公安警察の俺は銃が嫌いなんだがそれでも余裕で事件を解決した
ー伊豆の土産店 店内ー
男「殺すっ!殺すっ!殺すっ!!!」
男は脂ぎったロングヘアを振り回しながら言った。
従業員の二人「ひいっ…!」
男「お前らなんだろ?俺の愛しのハニーちゃんを殺しちまったのはよお…!いい加減吐けオラっ!」
男「吐かねえってんならこの爆弾でみーんなもろともあの世行きだ!ホンキだからな!」
手に持った黄色いスーパーの袋を指差しながら男は言い放った。
従業員「吐くって…だから僕たちは何も…」
男「うるせえっ!しらばっくれやがって!!何ならお前が押すか?このボタン?おお?」
男「な?な!ハニーちゃんもそう思うよな??んーっま!」
男は脇に抱えたフリルを着た女児向け人形に向かって喋っている。
男「なんなら爆弾でなくても、コイツでまずはお前らに裁きを下してもいいけどな!」
そう言うと、もう片方の手に持った100円ショップの火薬銃を突きつけながら言った。
銃口には赤いプラスチックのカバーが付いたままになっている。
従業員A「なあアキラ、こいつやっぱりオカシイよ…」
従業員B「ああ、きっと頭が…」
男「ヒソヒソ喋るなっ!全くどいつもこいつも…他のやつらもまだ動くんじゃねえぞ…不自然な動きをしたらみんなバラバラだ!」
買い物客は10人程度。店舗の隅に集められ、それぞれ腕は後ろに回しロープで縛り付けられていた。
その中のひとりが消え入りそうなか細い声で言った。
買い物客「あの…トイレにいってもいいですか?」
男「いいワケあるかよ?ここでしちまえ」
買い物客「お願いします…さっきアイス食べちゃって、出ちゃいそうなんです…!」
男「…ったくしょうがねえ、俺は優しいからな。5分だ!5分で全部済ませてこい!」
男「おい、こいつをトイレに連れて行ってやれ!」
男は買い物客を見張っているもう一人の仲間にぶっきらぼうに言った。
仲間「…チッ!お前がいけってんだよ。仕方ねえ…ほら、さっさと行くぞ」
買い物客は仲間の男に連れられて店の奥に向かっていった。
ー店の奥ー
仲間「全くなんで俺がこんなことしなきゃならねえんだ…」
仲間「ほら、海の家だから有料トイレでロックされてる。この鍵で開けて行って来い」
買い物客「は、はい…でも、まずこの手を解いてくれませんか…?」
仲間「ダメだ!鍵を手に渡すからそれで勝手に行ってこい」
買い物客「…はい、わかりました」
買い物客は後ろを向き、手をお椀のように突き出した。
仲間「ほら、早く行って来い」
**チリン**
仲間は手に鍵を渡したが、買い物客は手を滑らせ仲間の後ろに鍵を落としてしまった。
買い物客「あっ…」
仲間「チッ、面倒くせえ。何やってんだよ…」
仲間は自分の後ろに落ちた鍵を拾うために振り返り、屈んだ。
買い物客が呟いた。
買い物客「…甘いんだよ。色々と」
仲間「は?…」
振り返ようとした瞬間、買い物客は目に見えぬ速さで両足で仲間の首をロックし、男の頭を勢いよく地面に押し付け、そのまま太腿で頸動脈洞を締め付けた。
仲間「うッ…!」
仲間はしばらく暴れたものの、最後は右手の人差し指をピクリと動かした後、失神し動かなくなった。
買い物客「…この方法が一番、後遺症が出づらいんだ。申し訳ない」
買い物客は仲間からナイフを奪い、ロープを切った後にトイレへ入ると流し台の下に隠していたスマートフォンを取り出し、電話をかける。
買い物客「藍京だ、繋いでくれ」
女「はい、公安部…って藍京さん?今日は非番じゃなかったでしたっけ?」
藍京「非番って言葉は嫌いなんだ。オフって言ってくれ。それよりも、時間がない。七瀬、悪いが麻生さんに繋いでくれ」
七瀬「はいっ、わかりました。今代わります。」
麻生「麻生だ。南伊豆の立てこもり、お前いるんだろ?」
藍京「お話が早くて助かります。今はあと4分ほどしか喋れません。」
麻生「わかった、続けろ」
