パチンコはお金創造機
7月も中旬。
シロンこと真白は、文化祭の店を決める学級会議に出席していた。
杉丘高校の文化祭は、少し旬を外した今頃に行われる。
進行役のクラス委員である、芽衣が案を募った。
「何かやりたいことある人ー」
「はい!パチンコ」
「はい!ライオンショー」
「私、歌いたい」
いつも通り騒がしくなってきた。
まあ、全く案が出て来ないよりはいいのかもしれない。
芽衣が几帳面に整えられた字で、これまで出た案をホワイトボードにまとめていく。
・パチンコ
・ライオンショー
・アイドルライブ
・コスプレ喫茶
・ポケ〇ンカード 遊〇王 デュエ〇
・各種対戦ゲーム
ext……
「まともな案がコスプレ喫茶くらいしかないんだけど」
「他にもあるでしょ……ポ〇カとか」
「パチンコもまともだろ」
「ライオンショーも」
押しが強いクラスメイトは一歩も引かず、過労で芽衣が死んだ。
もうジャンケンで決めることになりかけたその時、一つの手が上がった。
その主は、海外の貴族であるディアさん。
「どうぞ」
「ああ……お前ら、これ全部やりたいカ?」
「え!?」
まさかの提案に、全員から驚愕の声が上がる。
その声量は、さっきまでの騒音をいつものことだと無視していた隣のクラスが、心配して見に来るレベルだった。
その発言の謎さに、芽衣が突っ込む。
「今書いてる案だけで10個以上あるし、アイドルライブとか教室を全部使ったとしてもできるか怪しいよ?」
「空間拡張技術ってあるだロ」
「あ。テレビで見た」
空間拡張技術とは、2041年くらい(この世界は今2050年)に台頭した技術で、ロケットや貨物船などに使われている。
拡張高乱子を活発化させて巷説物質を抜き……とまあ、原理は良く分からないが、外見以上に空間を広げる技術だ。
平たく言うと、四次元ポケットみたいなものだ。
「え、でも、お高いんでしょう?」
「フッ……今ならなんと、全額私が負担すル」
「私も出すよ」
「俺も。昨日パチンコで勝ったから、XXXX万なら出せるぞ」
「それ掛け金幾らなの……」
真白のクラスの出し物は、個性豊かなクラスメイトの内、特に金持ちの人が出し合い、空間拡張で多くのエンターテインメントを行うことになった。
◇
「もう、やりたいことは全部やるゾ。幾らでも金は出すから、やりたいことは全て言エ」
「……こう言ってるけど、市販品を詰め込んだだけじゃ面白くないからな。ハンドメイドだからこそ楽しめることもあるんだぞ」
「はーい」
空間拡張の準備をしたいらしく、早めに使う店の最終リストアップをしていく。
仲のいい人たちと話し合うことになり、真白も芽衣、蘭丸と集まった。
「私何しよう?リムス……じゃなかった、蘭丸はどうするの?」
「アイドルの放愛さんのサポートかな。足を引っ張るかもしれないけど……」
「蘭丸なら大丈夫だよ」
「あ、ありがとう」
蘭丸は、真白とは自然に話せるようになったが、まだ芽衣とは上手く話せない模様。
微笑ましく思いつつ、真白は自分のやることについて考える。
「ツィンは?」
「私もまだ決まってない。……一緒に何かしない?」
「そうだねぇ」
真白や芽衣に、これといった特技はない。……強いて言えば、可愛いことくらいだ。
コスプレ喫茶の手伝いとかでもいいが、
「うーん……蘭丸、私の特徴って何だと思う?」
「え、えーっと……一緒にいると、和む?……忘れて下さい」
「確かに」
「え?」
真白は、一緒にいるだけでほわほわしてくるタイプで、口角が上がるというか、なんとなく笑顔になれるのだ。
それを踏まえて、芽衣が出した結論は。
「……お悩み相談室とか」
「素人にできるものなの?」
「……多分、できますよ。白峰さんなら」
申請書に、お悩み相談室が加わった。
文化祭当日。
空間拡張装置で体育館くらいにまで広げられた教室には、パチンコ、カードゲームの台、ライオンショー、ライブステージなどなど、やりたいことを全てつめこんだ。
そして、騒がしい教室の一角に、落ち着く防音のカラオケボックスみたいな部屋があった。
「……ここだけ違う世界みたい」
「相談したい人とか、ここまで入ってこれなそう」
「そうですね……。僕はそろそろステージの方に行っときます」
「頑張ってねー」
