はじまりの冬
小説など書いたことも無いど素人です。
ドラマが好きで推しに演じて欲しい物語を妄想しているうちに、書いてみようと大胆にもノベル大賞に応募しました。二次まで残って落選。でも読んでもらえたのが嬉しかったので、その後評価シートでいただいた点を多少編集し直して、こちらに投稿してみます。
ただただ頭の中でこんな俳優さんや女優さんが演じているという妄想で書いています。
妄想と言っても健全な妄想なので、ご安心を。
少し前まで桜色で満たされた木々に緑の葉がモリモリしている。今日は快晴で空が一段と青く新緑の清々しい朝だ。
日蔭は少しまだ肌寒い気もするが、陽の当たるところは午前八時前には心地よい暖かさになっていた。
「やっぱりこの季節が私は好きだな」
近くの神社の境内に愛犬を連れ、朝の散歩をする高島花子がつぶやく。
寒いのが苦手なのもあり冬は嫌いだ。
見た目は実年齢よりずいぶん若く見える花子だが、恋愛とはもう縁のない独身五十歳。残念ながらというのかバツもつかず、この年まで来てしまった。今までの出会いは運命の相手ではなかったことにしている。
クリスマスやらバレンタイン、そんな面倒臭い冬が過ぎ、春が来て緑の葉の匂いを感じる五月になるとホッとする。
ただ、この頃は今年の冬から何かが始まるなんて思ってもいなかったから。
◇
この年の十二月。
トリミングサロンをしている花子は繁忙期で毎日慌ただしく過ごしていた。
年末までに綺麗にしたくなるのは、犬も人も同じ。予約は有難いことにいっぱいだった。
「今月はクリスマスバンダナをサービスしています。こちらから選んで下さいますか?」
店のカウンターで、トイプードルを連れたお客の対応をしていた。愛犬の為に三色の色違いの中から「どれがいいかしら?」と迷っている飼い主を待っていると「はなちゃ~ん!」と店の外で手を振って合図する女子中学生の姿が視界に入った。
瀬田若葉、私立中学に通う三年生。どうやら学校からの帰り道で、鞄ともう片方には雑誌を握っていた。
花子は手でおいでと合図するのと同時にバンダナの色を迷っていた飼い主が「これにするわ」と赤いバンダナを指さす。
「じゃぁ、こちらをお付けしますね。お迎えは五時の予定で、カリンちゃんお預かりします」と黒いトイプードルを花子は抱っこし、飼い主さんを見送る。そして店内の隅っこに待機していた若葉に目線を送る。
「今日は学校早いね」
花子は預かったカリンちゃんをトリミング室へ抱いて行きながら声をかけた。小さな店なので入り口から五歩程の所に受付や清算をするカウンターがあり、その奥にケージとトリミングテーブル、ドッグバスが一つずつ、六畳ちょっとのトリミング室に置いてある。若葉は花子に付いてカウンター横の扉から中に入り答えた。
「今週テストで午前中までなのぉ」
と面倒臭そうに言いながら、片手に持っていた雑誌を今度は嬉しそうに見せた。
「ね、この前言ってた配信決まったよ!」
雑誌をペラペラとめくり、あるページを広げて花子に見せた。
「配信って何の?」花子がカリンちゃんの耳の毛を抜きながら聞く。犬種により耳の中の毛が伸びて汚れが溜まると中耳炎になり易いので、トイプードルの場合は毛を抜く必要がある。鉗子でそっと抜くとくすぐったいのかカリンちゃんはブルンと首を振った。
「ほら~KNIGHTの配信!忘れたの?」と、若葉はイベント発表の記事が載っているページを花子の目の前に持ってきた。
『十二月二十四日、クリスマスイヴ、十七時から動画サイトにて待望のデビューイベント開催!』と大きな文字で書いていた。
KNIGHTとは若葉が大好きなアイドルグループ。デビュー前から目を付けていたらしく、応援して自分が発掘したかのようにデビュー日を心待ちにしていたのだ。
KNIGHTのメンバーは二十五歳のリーダー駿、二十一歳の慎、二十四歳の剣の三人組。皆高身長でスタイルも良く、大卒高学歴アイドルとも言われ、既にバラエティー番組によく出演して期待されていた。しかしファンの前でも歌ったり踊ったりしたことは今までまだ無い。
「配信って何するの?デビューってことは歌うの?」花子は仕事を進めカリンちゃんをブラッシングしながら若葉に聞いた。
「そりゃ歌うでしょ?CDデビューだし…」やや曖昧に返事する若葉。
「あぁでも、若葉ちゃん。一番忙しい時期だしまだ仕事終わってないから一緒には見れないよ。お母さんもそうでしょ?」