藍京「見える範囲で実行犯は2人、氏名不明。そのうち格下の一人は今確保しました。主犯格の男は軽度な心神喪失状態。目の焦点が合っていません」
藍京「恐らくですが薬物かと思われます。人質は買い物客と従業員合わせて10人。今の所、怪我人はゼロ」
麻生「凶器は?」
藍京「おもちゃの火薬銃を手に持っています。あとはドンキの袋に入っている爆弾らしきもの以外には見えません。ただコートを着ており、他にも持ってはいるでしょう」
麻生「計画犯だろうからな。他には?」
藍京「犯人は従業員の二人に因縁をつけています。一人の名前はアキラ。もう片方はわかりません」
麻生「了解、調査の依頼をしておく。SITはすでに向かわせているから、お前はとにかく時間を稼げ。あともう少し男の情報が欲しい。また電話掛けられるか?」
藍京「はい、また隙を見て。観察しつつ時間を稼いでみます」
麻生「今はお前だけが頼りだ。すまないが頼んだぞ」
藍京「はい。では…」
藍京は電話を切り、元の場所に携帯を隠した。
藍京「さて…これくらいしか無いがしょうがないか」
ノビている仲間を縛り付け、サングラスと長袖のアロハシャツを奪い身につけた。
藍京「…趣味の悪い奴だなあ」
ー店内ー
藍京は何事もなかったかの様にカウンターの近くへと歩いていった。
藍京「おう、調子はどうだ?」
男「ああ…最高だ!なんて今日は待ちに待った日だからな」
男「…ん?」
男は鼻先がくっつきそうなほど藍京に顔を近づけ、難しそうな顔をして言った。
男「…」
左右の眉毛を交互に上下させながら考えている。
男「う〜ん?」
藍京(しまった…さすがに変装が雑すぎたか?)
男「…」
男「お前そんなに体小さかったか?」
藍京「何言ってるんだ。急に体が小さくなるわけ無いだろ。」
男「…そうか、そうだな、まあいいか」
男「トイレに連れて行った奴は?」
藍京「あいつ相当ハラ壊してるみたいでな。あまりにも長いんで一度こっちの様子を見に来たんだよ」
藍京は犯人に近づいたタイミングで爆弾が入っていると思われる袋の中身、そして犯人が来ているコートの内側を見た。
藍京「…」
藍京「…じゃあ俺はまた戻ってあいつを連れ戻してくる」
男「おう、そうか。早くしろよ!」
男「俺はハニーちゃんといっしょにこいつらを見張ってるからよ!」
ートイレー
藍京は再びトイレに戻り麻生に電話を掛けた。
藍京「麻生さん、犯人の仲間になりすますことに成功しました」
麻生「なりすますだって?幻覚の症状がさぞ強いんだな」
藍京「はい、犯人に近づき呼気を確かめました。プラスチックが焦げたような匂い、恐らくLSD系でしょう」
藍京「あとは爆弾ですが…見える限りでは単なる大量のバクチクでした。中国のお祭りとかで使われるやつです」
麻生「…なるほどな。やはり、犯人はかなりの錯乱状態ってことか?」
藍京「それが…そうとも言えません、犯人のコートの内ポケットには拳銃がもう一丁あるのが見えました」
麻生「…本物か?」
藍京「見えたのがグリップ部分だけですから、今はなんとも言えません。ただポケットの『たわみ』から察するに恐らく2〜3Kgはあるでしょう」
麻生「本物の可能性もある…か」
麻生「だとすると犯人は一丁はおもちゃの銃、もう一丁は本物の拳銃を持ってきたってことか?」
藍京「そうなります。ただ、理由がわかりません」
麻生「ああ…とにかく、まだ様子を見て時間を稼いでくれ」
麻生「あと一点、連絡がある。伊豆の署に掛け合ってお前に支援物資を渡すように頼んでおいた」
藍京「支援物資…?なんですか、それは」
麻生「お前が今必要な物だよ。…すまないが、警視正から連絡が入った。俺も今そっちに向かっている途中だ。次は現場から連絡する」
藍京が半ば強引に電話を切られると、トイレの窓からコンコンと叩かれる音がした。
藍京「誰だ?」
警察官「伊豆署の者です。麻生警部からこれを渡すようにと…」
