを被り、大き目の白いTシャツにダボッとしたカーキー色のパンツ、肩からスリングを提げその中にゆきが入っていた。サクはそのゆきの存在に興奮してリードを引っ張ったようだ。息の荒いサクに気付いて剣太朗は手を振ってこっちを見た。

爽やかな笑顔は暗くても花子にはスポットライトが当たったように良く見える。

「こんばんは。」

「こんばんは。お疲れさま」

互いに挨拶して、この前ストロベリームーンを見た小高い広場まで話しながら歩いて行った。

「今日も順調に撮影進んだの?」

「はい、空梅雨のおかげで順調です」

「今日はゆきちゃんもお月様見るの?」

花子が剣太朗のスリングの中のゆきに話しかける。サクは上空を見上げるよう、何度かジャンプしながら剣太朗の足に時々絡んだ。

「でも今夜は雲が厚そうで見えるのかな?」

花子が空を見上げると同時に剣太朗もゆきも暗い空を見上げた。時々空を見上げながら剣太朗の撮影の話を聞いたり、花子の話もした。本屋で無人レジを初体験したこと、姉がリフレクソロジーの施術をお試しで始めたこと、若葉のメールの返信が早く授業中もスマホ見てると思うこと、今日サロペットを履いたのはファスナー全開の心配が無いことなど。


 広場に上がる道は、階段と坂道があるのだが、サクは階段が苦手なので坂道を選んで上がった。広場は山沿いで坂道は少し木に覆われているので、夜はなかなか暗くて一人で来るには勇気が居る。前回はそれもあって剣太朗と出会ってここへ来てみようと思えた。この日も多少気味悪い気もするが、剣太朗が居ると然程でもない。が、『猪注意』の看板が目に入る。

「マジ?」

意外にも剣太朗が弱々しい声を発し立ち止まる。(やっぱり都会っ子、可愛い)心の声が漏れるのをグッと堪え花子は続ける。

「東京じゃ見ないもんね。怖いよね」

「あ、ま、野性って普通に怖いでしょ」

剣太朗に当たり前のことを言われ眉毛をピクリと動かした花子の後方でカサカサと草の揺れる音がした。剣太朗と花子は顔を見合わせてそっと歩み寄る。思わず互いの腕を掴んで立ち尽くす。

カサカサ、カサカサ・・・ガサガサ~!!と大きな音になって思わず剣太郎が花子に抱き着いた瞬間、サクが草の繁みからぶるぶると身震いして出て来た。

「も~ぉ」

この日はサクに伸びるリードを付けていたのをすっかり忘れていた。2メートルほど自由に動き回れる収縮するリードで、二人が話し込んでいる間自由にあちこち顔を突っ込んでいたのだった。

ふふふと笑う花子に反して剣太朗は、はぁ~と大きな息を吐いてしゃがみ込んだ。結構本気で怖がっていたのかもしれない。花子はヨシヨシと剣太朗の頭を帽子越しに撫で、微笑みながら行こうと手を出し、剣太朗の手を引いてあと少しの坂道を上がって行った。

(あれ、これって手繋いでる?繋いでるよね!)という心の声は漏らさないようにして。


 この前と同じベンチに座り、空を見上げるが、やはり月と雲が重なり合ったり、時折月が覗き出たりで、スッキリ見えなかった。

「剣太朗君て天体とか詳しいの?」

花子は天体に特に興味があるわけでもなかったので聞いてみた。

「いえ、まったく」

苦笑いしながらそう返事する剣太朗。

「たまたまネットで見つけて、天体が全部揃うって。それが百年ぶりくらいだっていうし、ちょっと見てみようかなって。そんな程度ですよ」

その記事の画面を見せてくれた。

「へ~。”惑星のパレード。太陽系の全7惑星が夜明け前の東から南の空に”って夜明けって書いてるよ」

「え?」

慌てて剣太朗が覗き込む。

「ホントだ。じゃぁ今見えないじゃん」

フフフ・・・花子が笑いを堪えながら剣太朗を眺めている。

「え?次に全惑星と月が一緒に見れるのが三〇二三年・・・えっと、千年も先?マジか」

ククク・・・フフッフフ、困惑している剣太朗を見て本気で笑い始めた。

「いいよいいよ、見れなくても。それなら早起きしたら良かったね」

「すみません、ちゃんと調べてなかったです」

「わかるわかる、見出しでそうだと思うことあるもん。そう言えば若葉ちゃんも天体が揃うって言ってた。それを私が最初剣太朗君にちょろって話したもんね、確か。私もちゃんと調べてなかったし、天体のこと正直全然知識ないし、ごめんごめん」

