165話 メイドの日常
「ルンルンルンルン~♪」
「ルンルンルンルン~♪」
メイドになってから、数日後-
今日も私は鼻歌を歌いながら、メイドの仕事に励んでいました。今は…屋敷の玄関ロビーの掃き掃除をしている所になります。そう今日は、ここの掃除当番なのです。
サーラちゃんと一緒にね!!
ですが…
サーラちゃんは、別のメイドの仕事がある様なので、今は私1人で大きなロビーを掃除しています。う~ん、そう言えば…ここに来てからの数日間、本当に色々な場所の掃除をしていますね。
掃除は新入りの通過儀礼なのでしょうかね。
「イブ、イブ~!!」
「ボクもまた手伝ってあげるよ!!」
意気揚々に言うゼニィーさん。
その目は…輝いていました。
やっぱり道端で小銭を拾うよりも、こうして汗水を流して得たお金の方が断然良い事にやっと気付いたのかしらね。
ゼニィーは、私の仕事を手伝ってくれていたのでした。
拭き掃除とか…皿洗いとか…バケツの水を汲んでくれたり、高い所の埃落としとかね。勿論、他の人達には見えない様に影ながら…
「掃除していたら、箪笥の裏に10Gが落ちてましたよ。いや、メイドの仕事って楽しいね~!!」
「…」(私)
やっぱり、基本のスタンスは変わらないですね。
「いや、もう手伝いは大丈夫よ」
そして、私はゼニィーの手伝いを断ります。
「ええ~、何でですか~!?」
「だって、アンタさ…」
「手伝ってくれるのは、嬉しいだけどさ」
「失敗して、屋敷の物を壊し過ぎなんだよね」
はい、そうなのです!!
ゼニィーは、影ながらメイドの仕事を手伝ってくれるのは有難いんですが、掃除が不慣れな為か、屋敷の物を壊しまくっているのです。
例えば…
雑巾掛けの勢いが良すぎて、窓に突っ込み、窓ガラスを割ってしまうとか。あとは皿を落として割ったりとか、バケツの中の汚れた水を高級そうな絨毯にぶちまけたりとか、もうキリが無いのです。
「ゴメン、ゴメン~!!」
「ボクも掃除なんて今までやった事がなかったから、力加減が分からなくてさ。でも、ボクが失敗して物を壊しても全部イブがやった事になるし、ボクの存在はバレてないから、大丈夫でしょ~!!」
「いや、バレるバレないとかじゃなくてさ…」
「私が精神的にもたないわよ」
「その内に、屋敷から追い出されるわよ」
いや、それよりも-
身分の違う貴族である主人の物を壊したとなると、追い出されたり弁償する程度じゃ済まない気もします。
例えば、処刑されてしまうとかね。
「…」(私)
(まぁ、そんな気もしていましたが…)
特に昨日-
私…(ゼニィー)が間違って、ドップス様が大切にしていた花瓶を落として割ってしまった時は、空気が凍りつきましたもんね。サーラちゃんと、他のメイド達も顔が真っ青に青ざめていましたから。
そんな私も、冷や汗を掻きながら『やってしまったアアアア、処刑されてしまう(汗)』と思いました。
まぁ、そう思いましたけれど…
ドップス様は…少し苦笑いをしながら『最初だから、仕方がないよ』と、それ以上、私を咎めたりはしませんでした。
「ああ~あ…」
私は床を掃きながら、ため息を吐きます。
ドップス様は、とても良い方です。それは身分とか関係無く、誰に対しても同じ低姿勢で接してくれる。いや、身分どころか年齢や性別すらも関係無く、誰に対しても礼儀正しく、丁寧に接してくれる。
地球の時でも、中々出会う事が無かった様な良い人です。
う~ん…
貴族の人って皆、あんな感じで良い人なんですかね。私の中の貴族のイメージは皆、ワガママで傲慢で自分勝手の人達かと思いましたけど。例えば、少しでも無礼な事をしたら、すぐに処刑されてしまうとかね。
ですけど、それは私の考え過ぎだったみたいですね。何でもかんでも、すぐに処刑されてしまうとか、少し安直な考えでした。
染々と思う私。
(ヒソヒソヒソヒソ…)
「ねぇねぇ…」