警察官の手には拳銃があった。
藍京「いらない。帰ってくれ」
警察官「いやいやいや、いま丸腰でしょう?それに受け取ってもらわないと自分がドヤされますから」
藍京「あのなあ、俺は拳銃が…」
**パアン**
喋っていると店内から突然銃声が響いた。
藍京「…なんだ!?ったく仕方ない…!」
藍京はひったくるように拳銃を受け取り、構えながら店内に戻っていった。
ー5分前 店内ー
従業員A「なあ、アキラ。ちょっと耳貸せよ」
従業員B「ん?どうした」
従業員A「さっきアイツが爆弾って言ってる袋の中身、ちらっと見えたんだよ」
従業員B「おう、どんなだった?」
従業員A「…あれは爆弾なんかじゃない。ただのバクチクだ」
従業員B「バクチクって…あの赤いやつか?ってことはただの脅し?」
従業員A「ああ、たぶんな。だからちょっと…」
従業員A「交渉してくるよ」
従業員B「は?いやお前、それはマズイって…」
返事を確かめる前に従業員Aは犯人に近寄っていった。
男「ああ?誰が動いて良いって言った!一回痛い目に会いてえみたいだな」
犯人は銃を構えつつ言い放った。
従業員A「まあちょっと待ってください。あの、提案なんですがもう自首しませんか?」
男「…自首だって?」
従業員A「はい、だってその銃、おもちゃですよね」
男「…!」
男はたじろいだ。
従業員A「しかも、今はあの仲間の人もいない。僕たちは10人ですから戦うとしても10対1ですよ?」
男「うるせえ!そんな事するんならこの爆弾で…」
従業員A「爆弾?そんなものも最初から無いんでしょう?だってその袋の中身だってただのバクチクです!」
男「な、舐めやがって…!」
男の体が震えだしている。
従業員A「ですから、自首しましょうよ!大変なことしちゃいましたけど、きっとやりなおせますから」
男はコートの内側のポケットに隠し持っていた拳銃を取り出し従業員に向けた。
**パアン**
銃弾は従業員の耳のすぐ横をかすめ、後ろのカウンターに当たりキインという甲高い音がした。
従業員A「うわっ…!」
従業員Aはとっさに身をかがめた後、急いで従業員Bがいるカウンターに戻った。
従業員A「お、おい!本物の銃持ってるじゃねえか!!」
従業員B「し、知らねえよ!お前が勝手に交渉なんて行くから…」
男は長い髪を振り回しながら言った。
男「くそっ!こいつは出来るだけ使いたくなかったが…」
男「次舐めた事言ったらぶっ殺す!お前は黙って大人しくしてろ」
**ガタンッ**
しばらくの沈黙の後、藍京が拳銃を構えながら店奥のドアを開けて入ってきた。
藍京「どうした?何があった?」
男「ああ、こいつが舐めたマネを…」
**パアン!パアン!パアン!**
藍京は言葉を遮りつつ従業員のいるカウンターに威嚇射撃をした。
男「お、おい…!」
藍京は従業員に近づき拳銃を突きつける。
藍京「なあ、こいつらはもう殺しちまおう。なんで生かしとく必要があるんだよ」
男「い、いや…お前、なにもそこまでする必要はねえだろ!」
男「あと、銃は目立つように使うなって言ったよな!」
藍京「…」
藍京は銃を下ろし、犯人の方に近づいていった。
藍京「なあ。そもそも、なんでこいつらを人質にとったんだ?」
男「何回も言ってるだろ…こいつらなんだよ、俺のハニーちゃんを殺したのは」
男「警察にも行ったけど全然とりあってくれねえ…しょうがねえから、もう俺自身が裁きを下そうってんだよ」
男「全く…どいつもこいつも…俺を見下しやがって」
男の喋る声には覇気がなくなっていっている。
藍京(…離脱症状か。急がないと)
藍京「…そうだったな」
男「こいつらはいつまで経っても白状しねえが…」
藍京「なあ、この爆弾だが…そこに置いてたら爆発した時お前が危ないだろ?」
藍京は爆弾の袋を持ち上げて運び、カウンターの近くの地面に置き直した。