「いや花子さんが謝ることは無いです」

「うん、一緒にまたお散歩に来れたし、それで良いよね。ね、サクも今日はゆきちゃんと一緒だし」

自由にあちこちの草の匂いを嗅いだりしていたサクが花子の足元に来て(僕はこれでええよ)花子の顔を見て微笑んだ、ように見えた。サクの頭を撫でて花子はポツリと言う。

「千年後って何してるのかな?」

「え?花子さん生きてるつもり?」

「やだ、まさか!生きた化石?やだやだ」

花子はハハハと笑って剣太朗の肩を叩いた。

コントでおばちゃんが人をパタパタ叩く、そんな感じで肩を叩き

「次、その惑星のパレード、月を含めて見れるのが千年後でしょ。ちゃんと地球は変わらずあるのかなって。じゃなかったら見れないもんね、きっと」

「確かに」

「千年の間に何回生まれ変わってるかな?犬って結構すぐ生まれ変わるとか真実の所は分からないけど、言われてたりするのね」

「へぇ」

「寿命も短いでしょ。よく虹の橋の袂で飼い主を待ってるって聞いたことない?」

「あ、あります。死んでからは病気の苦しみからも解放されて、虹の橋の袂で友達と走ったり遊んで、大好きな飼い主さんを待ってるって。飼い主さんが来たらすぐに見つけて一緒に虹の橋を渡って天国へ行く、んでしょ」

「うん。でも、犬の寿命は人より短いでしょ。飼い主が亡くなるまで長い間虹の袂にいるなら、早く生まれ変わってまたそのお家のコになって欲しいと思わない?私だったらすぐ生まれ変わって欲しいな・・・」

「確かに。あ、でも、犬ってやっぱり犬に生まれ変わるんですかね?」

・・・ふふふ、花子は一瞬考えて笑った。

「確かに、分からないよね」(この子面白い、ホント可愛いわ)


「花子さんはまた人間に生まれ変わりたいですか?」

「え~犬でもいいけど・・・あ、でも言葉が通じないからなぁ・・・サクとも話が出来たらどっちが犬でも人でも関係ないけど・・・剣太朗君は?」

「オレ?・・・ん~人間かな。今度はちゃんと流されないで意志の強い男になろうかな」

「それなら今からでも全然出来るじゃない」

「え?」

「だってまだ二十五歳でしょ。これから変わることなんて遅くないし、出来る出来る!私の半分なんだよ。まだ生きてるの」(あぁなんか年上感めっちゃ出し過ぎた・・・)と少し後悔する花子。

「まぁそう言われれば、そうなのかな」

「生まれ変わったら今の記憶あると思う?これまでの経験とか学んだこと、リセットされてたら同じ人生送っちゃいそうじゃない?だったら今から自分が変わって人生も変えなきゃ。でも良い記憶は次の世界にも持っていきたいよね」

「確かに。それはそうだ。じゃ記憶を持って生まれ変わったらどうしたいですか?」

「ん~最近思うんだけど、若葉ちゃんとキャッキャ言いながら推し活したり、凄い楽しいし、女子高生の青春を満喫したいかな。誰の推し活してるかな~」そう言って花子はケラケラ笑った。

「じゃ俺も同じ高校生で一緒の高校通いましょ。同級生。幼馴染とか。それに生まれ変わりますよ」

「フフフ、自由自在に生まれ変われたらね」

「確かに」ハハハと剣太朗も笑っていた。

その後も、話は尽きず妄想話が永遠に続くかと思ったころ、鈍い”バタン”という音がした。

その音と同時に目の前に広がっていた市街地の風景から民家の灯りが消えた。夜空の下に広がる街は一瞬で灰色の廃墟のような街に変わった。街から家の灯りも街灯も看板のLEDライトも何もかも消えると、まるで時間が止まったかのようにも思えた。


「え?」

「停電?」


剣太朗がスマホで検索して停電状況を調べる。

『現在の停電状況  市内一帯原因不明の停電中 復旧までの見込み不明』

「停電みたいですね・・・」

気付けば月の周りの雲は晴れ、月明かりが街を花子と剣太朗達を照らしていた。それ以外の灯りはスマホを付ける以外は無く、灯りの他に音まで無くなったようだ。恐らく電気系の機械音が止まっているから静かに思えたのだろう。

