65.柏の餅の贈り物
前回までのあらすじ。フラウがゲームを始めてわりと時が過ぎた。そしてついに彼女は魔術師のレベルが30となった。これはゲーム全体で見ればまだ低いのだが、初心者を脱するという意味では記念すべき通過点。それをお祝いしようとはりきる1人のホビホビ族のドキュメンタリーを今日はお送りしようと思います。その名はかしわもち!
かしわもちの朝は早い。
「考え事をするにはね、ちゃんと早寝早起きして朝するのがいいんだよ。勉強だってそうだろう? え? 一夜漬け? あれはね、間違った勉強法だよ」
時は午前6時、基本的にこの時間に起きてインするエタの民はほとんどいない。
探せば人は割といるように見えるが、彼らは徹夜で夜を超えた猛者たち。面構えが違う。
さらに今日はいつもより早起き、なんとすでにリアルで朝食の準備や洗濯は終えている。
「新しいことをやる時はね、やるべきことをささっと済ませて取り組むんだ。時間がないなんて甘えだよ、作ればいいのさ」
新しいこと、それはフラウのレベル30になったお祝いの計画だ。
なんとそれの計画を自分1人でやりたいと言い出したのだ。
ゲームを始めてからいろんな人によくしてもらい、お世話になってきたかしわもち。
次は自分がお世話をする側をやってみたい、そんな想いが今の彼女を動かしている。
もちろんある程度決まれば俺たちも準備の手伝いはするが、そこまではかしわもちの意を汲んで見守ろうと思う。
「うーん、とりあえずフラウちゃんの好きなものってなんだろう? タカ……じゃなくてナレーターさんは知ってるかい?」
「そうだなあ、魔法とか魔法の道具とか好きだぞ。あ、猫も大好きだ」
かしわもちが独り言を呟くと、どこかから返事が聞こえてくる。
彼女は周囲の声を聞くことができる能力を持っているのかもしれない。
「そうかい、ありがとね。それにしても早起きしたねえ、夏休みはいつも夜更かししてお昼に起きてたってのに」
「自立したからな」
本当はフラウが朝ごはんを作ったり持ってきてくれたりするから早起きの癖がついたのである。
ご飯がなかったとしても、毎朝挨拶に来てくれるわけで、寝ているなんてもったいない。
ま、今日はかしわもちの開幕シーンを撮影するためにちょっとだけがんばって早めに起きたけど。
「じゃあ計画をしっかり考えようかねえ。あんたはフラウちゃんへの個人的なプレゼントを考えてな」
「ああ、じっくり考えるさ」
あげるものは決まっていて、シンプルに装備品である。
レベル30になると、着用可能な装備の幅が増えて一気に強くなれる。
防具はみんなでプレゼント、俺は個人で武器をあげると決めてあるんだ。
ただ、性能とは無関係にちょっとした装飾を付け足せるので、それを考えるわけだ。
「さて、まずは腹ごしらえだね」
かしわもちがたどり着いたのは噴水の前。
ここタルタロスの街は緑豊かな自然の中に作られているため、街のあちこちが公園のようなくつろげる空間となっている。
噴水周りの石に腰掛け、ポシェットから様々なものを取り出すかしわもち。
果たして何を作るのか。
「これは昔コンビニでバイトしてた時に売ってた手作りパンを再現したものだよ」
まずふんわり食パンにマーガリンが塗られていくが、何故か中心付近には塗られていない。
次にマーガリンの塗られていない中心部分のパンをちぎってくぼみを作っている。
ちぎられたパンをかしわもちがちぎって放り投げると、それを食べに鳥が群がってくる。
やけに綺麗で大きな鳥……近くの山の守り神に似た鳥もいる。
「押しつぶしてくぼみを作ってもいいんだけどさ、せっかくのふんわりパンを潰すのってもったいなくてねえ」
次にかしわもちはマヨネーズを取り出し、食パンの周囲に外壁を作るかのように捻り出していく。
そして、いつの間にか地面に落ちていた卵を割って中心に落とす。
最後にコショウをパラパラふって、あとは焼くだけのようだ。
「現実だと卵を冷蔵庫から出して常温に戻すのが面倒だったけど、この世界だとそのへん気にしなくていいから楽さ」
卵が冷えたまま焼き始めると、卵がしっかり固まらないらしい。