その時、藍京はとてつもない違和感を覚えた。そしてその違和感の正体に気づくと同時にその感覚は悪寒へと変わった。
男「おう…助かるぜ…」
藍京「俺はサツが店内に入ってないか裏口を確認してくる」
男はしばらく虚空を見つめた後、呟くように言った。
男「…そうか、待ってるぞ」
ートイレー
麻生「はい、麻生。現場の外で合流したぞ。そっちの状況はどうだ」
藍京「そろそろ限界かもしれません。精神的に不安定で薬物の離脱症状が始まっています」
麻生「そうか…」
しばらくの沈黙の後、麻生は意を決したように言った。
麻生「…一応言っておくが、柏木はもう既に配置させた。あとはお前次第だぞ」
柏木。それは警察の特殊部隊、SITの狙撃部隊の隊長の名前だ。
藍京「…」
麻生「なあ、お前の信条はわからないでもない。でもな…」
藍京「それより、お伝えしておかないといけないことがあります」
麻生「聞いてるのか?…全くお前は…まあいい。どうした?」
藍京「あの爆弾の袋ですが、入っているのはバクチクだけではありませんでした」
藍京「バクチクに隠れて恐らくプラスチック爆薬が入っています」
麻生「…なんだって?!どれくらいの量だ?」
藍京「4kg程はあるでしょう」
麻生「…高層ビルの解体でもするってのか?どこから手に入れた…」
麻生「藍京、とにかく起爆させないように立ち回るんだ」
藍京「はい、わかっています」
麻生「それと、時間のことだ。なんとか上に掛け合っているが、もうこれ以上は庇いきれないかもしれない」
麻生「予定ではあと10分で突入命令が下る」
藍京「10分だって?早すぎます!せめてあと30分…」
麻生「もちろん説得する。だがあまり期待するな」
藍京「……」
藍京は電話を切り、再び店内に戻っていった。
ーー犯人男の回想ーー
薄暗く、物が散乱した2DKの賃貸。
男は寝室で通帳を見つめている。
男「またか、由紀」
女「…何?」
男「何?じゃないだろ!このマイナス80万ってのはなんだ」
女「うるさい!私が稼いだ金でしょ!あんたには関係ない」
男「どうせあの男に貢いでるんだろ」
女「…ああ、知ってたんだ。まあでも、いいでしょ。あんたが寝てる間も私が働いて稼いだ金なんだから」
男「…」
女「いちいち口出ししないでよ」
こうなってしまったのはいつからだろう。最初は、些細なことだったと思う。
でも、二人の間に子供が出来ないことがわかってから、二人の溝は急激に、そして一層深くなっていった。
そしてある日…由紀は自殺した。
当然男は何があったのかを調べた。そうすると浮かび上がったのはある結婚詐欺のグループ。
警察に相談してもとりあってもらえず、男はその傷心の埋め合わせをする必要があった。
最初は酒、その次はタバコ、そして違法ハーブと…男は薬物に体を染めていった。
裏世界の片鱗に足を踏み入れた男は、ある組織から銃や爆弾などの凶器を支給され、そして幸運にも絶好の「復讐計画」を知らされた。
男はその組織からもらった「計画」を実行することになったのだ。
ーー店内ーー
男「はは…」
藍京が店内に戻ると犯人は…銃を頭に突きつけていた。
藍京「…どうした?何があったんだ?」
男「…なあ、俺は今何をしてるんだ?」
藍京「急に何だ?こいつらに裁きを下すって話だったろ」
男「覚えてない…覚えてないんだ!なあ、俺はなんでここにいるんだ?」
藍京「落ち着け。お前はこいつらを人質に取ってるんだ」
男「そうなのか?…今日の朝からなんかどうも曖昧なんだよ」
藍京「間違いない、俺と手を組んでコイツらに引導を渡すって話だ」
男「…はは、そうか!そうだったな!!」
男「やっぱりコイツらなんだよ!俺のハニーちゃんを殺したのは」
藍京「落ち着いて聞け。お前は今、幻覚で現実と妄想の区別がついていない」
藍京「お前のハニーちゃんとやらが殺されたってのは、現実での話なのか?」
男「そうだよ!本当のことだ!……だから、俺は…」