「この前さ、近所のゼルベルール邸でメイドをしていた子。間違って、ゼルベルール様の大切にしていたお皿を割ってしまって、処刑されてしまったそうよ」(メイドA)
「そ、そうなのね」(メイドB)
「その子、もうすぐギルドカードの購入費用が貯まる所で、あと少しで晴れてギルドカードを買える所だったのに…ギルドカードを手に入れたら、ここサウスヴェルで、お洒落なカフェ屋の店員になりたいって言っていたのにね。村で暮らす小さな兄弟達にも、しっかりとした仕送りがやっと出来るようになるって、凄い喜んでいたのに…」(メイドA)
「ギルドカードさえあれば、クビか弁償位で済んだのにね…本当に可愛そう」(メイドB)
「…」(私)
私の後ろを通りかかった、メイド達の会話が聞こえてくる。
「とにかくよ、ゼニィー!!」
「これ以上の手伝いは、本当に大丈夫よ!!」
「アンタにメイドの才能ないわよ、気持ちは嬉しいけど黙って見てて」
「はい、はい分かりましたよ~!!」
「それより、サウスヴェル大商会とか魔術品オークションの情報とかはいつ集めるんですか~!?」
「うう、それは…」
「ここ数日は仕事を覚えるのに必死で、それ所じゃなかったわよ」
「サウスヴェル大商会の会長であるドップスが怪しいんじゃなかったの~!?」
「そ、そうかしら…」
まぁ、ドップス様は優しくて良い人だし、あんまり怪しくはないと思うけどね。でも一応、念の為に。
「それじゃあ、ゼニィー」
「今日の夜さ、屋敷の中の捜索してくれないかしら!?」
「は~い、いつもの探索ね!!」
「でも、屋敷は広いからさ、イブも手伝ってよね~!?」
「う~ん…」
「私もそうしたいだけどさ、屋敷の中も外も警備の人がウロウロとしているのよね。だから、怪しい動きをしていたら、すぐにバレてしまうわよ」
「ええ、じゃあイブは何もしないんですか~!?」
「…」(私)
「そうだ、サーラちゃんに色々と話しを聞いてみるわ。ドップス様や、この屋敷の事に関して、何か黒い噂がないか聞いてみるわ。そうそう、明日は初めての休みなのよね。因みに…サーラちゃんもね。だから、ゆっくりと夜ご飯でも食べながら、話しを聞く事が出来るわよ!!」
「ふ~ん、なるほどね~!!」
「そんな感じでいくわ!!」
私は箒を掃きながら、染々と言う。
そんな私は…周りから見れば1人でブツブツと言いながら、掃除をしている様に見えるでしょうね。
「カァカァカァ-」
「カァカァカァ-」
気付けば-
もう夕方の時間になっていました。
窓ガラスを通して、赤々とした夕陽が差し込んで、広いロビーの中を赤く染めあげます。
玄関上にある大きなステンドグラスを見上げれば、ドレスの女性がキラキラと赤色に光っている。
凄く幻想的で綺麗ですね。
「ふぅうう…」
「…」(私)
やっぱり、仕事は楽しいです。
それは…久しく忘れていた感覚です。
メイドは、今の私にとって天職なのかもしれません。豪邸で…南国の絶好のロケーションで…主人も優しい。
そして、サーラちゃんも可愛いし、他のメイドの皆も…
仕事に夢中になりすぎて、それ以外の事を考える事が出来ませんでした。それほどに、この仕事は楽しいです。
(そうね…)
私は思い出した様にトボトボ歩く。
もし、ここが異世界でなかったら…この世界に呪具がなかったら、1ヶ月後に魔法具オークションがなかったら、私はこのまま、ここで働いて立派なメイドになって、それからもずっとサウスヴェルで幸せに暮らして…
その生涯を終えていたでしょうか。
そんな人生だったかもしれないわね。
そっちの方が良かった。
ですけど、私は-
「カァカァカァ-」
「カァカァカァ-」
ステンドグラスの中の女性は…
両手を合わせて何かを祈っていた。夕陽に反射したガラスは、次第に更に輝きを増し、直視が出来ない程の強い赤色に煌めいている。それは綺麗と言うよりかは…
まるで、炎が燃えている中を祈っている様な、不気味さを私に感じさせた。
「コツコツコツコツ…」
「コツコツコツコツ…」