最終配置を手伝ってくれたリムスが去っていき、真白と芽衣だけが残った。
基本的には、真白が悩みを聞いて、芽衣がお茶を出す。
そして、真白がどうにもならない問題には、博識の芽衣が口を出すという構成になっている。
「緊張するなー」
「予行演習では上手くいってたじゃん。きっとどうにかなるよ」
「そうだよね」
同じクラスの人と練習した時は、そこそこ上手くいった。
恋愛の相談をされることも多く、今一番うちのクラスの恋愛事情に詳しいのは自分たちだという自信がある。
「まさか森下君と間宮さんがデキてたとは……」
「あの大人しい二人がね。そういえば、真白の方はどうなってるの?」
「……あ、初めてのお客さんだ!」
タイミング良く(?)……如何にも憔悴しきった顔のサラリーマンが入って来た。
年齢は30代前半くらいだろうか。目の下には濃い隈があり、髪はボサボサになっている。
「こ、こんにちはー」
「こんにちは!1年3組のお悩み相談室です。日々のストレスは、全部ここで出しちゃって下さい」
彼の挨拶に、真白は敢えてハイテンションで返した。
「お茶どうぞ」
「どうも」
芽衣が出したお茶をすすり、少し口角が上がった。
初めての人の話を聞くのに緊張しつつも、覚悟を決めて話を切り出した。
「もし、話したいことがあるなら、話して下さい。別に何も言わずにで帰っても構いません」
真白の優しい声かけに、彼はポツリポツリと語り始めた。
「私は普通のサラリーマンで、平均くらいの給料もあります。5年程前に結婚して、小さな子どももいます」
「おー、凄いですね」
相槌をうちつつ、しっかりと話を聞く。
今は聴き手になる時間だ。
「……あなたは、株式投資って知っていますか?」
「えっと……なんだっけ?」
「まあ、簡単に言うとギャンブルです。成功するとお金が増えて、失敗するとお金が減る」
「メッチャ簡単に言ったね」
流石に株式投資をギャンブルと言うのは無理があるかもしれないが、彼にとってはそうなのかもしれない。
もうなんとなく先が見えた芽衣は、手で目頭を抑えて俯いた。
「今までは、そこそこ稼げていたんですよ。そのお陰で年に一度、家族旅行とかしていました」
「おー、いいですね。去年はどこに行ったんですか?」
「某県の温泉街に。あの頃は良かったなぁ」
僅か1年前の事なのに、彼はとても遠い目をしていた。
これは、最初から重いのを引いてしまったかもしれない。
「……何が、あったんですか?」
「つい一月程前、ちょっとした損失を出してしまった。ほんのちょっとしたものだったんですよ。けれど、私はそれをきっかけに少し真面目に取り組むようにしました」
「あー、ね」
「……専用の本を買って、それに従ってみると……どうなったと思います?」
「ちょっとお金が無くなったとか?」
「うちの財産の95%を失いました」
「アチャー」
「……ヒュー(口笛)」
「あと、嫁にこのことを話せてません」
「「……」」
想像以上の相談に、思わず黙り込んでしまった。
それを見た彼は、もう一度お茶をすすってから立ち上がった。
「すみません、迷惑でしたね。大人しく嫁に土下座してきます」
どこかサッパリとした表情をして、部屋の出口へと向かって行った。
真白は、初めての相談なのもあってどうにかしたかったが、何も思いつかない。
しかし、隣にいた芽衣は何か思いついたらしい。
いきなり駆け出したかと思うと、出ていこうとする彼の腕を掴んで静止した。
「少し待っていて下さい。もしかしたら、どうにかなるかもしれません」
「……本当かい?」
「はい」
そう言って彼女は部屋から出ていった。
そして、嫁さんとの惚気話を聞いていると……芽衣は、ある人物を連れて帰って来た。
「パチンカー井上、参上」
「えぇ……」
「話は聞かせてもらった。金を無くしたなら、その分稼げばいいだけだ」
「でも、そんな簡単な話じゃ……」
「俺に任せとけ。ついてこい鈴木」
「……鈴原です」
「意外と惜かった」
やっと名前が判明した鈴原さんは、パチンカー井上と肩を組んで去っていった。
恐らくこれからパチンコをするのだろう。
「……あれ、大丈夫なの?銀行から借りれない人に闇金を紹介したみたとかじゃないよね」
「大丈夫。井上君は誰かと一緒に打ったら、その人に運を持って行かれるらしいから」




