知らない知り合い アイドルの裏側
二話構成になっています
「彼が、浮気をしていました……」
「……ドンマイ」
「あなたの思うままに動きなさい。浮気した彼を許容するのか、別れるのか。何より大切なのは、あなたが幸せになることです」
「実は、仕事でミスをしてしまって……まだ上司に報告できてません」
「具体的に聞いてもいいですか?」
「新築の家を建てる仕事をしています。ほとんど完成したところでしたが……」
「……(ゴクリ)」
「壁にトラックを突っ込ませました。見ます?写真」
「わー、綺麗に突っ込ませましたね」
「もはや芸術品じゃん」
プルルル プルルル
「……上司から電話がかかってきました」
「いずれバレるんですから、もう言っちゃいましょう!」
『もしもし。俺は夢を見ているのかもしれない。例の新居にトラックが刺さっていたんだぜ?』
「……申し訳ございません。私がやりました」
『……あのトラックと壁、芸術品として高く売れるらしい』
「は?」
『外国貴族の感性はよくわからん」
「おい真白。見てくれ、さっき落札した、このゴッホとピカソを足して二で割った様な超芸術品ヲ」
◇
「フー。ちょっと疲れた」
「割と上手くいくね。お茶どうぞ」
「ありがと」
お客さんの足取りが止まり、真白たちはほっと息をついた。
ここに来た全ての人が幸せになった訳でもないし、運に救われたこともあったが、誰かの役に立っている。
きっとそんな気がする。
「そろそろご飯にしよっか」
「そうだね」
昼ごはんを食べるために、店を一旦閉じようとすると……外に一人だけお客さんがいた。
中学生くらいの、少し暗いけど可愛い子だ。
「ご相談ですか?」
「……はい」
「どうぞ中へお入り下さい」
閉店の立札を飾り、少女を中に入れた。
その時、真白のお腹が鳴った。
「えっと……茶菓子とかいります?」
「……食べながらでもいいですよ」
「ありがとう」
芽衣が出してくれた茶菓子を嗜んだ。
自分だけ食べるのもアレなので、少女に菓子を勧めつつ話を促した。
「ご相談は何でしょう?何も言わずに帰ってもいいですよ」
「……実は私は学校を超越した者です」
「どういうこと?」
「俗にいう不登校というやつだ……です」
「うんうん……ん?」
どこか聞き覚えがある声だったが、記憶のアルバムを掘り返しても少女の記憶はない。
「どうして学校に行けないのですか?」
「ちょっと独特な口調をしていたので、陰口が辛くて……。容姿が良いのもあったのだろうな……です」
「普通に話してくれていいですよ」
「そうか、ではそうさせて貰おう」
一応取り繕おうとしていた敬語は消え去り、傲慢な話し方になった。
身近にこんな話をする人がいたような……。
「……アビス?」
「ッツ!?まさかお前は、異世界で共に戦った我が相棒、シロンか!?」
「そんなことある?」
「となるとお前はハッシュか!?」
「あのダメ先生と間違えないで!ツィンだよ!」
相談に来た少女はリアルの深淵だった。
「今日はどうしてここまで?」
「お前らがお悩み相談するって聞いて、やってみたくなってな。別に不登校なだけで、引きこもりじゃないし」
シロン達は、クランメンバーにもお悩み相談の練習をしていた。
ヒロの大学の単位が足りないことくらいしか相談されなかったが、深淵は興味を持っていたらしい。
「それで……不登校の話だよね」
「ああ。流石に今の状態に思うところが無い訳じゃないのだ」
「ならその話し方をどうにかしなよ……」
「無理だ。例えば、明日からアラビア語で喋れって言われたらどうする?」
「いや、普通に無理だけど」
「そういうことなんだよ」
……流石にそれは言い過ぎだが、彼女にとってはそれだけ難しいことなのかもしれない。
とにかく、口調を変えることはできないらしい。
「あと、アイデンティティを失いたくない」
「……そっちの方が割合大きそう」
「敬語くらいは使えた方がいいと思うけどね」
「フッ……聞こえないな」
何故か笑い話の様に話しているが、真白には彼女が真面目に話していることが分かった。
どうにかしてあげたいが、何も思いつかない。
「もう少し情報が欲しいんだけど……自己紹介してくれる?」
「仲いい相手に自己紹介っていうのは、どうも違和感があるが、まあいいだろう」
彼女は立ち上がって、右手を左脇腹に当て、左手を前に突き出した独特のポーズを取った。
そして、声高らかに自己紹介を始めた。
「我が名は天野 夢。第二中学校三年五組15歳、不登校。好きな漫画はブ〇ーチだ」
「読んじゃったかー、厨二病製造漫画」
