59話 当時の記憶(後編)
【あああ】
【人間とは…何て脆く、儚い生き物よ】
巨大な目は、悲壮した感じで話している。
それは…本当に目だけであった。
口も無いのに、声が聞こえる。
私は不気味さを通り越して、もはや何の感情も沸く事は無かった。
【それなのに何故―】
【人間は、共に支え合わずに争いばかりを起こすのか?】
【何故だ…分からぬ、分からぬぞ!!】
【【【ルイアよ―!!】】】
【だからこそ、平和を願うお前の願いは、とても尊い…そうだ!!】
【そんな、お前に良い物をくれてやろう!!】
巨大な目が、そう言うと…
私の目の前の地面に、ボコボコと泥水が湧き溢れる。
私は、その中に手を入れると、泥まみれでドロドロの短剣が出てきた。その短剣は…それ自体からも、ドロドロした泥水が湧き出している。
そして、泥の表面からはポコポコと泡が吹き出していて、何かが蠢いている感じがする。
「「ボコボコボコボコボコボコ…」」
【ほうほう…その短剣も、お前の事を気に入ったみたいだな】
【良い事だ、良い事だ】
【それは、渇望の泥剣と言ってな。世界を思いのままに創り変える事が出来る素晴らしい呪具…じゃなくて、優秀な魔法具なのだ】
(渇望の泥剣…?)
【その短剣には、小さき蠢く物が沢山潜んでいてな。それを心臓に突き刺す事で、それらがお前の願いを聞き入れて、お前の望んだ世界を創る魔法薬を作り、世界に放つ事が出来るのだ!!】
(望み通りの世界…?)
「ゴクンっ―」
【お前がそれで世界の平和を望めば、その通りの世界をなるだろう】
私は、真剣に巨大な目の話を聞いていた。
それは…私自身が、この魔法具に興味を示していた事も理由としてあるが…それとは、また別に…この巨大な目から目を逸らす事が出来ない感じがした。
どこを振り向いても、そこに巨大な目がある様な。
たとえー
自分の目を瞑ったとしても、瞼の裏側の暗闇にその巨大な目が浮かび上がってくる感じだ。
巨大な目は、無い口でペラペラと話しを続ける。
【あ~、それと心臓に突き刺しても、別に死ぬ訳では無いから安心しろ。逆に渇望の泥剣がお前に力を与えてくれて、飛躍的に強くなれるだろう】
【あとなんだか、少し決まりもあってな…魔法薬は魔法陣から霧状にして散布するのだか、世界に充満するまでに、それなりの時間がかかる。なので、お前には…あのコワ~いゴーレム兵やサラマンダーに魔法陣が壊されない様に、魔法陣を守る番人をやって貰う事になる。世界が平和になるまで、平和を妨げる敵と闘い続ける事になるが…】
【それでも、良いか?】
「「「覚悟の上だ!!」」」
私は、即答する。
【…】(目の悪魔)
【分かった…】
【お前の平和への思い、敬意に値する】
【【【【では、それを心臓に突き刺せええええ!!】】】】
【【【そして、闘うのだアアアア!!】】】
【【【【【お前の闘いは、これからだ―】】】】】
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ―!!」」」
私は、勢い良く剣を胸に突き刺した!!