男は爆弾の起爆スイッチらしき物を懐から取り出した。
男「…なあ、俺はもう疲れちまったんだよ」
男「銃も使っちまったし、もう後戻りは出来ねえ。だからコレでこいつらを道連れにして楽になりたい」
藍京「…」
藍京「…考え直せないか?」
男「うるせえ!警察も国も、アイツらも当てにならねえ!だったら、俺がコイツらを裁いて、もうあの世でハニーちゃんに会いてえんだよ…!」
藍京「…そうか」
そういうと藍京はゆっくりと拳銃を構えて、男に狙いを定めた。
ーー近隣のビルの屋上ーー
柏木「…弾込め良し」
**カチャ**
柏木は慣れた手付きでスナイパーライフルの薬室を開け、弾を込めた。
柏木「目標までは約35m。風向きは北西に約1m、照準を右1.2mm修正」
スコープを覗きながらつぶやく。ストックを肩に当て直し、トリガーに指をかけた。
柏木「こちら柏木。狙撃体制に入った。合図があればいつでも撃てる」
麻生「早いな、わかった。その時はまた連絡する」
柏木は無線を切りつぶやいた。
柏木「…ったく俺に仕事させるんじゃねえぞ〜藍京」
ーー店内ーー
藍京は鋭い眼差しで犯人を睨みながら拳銃の狙いを定めていた。
男「…なんだよ。どうしたんだお前?」
藍京「…俺は警察だ。お前の仲間には裏で休んでもらってる」
男「ははは!…そうか。そんなことにも気づかなかったのか、俺は」
男「まあでもよ、それもどうだっていい。拳銃を俺に突きつけてどうする?」
男「このスイッチを押せば、皆もろともあの世行きだ。どうせ撃てっこない」
藍京「…」
決意を決めたように藍京は口を開いた。
藍京「お前を殺す」
男「…!」
男はたじろいだ。
藍京「これからお前の頭を射撃して、殺す」
男「お、おい…」
藍京「確かに他の部位に当たったらボタンを押す猶予もあるだろう」
藍京「だが人間は脳髄を撃たれると約0.08秒で意識を失う。当然、ボタンを押す猶予なしに、お前は絶命する」
「絶命」という言葉に男は明らかに動揺していた。
男「あ、頭に当たる保証なんてあるのかよ!外れたらどうすんだ?!」
藍京「その時は、ボタンを押せばいいだろ?」
男「…マジで言ってんのかよ…」
藍京「俺にとってはチャンスなんだ。どうせ死ぬかもしれないなら、賭けてみる」
藍京「…じゃあもういいか?3…2…」
藍京は照準を男の頭へと定めていった。
男「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
男「なあ、どうすれば良いんだよ!俺もうわかんねえんだよ…!」
藍京はしばらく沈黙した。
再度、痛い沈黙が流れる。
藍京「…」
そして藍京は意を決したように言った。
藍京「どうすればいいか…そんな事、わからない」
藍京「ただ、死ぬな」
男「…」
藍京「お前がこれまでの人生で何があったのか、俺は知らない」
藍京「でもこれだけは言える。死んだら、その後には何も残らない」
藍京「お前がこれまで受けた悲しみや憎しみ…これらは何も残らない。死んだ所で世の人々には伝わらない」
藍京「だから、生きろよ。とりあえず。どうするかなんてそれから考えれば良い」
男「でも俺…こんな事して、もう元には戻れねえよ!」
藍京「大丈夫だ。お前はまだ何も傷つけていない」
藍京「何も傷つけてないっていうのは、もとに戻せるってことなんだ」
藍京「人は追い詰められると、選択肢が極端に少なくなる。お前には今、時間が必要だ」
藍京「だから、とりあえず生きてみろ」
男「…どうすればいい?俺、覚えてないんだ!信じてくれ!」
藍京は銃を下ろし地面に置いた。
藍京「信じるよ。だからスイッチを同じように地面に置くんだ」
藍京「後は全て俺に任せてくれればいい。話はウンザリするほど聞いてやるから」
男は握っていたスイッチを地面に置き、嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ちた。