それを知らずに見よう見まねで作ったかしわもちの上の息子は、卵が固まらないからと長時間焼いたせいでパンが真っ黒こげになったそうだ。
僅かな温度の差が完成の質に大きく影響する。
それが料理というものだ。
「この世界の便利なのはそれだけじゃないよ。現実だと用意できない石窯だってちょちょいのちょいさ」
子供の頭くらいのサイズの4次元ポシェットから取り出される小型の石窯である。
これはかしわもちの下の息子がプレゼントしたものでお気に入りらしい。
その石窯に火が入れられ、あっという間に周囲が暑くなる。
そこに先ほどのパンが投入され、すぐに香ばしい香りが漂ってくる。
「できるまで10秒ほど待つよ。そして出来上がったものがこちらに用意してあります。あ、もうできちゃった」
料理番組よろしく、完成品のパンがポシェットから出てきたのだが、今作ってるやつも完成したのでパンは2つとなる。
このあとスタッフが美味しくいただきました。
「このレシピ、フラウちゃんにも教えておいたんだよ。今度作ってみるって言ってたなあ」
かしわもちには息子が2人いるが娘はいない。
だから、息子が結婚相手を連れてきたら一緒に料理したり買い物したりするのが夢らしい。
それが叶えばいいと切に願う。
おっと……そろそろ時間だ。
「カット。じゃあそろそろ朝ごはん食べに一旦落ちるよ」
「そうかい、あたしもゆうすけがちゃんと起きてるか見にいこうかねえ」
「んじゃまた後で」
「はいはい。あ、でも案出しは1人でやるから好きにしてていいよ」
「うん、そこは任せるけど相談とか手伝えることあるかもしれないしね」
「そうかい、やさしいねタカシは」
ゲーム内で親孝行である。
まあ本音は、かしわもちが1人で何かやってるとたいてい面白いことが起こるので、それを見逃したくないからである。
あとフラウを喜ばせたい想いが強いから。
さて、現実へ戻って愛する嫁候補を見に行くか。
さて、現実に帰還すると午前7時ちょっと前。
髪やらが乱れてないかとか、身だしなみチェック。
そして玄関に行き、覗き穴に顔をくっつけるのだ。
部屋の中とは言え、完全に不審者である。
そして覗き窓に花ちゃんがちらっと見えた瞬間、ドアノブをカチャリと回す。
花ちゃんにぶつけないよう、そーっとドアを開けるといういつものやつである。
ドアを開くと、片手にお盆を乗せてポーズを決める花ちゃんがニヤリと笑っているのだった。
いつもは大きめのお盆を両手に持っているので、なにか新鮮である。
なお、お盆にはフタがかぶせてあるので、朝食メニューはまだわからない。
「ありがとう。こうなると知ってはいても嬉しいものね。きっと飽きることのない行為よ」
「そうか、俺もずっと続けたいと思っているぞ」
ずっとか……今はこれが楽しいから苦にはならないが、そのうち面倒になったりするんだろうか。
花ちゃんが魔法なんてないんだと思うようになれば、予知とかじゃなく待ち伏せしてたんだと種明かしもできるけど、そんな日が来るとは思えないな。
てか、タイミング合わせるためにずっと待ってるのってどう思われちゃうのやら。
ま、悩むのは未来の俺に任せて今を楽しむか。
「今日はあなたの好物を作ってきたわ」
「ほう、それは楽しみだ」
「出来立てを食べて欲しいから座って。飲み物を持ってくるわ」
花ちゃんは手にしたお皿を置くと、台所へ向かう。
まるで自分の家のように振る舞うその感じがなんかいい。
さて、フタの下にはどんな料理が隠されているのか。
花ちゃんは牛乳パックとコップ2つを持ってすぐに戻ってきた。
そして俺の正面に座る。
「今日の食事にはこれが合うわ」
「楽しみだな」
買っておいた牛乳を俺に聞くでもなく、当たり前のように使う花ちゃん。
一見すれば勝手に使っているかのようだが、そうではない。
夫婦のものは共有物というのと同じで、恋人同士なので当たり前に使っていいのである!
さ、花ちゃんがフタを手に取ったぞー。
「あなたのお母様に教わった秘伝のレシピよ。わたしの腕で再現できたかは怪しいけどね」
おお!