「まあ、一応オンライン授業は受けているから、そこそこ勉強はできるぞ」
「……じゃあ、うちの学校に来たら?」
深淵こと夢が勉強できると聞いた時、思わず真白は勧誘していた。
「どういうことだ?」
「なんかうちの学校は変わった人が多いから。リムスもうちの学校だよ」
「あいつか……なるほど」
かなり慣れていたが、あの演奏を開始したら豹変する性格は結構変わっている。
初めて会った時は、深淵もかなり引いていた。
「多分、受け入れてくれる人も多いよ」
「だが……偏差値高いんだろう?」
「今から頑張れば大丈夫だよ。真白でも入れたんだよ?」
「確かに」
「酷くない!?」
「もし良ければ、私がUAOで教えてあげるし……やってみない?」
夢は、少し考えるような素振りを見せたが、
「よろしく頼む」
不登校脱出への一歩を踏み出した。
◇
「そういえば、リムスもここにいるのか?」
夢も加わって、3人で昼ごはんを食べ終わった後、深淵が切り出した。
真白は、個人情報を晒してもいいのかと少し躊躇したが、彼女を信頼して蘭丸を紹介することにした。
「今どこにいるのかな?」
「ライブは休憩時間中だから、控え室にいるんじゃない?」
相談室を空けたまま、蘭丸を探してアイドルステージの舞台裏に歩いて行った。
真白を先頭に、物珍しそうに周りを見渡しながら控え室のドアを開け……そっと閉じた。
「どうした相棒。着替えでもしてたか?」
「ちょっと大事そうな話をしてたから」
「どれどれ……」
ドアを少しだけ空けて部屋を覗き込むと、中では蘭丸とアイドルの放愛さんが話をしていた。
「今日はありがとうね、晴山君。お陰でいつもより盛り上がってる気がするよ」
「いえ、そんな……。みんなのお陰ですよ。僕は後ろで少し演奏してただけです」
「……作詞作曲が少し?」
楽曲の権利がなんだとかの問題で、いつもの歌が使えなかったからと、今回使った曲は全てメイドイン蘭丸だ。
彼は、グループの雰囲気に合ったのを数曲、1週間程度で作り上げていた。
「まあプロじゃないから、ちょっと甘い所はあるけどね」
「すみません……」
「……リムスって思ったより凄いのか?」
「そうかもしれない」
「静かに!(小声)」
真白はもう入ってもいいのではと思ったが、何か面白くなりそうな雰囲気を感じ取った夢が、それを引き止める。
その後、数分は談笑していたが、
「ねえ、うちの専属になる気はない?」
「……え?」
さっきまでのアイドルキラキラオーラは鳴りを潜め、打算的な冷酷声になった。
もはや別人の様な喋り方に、蘭丸はおろか真白達も衝撃を受ける。
「あれがアイドルの裏側か……」
「アイドルなんてそんなもんでしょ」
不気味な笑みを浮かべて近づく放愛に、メンタル激弱の蘭丸は泣きそうになりながら後ずさりした。
まるで逆レ〇プ。
「せ、専属って?」
「これからも私たちの曲を作って欲しいってこと。なんか最近伸び悩んでてね。ファンにアンケート取ってみたら、『歌詞と曲が噛み合ってない』っていう意見が多かったのよ」
「確かに、恋愛ソングにしてはテンポが速いなと思いますけど」
「それで、新しく良い感じの人を探してたら、あなたがいたって訳」
「えぇ……」
後ずさりは続き、遂に壁に追いつめられ……蘭丸は壁ドンされた。
キャー、と真白達から黄色い声が上がったが、当の本人は気付く気配なし。
「勿論、学校に通いながらでいいし、お金も払う」
「あ、あ」
「いつスキャンダルがあるか分からないから、今はできないけど……引退したら、シてあげてもいいよ?」
放愛はさらに顔を近づけ、耳元で囁いた。
流石に今の言葉を言うのには、彼女も勇気がいったのか、顔が真っ赤になっている。
数秒の沈黙。
目に見えて動揺していた蘭丸だったが、ポケットに手を入れた瞬間、急に落ち着いて、放愛の肩を持って距離をとった。
「答えは?」
「オーケー、というかこちらから頼みたい。曲を作るのは好きだからな。それをあなた達に歌ってもらえるのは、とても光栄なことだ」
「そ、そう」
「でも、俺もまだまだ未熟だから、講師を紹介して欲しい」
「……分かった、手配しとく」
急に別人の様になった蘭丸に、今度は放愛が後ずさる。
彼のポケットに入っていたのは、小さなカスタネット。
パチパチとリズムを刻み、軽い演奏モードに入っていたのだ。
「頑張れリムス!」
「……これは何を頑張るの?」
形勢は完全に逆転し、今度は放愛が壁に追いつめられ……壁ドン。
「でも、そういうことをする必要はない」
「……どうして?」
耳元に口を近づけ、
「好きな人がいるんだ」
イケボで囁いた。