ーー近隣のビルの屋上ーー
柏木「…はあ」
柏木は大きくため息をつくと、スコープから顔を離しストップウォッチを見る。
柏木「残り34秒。全く、ヒヤヒヤするぜこっちは」
柏木は無線機を取り出し言った。
柏木「なあ、もういいんだろ?」
麻生「ああ、助かった。出番が無くてすまんな」
柏木「そのほうが良いに決まってるだろ、アホ!今度またなんか奢れよ。じゃあな」
無線機の電源を切る。
柏木はスコープを銃から取り外しながら呟いた。
柏木「…出番があってもあまり喜ばれない仕事ってのも、考えもんだよな」
ーー店の外 駐車場ーー
七瀬「藍京さーん!」
女性警官が藍京の元に手を振りながら走ってくる。
七瀬「全くもう、全然連絡くれないから心配してたんですよ」
藍京「…あの状況で、できるわけ無いだろ。身柄は引き渡せたか?」
七瀬「はい、無事、伊豆署に。調書を取ったら県警本部に連行の手筈です」
七瀬「それにしても、非番だったっていうのに本当にお疲れさまでした」
藍京「だから、非番じゃなくてオフだって言っただろ?相変わらず鳥頭だなお前は」
七瀬「まあまあ。どうしてもっていうなら、ねぎらいの意味も込めて、今夜は私がヤキニクでも奢ってあげてもいいんですよ?」
藍京「お前が食べたいだけだろ。それに、まだ仕事は終わってないんだよ。ほら、そろそろ頼んでたやつよこしてくれ」
七瀬「あ、はいっ」
藍京は七瀬から書類を受け取ってしばらく目を通した後、言った。
藍京「…やっぱりな」
七瀬「…あの、ヤッパリ、なんですか?」
藍京「最後のひと仕事をしてくる。確かに焼肉でも食べたい気分だよ」
ー駐車場出口ー
従業員A「ふう…大変だったな今日は」
従業員B「ああ、散々だったよな」
従業員B「お前、変に交渉なんかするから死にかけてたしな」
従業員A「しょうがねえだろ。行けると思ったんだよ」
従業員A「それに…アイツって例の女の元夫だよな」
従業員B「ああ、さんざん搾り取った挙げ句自殺した高橋の元ダンナだろ」
従業員A「そんな情けない奴、手篭めに出来ると思ったんだよ」
従業員B「たしかにそうだけどよ…これからは慎重にやらねえとな」
従業員A「ああ…流石に目立っちまった。しばらくは休業だ」
藍京が背後から歩み寄ってくる。
藍京「何が休業なんだ?」
従業員A「え?!あーいや、しばらくバイトお休みいただこうかと思いまして…」
従業員B「そうですそうです。店長がさっきそういってくれたんですよ」
藍京「…まあたしかに、こんな事があったからな」
従業員A「ですよね!いやあ、今日は疲れました。僕たち、いつ帰れるんですか?」
藍京「悪いんだが、今日はこの後署に来てもらう必要がある」
従業員B「あ、この事件の取り調べとかですよね。わかりました」
藍京「取り調べ?…勘違いするな!採るんだよ、お前らの指紋」
従業員A「え…?」
藍京は先程受け取った資料を取り出して言った。
藍京「お前らだろ!指名手配中の結婚詐欺グループは」
藍京「確かめて見るんだな。警察を手篭めに出来るかどうか」
ー警察 本部詰所ー
藍京「(…従業員も引き渡せた。これで一段落ではあるが…)」
コーヒーサーバーのボタンを押しながら藍京は思索にふけった。
藍京「…」
麻生「今日は非番だったってのに、相変わらずの活躍だったな。藍京」
麻生が藍京の後ろから歩み寄ってきた。
藍京「…いえ、それほどでもありません。相手が最後折れてくれてなければ、もう打つ手はなかったですよ」
麻生「ハハハ!俺にはそうは見えなかったけどな。…何を考えてたんだ?」
藍京「…犯人は最後まで、凶器を使うことを躊躇していました」
麻生「そして、その入手先も不明…ということか」
藍京「はい…日本で拳銃とあれほどのプラスチック爆薬を用意できる団体はさほど多くはありません」
藍京の頭の中にはある一つの組織の名前が思い浮かんでいた。