先ほどゲーム内で母さんが作ってた目玉焼き乗せマヨネーズたっぷりトースト!
オーブンで焼きたての香ばしい香りが部屋に広がる。
さっきゲーム内で食べたものだが、所詮はゲーム。
現実で食べられるなんて嬉しすぎる!
「おお、いい香りだな。ちょうど食べたいと思っていたんだ。さすがだな」
「ふふ、当てられてよかったわ。確信はなかったけどこれが正解の気がしていたのよ。これも恋人同士になったことで、感応力が上がったのかしらね」
「だと嬉しいな」
「そしてあなたはこうして欲しいはず」
なんとフラウはトーストを手に持ち、俺の口へと近づけてきた。
ちなみにこれは割と熱々で、焼きたてを食べる際には火傷に注意しながら口に入れる必要がある。
だが今の俺はそんなこと気にせずかぶりつく!
「いただきます!」
まず口に入るのはパンの耳と周囲に乗ったマヨネーズ。
マーガリンもしっかり端まで塗られているようで、その風味も混ざってとても香ばしいパン!
口の中は熱いが気にせずよく噛んで飲み込む!
「美味い!」
「うふふ、次は月の光も召し上がれ。はい、あーん……」
「あーん……」
花ちゃんの口から「あーん」という普段聞けない単語が発せられる。
これを指導したのはくーちゃんか、はたまた謎の友人たちか。
俺もついついあーんと返してしまう。
先ほどのパンの味に目玉焼きの白身が合わさり、美味しさが倍にアップ!
あ、そういえばトーストは2枚あるから花ちゃんも食べるんだよなと気づく。
「なあ、花も早く食べないと冷めてしまうぞ」
「ええ、あなたの美味しそうな顔を見ていたら早く食べたくなったわ」
そう言いつつも、俺の食べているトーストから手を離さない花ちゃん。
つまり……もう一枚のトーストは俺が手に持ってと……。
「花……あーん……」
「あーん……」
なんか、甘えるような声で超可愛いんですけど。
みなさん、俺の彼女は可愛いんですよ!
俺が食べるのに比べると一口は当然ながら小さいが、それまた可愛い。
美味しそうな顔で噛んでいるのも可愛い。
「可愛いな……」
「ん……」
あ、つい口に出ちゃった。
花ちゃんはあまり気にしてないのか、軽く頷いただけでもう一口パンにかじりつく。
「んー……」
花ちゃんが持っているパンが揺らされる。
あなたも食べてねという合図っぽいので、俺もパンにかじりついて食べる。
お互いに食べさせ合うという、バカップルの見本みたいな状態になってるな。
美味いし楽しいし幸せだし可愛いしもう……上手く表現できないけど、もうすごい。
2人とも無言で差し出されるパンにかじりつき、よく噛んで食べる。
目線は手にしたパンと食べるパンと花ちゃんの顔を行ったり来たり。
時々タイミングよく目が合うのが嬉しい。
よし、周りをある程度食べたし、そろそろ中心の黄身にかぶりつくか。
「あっ……」
黄身がまだ半熟気味だったようで、口を離したところから黄身が垂れ、慌てた花ちゃんがそれを手で受け止める。
これが母さんの言っていた、卵が冷えていると固まり切らずに半熟になる現象だ。
これ以上こぼれないように、花ちゃんは一旦トーストをお皿に乗せた。
俺も一旦置くことにする。
「やはりわたしはまだ未熟だわ。温度の調整に失敗していたようね。ごめんなさい」
「いや、問題ないぞ。実は俺は目玉焼きは半熟の方が好きだ」
これは本当であるし、母さんもこれは知っている。
だが、このトーストに関しては食べにくくなるので半熟にはしてくれなかったがな。
「そう? 気を遣ってくれるのはありがたいけど食べにくいでしょう?」
「そこはまあ、食べ方を工夫すればなんとかな」
「ならばあなたが先ね。あ、そのまま動かないで」
「ん? わかった」
花ちゃんは明日から立ち上がり、テーブルを回って俺の隣にやってくる。
なにがおきるかわくわくの俺である。
「恋人同士はこんな時にどうするのか調査しておいたわ。そのままね」