若葉の母親は花子のトリマー専門学校時代の先輩の瀬田菖蒲。とは言っても花子より十歳年下の四十歳。旦那が美容師で大きいサロンを経営し、菖蒲はその一店舗にドッグサロンを併設して夫婦で人と犬の美容サロンを営んでいる。菖蒲は腕もよく経営の素質もあって結構繁盛しているので、若葉は中学受験で私立中学に入学した。その通学途中に花子の店兼、家がある。
両親が忙しい若葉は学校の帰りに花子の所でよく寄り道をしていた。
花子の方は新卒から働いた会社を三十五歳で辞め専門学校へ通いトリマーになっている。菖蒲のようにバリバリ働き、利益を上げる事に力を入れていくというより、のんびり犬の生涯の一部に携わる仕事をしたいと思っていた。よって、儲かってはいなかったが、生活に困ることはなかった。
「お母さんいつも忙しくしてるよね」花子が問うと、「あの人仕事好きだしね」と嫌味っぽく若葉は答える。
十二月は菖蒲も大忙しで娘の相手もなかなか出来ないのは若葉も分かっていた。
専門学校卒業して直ぐ結婚、若葉を出産し、トリマーになることを一度は諦めたが、旦那の美容サロンを手伝いながらドッグサロン併設の計画を進め、専門学校に人材確保の相談などしている時に花子と知り合った。その時からよく若葉の相手をしていた花子は、若葉にとっても信頼できる第二の母のような存在。花子も独身なので特に迷惑なことは無かった。
「私も仕事は好きなのよ。でも菖蒲ちゃんみたく若くないから、ほどほどにしないとね」花子は苦笑いしながら若葉に言った。
トリマーの仕事は体力がいる。爪切りを嫌がる犬は多いし、抵抗されると犬の力はかなり強い。小型犬とは言え負けそうになることもある。シャンプー嫌いな子もいれば、触られることすら嫌な子もいるし、足の長い犬種、短い犬種、太っていたり、壊れそうなくらい小さい犬種だったり、それぞれ個性がある。その子たちに合わせて、こちらの体勢を変えるのは結構身体的に辛い時もある。腰が痛かったり、肩こりが酷かったり。五十歳、なかなかの耐え時だった。とは言え、犬達には必要なケア。放置すると皮膚炎や病気の発端にもなる。犬が好きでないと出来ないし、好きだけでも出来ない、仕事。単に床屋でも無く、更に獣医でも無く、出来ることは限られているが、命と近距離な所でする仕事なのだ。
「でも家だと一人だし。誰もいない家ではしゃいで配信見るのは寂しいから、ここで見ていい?ねぇいいでしょ~」若葉は花子に甘えてみせた。
店の奥にはリビングキッチンがあり、店から奥は花子の居住スペースになる。と言っても、ここは両親の持ち家。花子の実家で、田舎特有の母屋と離れがあるまあまあ大きな家になる。八十歳目前の両親は離れで自由気ままに生活し花子のことも大して気にしていない。夫婦で老後の生活を満喫していた。なので仕事場を抱えた母屋に花子は一人で暮らしている。同じ敷地内なので顔を合わせない日はないのだけど、一種のシェアハウス状態だった。
「仕事の邪魔はしないでよ。騒いでワンちゃんが吠えたりするのは困るから」
花子が仕方ないなという顔をして答えると、「やった~!」と若葉は満面の笑みで万歳をした。ブラッシングをされていたカリンちゃんが急に両手を上げた若葉の姿に驚いて「わん!」と思わす吠えてしまった。
「ほら、そういうの。ワンちゃんは敏感だからやめてよ」
「は~い、すみませ~ん」
肩をすくめて若葉が軽い返事で謝った。
そんな様子に加わりたい気持ちでいたのが、店とリビングの区切りにある磨り硝子の戸の向こうにフサフサ揺れる白い尻尾の影がもう我慢できないとばかりに動いているのが見えた。
「あ、サックン!」
若葉が気付いてそうっと硝子戸の隙間を開ける。(もう~早よ開けてぇさぁ~僕一人仲間はずれやん)花子の愛犬、咲が尻尾だけでなくお尻ごと振って喜びを表してバタバタする。
サクは五歳、犬種はキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルというイギリス原産の小型犬で、チャールズ一世や二世に愛された貴族に人気のあった犬と言われている。やや小顔で鼻が少し短い短頭種になり、外観も垂れた長い耳に体を覆う毛も長めで、前足と後ろ足に飾り毛があり、歩くとゆらゆら揺らめき、尻尾の長い毛がフサフサ揺れるのでいかにも貴族が好む優雅な犬といえる。サクの毛色は耳が茶色でベースは白い体の半分くらいに茶色が混ざっている二色になるブレンハイムになる。この犬種は他に黒と茶の二色のブラックタン、茶色だけのルビー、黒と白の二色のトライという四種類の毛色がある。性格は愛嬌があり老若男女に好まれる、のんびりとした穏やかで、多くはキャバリアという犬種名で通じている。