麻生「…」
麻生「まあまあ、今日はもうやめだ!もちろん犯人への聴取は徹底的にしておく。なにかわかれば情報は展開する」
藍京「はい、ありがとうございます」
麻生「それより、今日はこの後どうだ?静岡でいい店知ってるんだよ」
藍京「今日はすみません。仕事がまだ残っているので」
麻生「相変わらずツレないな、お前は…っと!そういえば…ああ失礼失礼、今日は七瀬も来てるんだったな」
麻生「お二人の間に水をさすなんて無粋な真似したらバチが当たるってもんだ」
藍京「…はあ、またですか。アイツとはそんなんじゃありませんよ」
麻生「そうか?とてもお似合いだと、俺は思いますが?」
麻生「…まあいい、今日はもう上がっていいぞ、藍京。後処理は俺がやっておくから」
藍京「いえ、そんなわけには…」
麻生「七瀬もああ見えて心配してたんだ。色々話でもしてやれ…なんなら上司として「命令」ってことにしてやってもいいぞ?」
藍京「…わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
麻生「よし!決まったなら行った行った!レディを待たせるもんじゃないぞ」
藍京「(レディって言い回しも久しぶりに聞いたな…)」
藍京は背中を押される形で詰所から出ていった。
**バタン**
麻生は自分のコーヒーを淹れると椅子に腰を掛けた。
麻生「…さてと」
麻生「上司っぽいこと出来てるのかね、これで」
麻生はコーヒーをすすった。
ー「焼肉LOVE」店内ー
七瀬「はい、今日は私のオゴリですから!遠慮せず好きなもの頼んでいただいていいですよ」
藍京「…そりゃありがたいが、なんだよ。立ち食いカウンター式の安いチェーン店じゃないか」
七瀬「甘いですね、藍京さん。焼肉LOVE食べたこと、ありますか?」
藍京「…いや、無い」
七瀬「はあ…いいなあ。最初に焼肉LOVEを食べられる感動を体感出来るなんて!」
藍京「…」
藍京「とにかく、俺はこのLOVEカルビ定食ってのを頼むよ」
七瀬「はいっ、わかりました!私の分もあわせて頼んでおきますね」
ーー
七瀬「じゃあ、いただきます!」
藍京「ああ、いただきます」
**もぐもぐ**
七瀬「藍京さん、どうですか?美味しいですよね?」
藍京「まあ、美味いと言うことは無い、といったら嘘になるかもしれない」
七瀬「…それ、美味しいっていうんですよ?」
七瀬「いやあ〜久しぶりに来ても美味しいな、焼肉LOVE。私は焼肉はコレが到達点なのかなって思っちゃってるワケですよ」
藍京「到達がいつも早すぎるんだよ、お前は」
藍京「…」
藍京は一瞬箸を止め、再び思索にふけっていた。
七瀬「…凶器を提供した組織について、ですよね」
藍京「ああ、今回の凶器は素人がそうやすやすと手に入れられるものじゃない。間違いなく裏で手を引いてる奴らがいる」
藍京「…って考えてる内容までよくわかったな、お前」
七瀬「あはは。…だって藍京さん、あの組織について考える時、いつも同じ顔してますから」
藍京「…」
七瀬「それに、一応これは私の専売特許みたいなもんですよ?」
藍京「全く、意外だよ。なんてったって実はお前が…」
**ピリリリリリ**
藍京の携帯電話が鳴った。
発信元は、柏木。
この瞬間、柏木の名前を見て藍京は不自然な「予感」を感じざるを得なかった。
藍京「はい、藍京です」
柏木が息を切らしながら言う。
柏木「藍京、お前今どこにいる?」
藍京「静岡駅の近くです」
柏木「そうか、じゃあまだ近いな」
悪い予感が高鳴って押し寄せて来るのを感じる。
藍京「どうしたんですか?」
柏木「…麻生が」
この時、藍京の中で渦巻いていた黒い不吉な予感が実体となり、喉の浅い所まで到達していた。
日常と非日常の境界線。藍京はそれを否応無しに噛み締めていた。次の言葉で日常が終わる。
柏木「麻生が、何者かによって射殺された」
ーー第1部 おわりーー