「「「「「ヴァシャアアアアアアアア―ン!!」」」」」
その瞬間ー
私の身体は、泥と血と共に弾け飛んでいた。
「「「!!」」」(私)
「ここは―!?」
短剣を突き刺した瞬間ー
気付くと、私は違う場所に立っていた。
「「「メラメラメラメラメラメラメラ―!!」」」
「「「パチパチパチパチパチパチパチ―!!」」」
周りを見れば、パーシャの町の様に燃え盛っているが、パーシャとはまた違う町であった。そして、私の目の前には巨大な魔法陣があって…そこから、蠢く黒い何かがジリジリと湧き出ている。
「私は、何でここに…!?」
何故ここにいるのか、よく思い出せない…
どうやら、少し記憶が飛んでいる様だか…
私が、ボンヤリと巨大な魔法陣を見ていると―
【この魔法陣は、飛び散ったお前の血泥で出来ているぞ】
【これは…中々、良い出来栄えだな!!】
【そうそう、ルイアよ…】
【魔法薬を作り出す根源は、お前自身の平和を願う強い思いだ。そして、平和を妨げる者への憎しみなのだ!!】
巨大な魔法陣の上で、巨大な目がテンション高めに話している。
「平和への強い願い…」
「「!!」」(私)
(ゾロゾロゾロゾロゾロゾロ…)
魔法陣の周りには、ゾロゾロとゴーレム兵やサラマンダーが迫っていた。
【ほらほら…】
【早速、魔法陣を壊そうと…お前の憎き敵が来たぞ!!】
「敵…?」
「魔法陣…?」
【この世界を平和にしてくれる魔法陣を守る事が、お前の大切な人との約束なんだろう…では、健闘を祈る】
そう言って、巨大な目は消えてしまいました。
「…」(私)
そういえば…焼け焦げた身体が、いつの間にか治っていた。
そして、更に身体が異様に軽く、力が溢れ出てくる様であった。
試しに剣を一振りすると―
「「「「「ズバアアアアアアアアアアアア―ン!!」」」」」
「「「「「!!」」」」」(私)
大きな炎の刃が飛び出てー
あの強固なゴーレムを、いとも簡単に両断していた。
「「「なっ…こ、これは凄い!!」」」
「「ズバアアアン―!!」」 「「ズバアアアン―!!」」
「「ズバアアアン―!!」」 「「ズバアアアン―!!」」
「「ズバアアアアアアアア―ン!!」」
私は、迫りゆくゴーレム兵やサラマンダー達に、次々と剣を振っていく。
(凄い…)
(凄いぞ…)
(((((凄すぎるぞオオオオ―)))))
剣を軽く振るっただけで、あの苦戦していたはずのゴーレム兵やサラマンダー共が、気持ち良くスパスパと切れていく!!
「フフフフ…」
私は次第に愉快になり、笑いが溢れる。
そして、高々に歓喜の声をあげる。
【【【ハハハハハハハハハハハハハハハ―!!】】】
【【【なんて、素晴らしい気分なんだアアアア!!】】】
(あ~、そうだった…)
私は、魔法陣を守らなければ
そして、大切な人との約束を守らなければ
というか…大切な人って、誰だっけ―?
ど忘れしてしまった。まぁ、その内に思い出すだろう。
切っても、切ってもゴーレム兵やサラマンダーは出てくるが、私は全く怯む事は無かった。気にする事は無く、只ひたすらに切り続ける。
(((今ならば、何でも出来る気がするぞ―!!)))
【【【ハハハハハハハハハハハハ―!!】】】
【【【【【私の闘いは、これからなのだアアアア―!!】】】】】
私の狂気の叫びは、炎の中に轟いていた。
―闘いは、もう終わりよ!!―
「「「「「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ―!!」」」」」
「「「イブううううう―!!」」」
イブの事を思い出した私は、炎の中で叫んだ。
巨大サラマンダーの猛炎に呑まれた私とイブは、吹き荒れる炎の渦の中にいた。私が全てを思い出した途端―またイブは、巨大サラマンダーの凶炎に呑まれてしまっていのだ。
「「「「「ボオオオオオオオオオオオオオオオオオ―!!」」」」」
辺り一面は、業火に包まれている。
周りの屍は―
激しい高熱であっという間に黒焦げになり、灰になっていく。
しかし…
私の目に溜まった涙は、何故か蒸発すらしないで、そのまま頬を伝い流れていた。
何故だろうか―
「フフフフ…」
「「「!!」」」(私)
その人は、吹き荒れる業火を中を―
涼しい風に吹かれているかの如く、澄ました顔で
微笑みながら私を見つめていた。
その澄ました顔は、私の飽きる程に見てきた、ごくありふれた日常の景色であった。要所、要所で気取って、所々で抜けていたその人の顔であった。まるで…昨日そんな、その人の顔を見た感じがする程に…いや、ついさっき買い物に行って、たった今帰って来て『ただいまー』と、顔を合わせた感じがする程に―
とても、百数十年の月日が経過しているとは思えなかった。
「やっと、思い出したわね…」
「そうだ…私って、サラマンダーの炎で死んだんだったわね」
「「「でも、今度は死んでなああああ―い!!」」」
「「「「「バアアアアアアアアアアアアアアアアア―ン!!」」」」」
イブが、強く叫ぶと―
私達を包んでいた炎が一気に吹き飛び、視界が開けた。
「こんな炎…全然、熱くないわ!!」
「ルイア、久しぶりね。貴方の闘いを止めに来たわ!!」
「少し…時間が、かかったけどね!!」
「貴方と約束したのは、私じゃなくて悪魔よ。そして、その魔法陣で今も苦しんでいる人がいる。私と一緒に魔法陣を壊すわよ」
「イブ…」
「「アチチチっ…」」
「「でも、やっぱり少し熱いわね」」
イブは降りかかる火の粉を払い、慌てながら言う。
「やっぱり、イブね…」