サクは元気いっぱい尻尾を振って、若葉に撫でられ遂には(もっと撫でろ)と仰向けになりお腹丸出しになっていた。
「サックンいつも可愛い~ね~」若葉の言葉で上機嫌なサク。(そやろ、そやろ、僕はいつでも可愛いんやで)
サクは貴族の犬というより関西生まれのせいか、若葉にも花子にもサクの表情は関西弁に変換して感じるらしい。実際、言葉は通じないので不明だけど。
「クリスマスイヴはサックン一緒にKNIGHTの配信見ようねぇ~」若葉はサクの長い耳と顔をまとめてくしゃくしゃと撫でまわして喜びを分かち合った。と言ってもサクは意味も分からずただ撫でられ喜ぶだけだった。
◇
クリスマスイヴ。
結局、花子は仕事に追われKNIGHTの配信を見ることは出来なかった。若葉はサクと花子のリビングで大いに盛り上がりご機嫌に過ごしていた。
夜八時頃、菖蒲が若葉を迎えに来た時、花子もやっとファストフードで用意したチキンを食べ終わったところだった。
「ありがとね~花ちゃん。いつもいつもごめんね」と菖蒲がクリスマスケーキを持って玄関に入って来た。
「お母さん!気が利くぅ」と若葉が上機嫌でケーキを受け取る。花子は食器を洗いかけていた手を止め、「気を使ってくれてこっちこそありがとう」と既にリビングのソファーに座ろうとしている菖蒲に挨拶する。年齢の差とか関係ない遠慮もない姉妹のような、菖蒲と花子は十数年の付き合いになる。
「ねえお母さん、高校生になったらファンクラブ入って良いよね」
若葉は菖蒲に強請るように言う。
スマホは中学から、ファンクラブは高校から、と瀬田家ではどうやら決まっているようで、この春高校生になる若葉にはKNIGHTのファンクラブに入って良いお達しが出る予定らしい。
「まぁそれは前からの約束だったしね。でもコンサートとか、県外とか夜遅くとかは、友達同士はもうちょっとね・・・」少し菖蒲が条件を加えて言うと「大丈夫!花ちゃんが一緒だから!」と若葉は満面の笑みを花子に向けて「ね!花ちゃん!」と声をかける。
「は?」花子は当然のように言う若葉に目をぱちくりさせ「いやいや、何も聞いてないよ~」と慌てながら、ケーキ皿とフォークをテーブルに並べた。話しながらケーキを取り分けていると、花子の足元でサクがテーブル上のケーキの匂いを嗅ごうと首を伸ばして空をクンクン嗅ぐ仕草をしていた。(花ちゃん僕の分は無いんか?)
「若葉ちゃん、私みたいなおばちゃんがファンクラブなんか入るの可笑しくない?それに今日の配信も見てないしKNIGHT自体よく分かってないから」若葉はそんな花子の言葉を聞いて唇を尖らせていた。何でも許してくれる、味方になってくれる花子の予想外の返事にちょっと不満だった。
「はいはい、ファンクラブの件は追々ってことで、早くケーキ食べて今日は帰るよ。明日お母さん仕事あるし、花ちゃんも、もう疲れてるから、ね、若葉」
そう促す菖蒲とムスッとした表情の若葉の前にケーキを差し出した花子は「若葉ちゃんが高校入学まであと数か月あるから、その件はそれまでお預けで」と言いながら、「はい、サクにはこのおやつ。クリスマスプレゼントね。」と、ずっと花子の足元に張り付いていたサクに犬用ビスケットを一つ差し出した。尻尾を振って目を輝かせながら、パクリとおやつを口に咥えてポリポリ食べ始めた。
花子がケーキを食べ終え、若葉と菖蒲を見送ったのは夜九時半過ぎだった。
例年ならクリスマス頃に初雪が降ることが多いが、この年は暖冬になるのか、まだ雪がちらついたことはなかった。
「サク、今年は暖かい冬かな」
二人を見送ったサクと花子は、玄関先で空を少し見上げた。何処までも続く広く暗い夜の空に星がキラキラ瞬き、雪の気配など全くなく。ただ吐いた息が白く放たれ消えていった。
商店街のはずれの花子の店の前にディスプレイしたクリスマスのイルミネーションの灯りが青と白に輝く。ほぼ周辺が住宅なので街中とは違い静かなクリスマスイヴの夜が過ぎていった。
お読みいただきありがとうございます。
宜しかったらこの先もお読みいただければ嬉しいです。