「時間が止まるってこんな感じになるのかな?」

花子が呟くと、剣太朗が続けて

「なんだかこの世の中に自分達しか居ない感覚ですね」と真面目な顔をして剣太朗が言う。

(この世で二人っきりだったら・・・)そんな言葉が花子の頭にこだまし剣太朗を思わず見つめると、目が合った。しばし見つめ合い沈黙。(何か急展開とかある?)かと思うとすぐに、ここでUFOが降りてきて連れていかれたらどうします?とか、もしかしたら時空の入り口があってそこに吸い込まれて行く前触れだったらどうします?とかSF映画みたいな筋書きを剣太朗は提案して来た。(私何期待してるんだろ・・・)花子は自分が恥ずかし過ぎて穴があったら入りたい気分だった。


あまりにも静けさが妙に気恥ずかしく二人は話し続けた。UFOに連れていかれたら記憶を抜かれるだろうね、時空の入り口だったら未来へ行ってみようかな、等々。

「あ、もし時間が止まってる間に神様が願い事を三つだけ叶えてあげようって言ったら?」と今度は花子が剣太朗に問うた。

「願い事三つですか?ん・・・

あ、一つは今の撮影中のドラマをやり切ること、二つは今度新曲を納得いく曲で出せること、最後は・・・難しいな・・・」

「なんか仕事のことばっかりだね。三つめ考えといて。私はね、一つはサクと話が出来るように、二つは推し、KNIGHTの活躍、三つは・・・フィナンシェを毎日食べたい、かな」と最後に首をすくめてへへっと笑った。

「フィナンシェって何ですか?」

「知らない?フランスの焼き菓子。形が金塊に似ててお金持ちの意味があるのよ」

「へぇ」

「アーモンドパウダーとかバターの風味が抜群に美味しいの」花子は想像しながらうっとりした。

剣太朗はそんな花子を見てプツと噴き出す。

「じゃ、俺の三つめは花子さんにフィナンシェをたらふく食べさせてあげることにします」

「え?ホントに?」

「うん、楽しみにしておいてください」

他所から見ればくだらない話を停電でこの世に二人しか居ない感覚が、互いに気恥ずかしくて忘れるように笑いながら和気藹々に交わした。


『ほんま、二人ともまるで子供やな』


「え?」

 花子と剣太朗は話し声がした方へ振り返ると、サクがお座りをしてこっちを見ていた。

『おばさんと若造が妄想話に花を咲かせて呆れるわ。妄想もええけど、しっかり毎日楽しく生きてるか?大切な人とか好きなものを大事に生きてるか?』

目をパチパチ、口を開けたままの二人が見たのは、花子の愛犬サクが話している様だった。

『いやほんまに。僕は大好きなご飯と昼寝、ほんで大好きな花ちゃんとの散歩が出来て毎日幸せや』

『フフ、食いしん坊サッくん、二人ともびっくりしてるわよ』

と剣太朗のスリングの中のゆきまでもが言葉を発している。どういうこと?これは停電でなくて何か不思議な魔法の世界への入り口が開いたとか、そういうこと?花子と剣太郎は暫し意味が分からないでいた。


 直ぐにパチっと言う音で街の灯りがウエーブの様にあちこちで(とも)り始めた。急に目の前の景色が明るくなり、生命が宿ったかのようだ。そして止まった時空から現実に戻された花子と剣太朗。とは言え単なる停電なのだが、二人は少しの間ポカンとしていた。

 空には月が明るく光り、雲が時折風に流され墨が流されてくるように月を覆うが、すぐにまた流されていく。

 ゆきは欠伸をして剣太朗の胸のスリングの中で再び寝始め、サクも花子の足元に伏せ頭だけ起こして月を眺めていた。

「サク?お話しできるの?」

 花子が優しく話しかけると、サクは振り返って舌をだしてハアハアと息をしていた。

 その後、サクもゆきも言葉を話すことは無かった。花子と剣太朗は夢でも見ていたのか、停電ですら夢か寝ぼけていたのか、或いは山から猪ではなく狐が出て狐につままれたのか、真相は分からないまま、何とも不思議な体験をした二人だった。だけど、何となく二人の距離が縮まった感覚は確かだった。


 翌朝の新聞には夜の停電が地方紙面に小さく載っていた。

剣太朗は撮影が詰まってその後は花子と会うことも無く、期間を終え東京へ戻った。



お読みいただきありがとうございます。

花子はキュンキュンし易いようですが、剣太朗はどうなんでしょうね。

この先もお読みいただけると嬉しいです。

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