花ちゃんは俺の頭に手を添えて、まるでこれからキスをするかのように顔を接近させてくる。
そして……俺の口の下あたりをペロリと舐められた。
おそらくそこに垂れた黄身がついていたのだろうけど……すごいことしてくるな。
反応に困り、幸せなまま固まる俺。
「食事の続きよ。少し上を向いて口を開けて」
「お、おう……」
言われた通りにすると、花ちゃんはお皿を左手に持ち、右手にトーストを持って俺の口に接近させてきた。
そして、口の中に黄身が垂らされてくる。
なにこのプレイ……。
「えっと……なにか違うわね。ごめなさい、やり方を変えるわ」
「ん……」
思った通りにはいかなかったのか、ちょっと慌て気味の花ちゃん可愛い
あのままだと俺はポタポタ落ちてくる黄身をひたすら受け止めることになっていたかもしれないい。
間違いを素直に認める花ちゃんいい子。
「食べやすくしてあげる。ちょっと待っていて」
花ちゃんは台所に向かい、お箸を持ってきた。
パンを手で少しちぎり、箸を使って白身を切りパンに乗せる。
そして箸は置いてパンを手で持ち直し、お皿に垂れている黄身を拭き取るように動かす。
するとパンに黄身が染み込み、とても美味そうな状態に!
「はい、あーん……」
「あーん……」
口の中に優しくパンが入れられる。
わざわざ箸を持ってきたにも関わらず、手で食べさせてくれる。
愛なのか花ちゃんの好みなのか、なんにせよとてもヨシ!
ただ……花ちゃんの指が口の中に侵入したまま出ていかない。
「ふふ、取れるかな?」
なんぞ?
花ちゃんが中二病モードから無邪気な女の子モードに変貌している。
あるいはいたずらっ子モード?
つまり、俺は何かしらをして花ちゃんの指からパンをもらわなくてはならないわけだな。
とりあえず舌を使って取るしかないよな。
パンの感触に向かって舌を押し付けてパンを奪おうとするも、逃げられてしまう。
その際に花ちゃんの指が口や下に触れ、柔らかさと何故かエロさを感じてしまう。
こうなれば唇で花ちゃんの指を挟み込み、一気に引っ張る!
「わっ……ふふ、やるわね。次は負けないわよ」
いつの間にか勝負になっていたようだ。
一瞬驚いた花ちゃんが可愛いかったので、どうせならまた驚かせつつ勝ちたい。
次のパンがちぎられ、卵を乗せられて俺の口へと運ばれてくる。
なんかもうイタズラ心しか湧いてこない俺は、花ちゃんの指をぺろっと舐めてみる。
「んっ……わたしの指は食べてはダメよ。なんとなくだけど、少し魔力を奪われた気がするわね。奪い返させてもらうわ」
なんか花ちゃんの顔が俺に迫ってきて……鼻の頭をぺろっと舐められた。
魔力どころか、いろんなものを奪われた感。
「ふふ、あなたの魔力は良質だわ。さあ、いたずらはやめて食べてちょうだい」
ちょっとしたいたずらが大きないたずらとなって跳ね返ってきた。
もっとしたらもっと返ってくるのかなと考えてしまう。
いやいや、ここは食事に集中せねば……。
パンに舌を絡めるように……えいっ! 取れた。
「ふふ、やるわね。ねえ、わたしも挑戦したくなったわ。お願い」
花ちゃんはそのまま床に正座をした。そして口を軽く開けて俺を見上げる。
少しワクワクしたようなこの上目遣い……可愛い以外の言葉が出てこない。
なんか、なでなでしたくなってしまうな。
「それではいくぞ」
「んー」
花ちゃんのトーストを手でちぎり……手を洗って消毒とかしなくていいものかなと考えてしまう。
いやきっと魔力による浄化うんぬんでなんとかなるはず。
さて、おいしそうな状態にしたトーストを花ちゃんのお口に向かって……。
「ほら、あーん」
「あーん……」
人の口に指を入れるってなんかドキドキするな。
あまり大きく口を開けていないので、唇に指が触れて柔らかさにびびる。
どこまで指を突っ込んでいいのかなと悩みつつ入り口付近で悩む俺。
すると花ちゃんの口が前に動かされ、一気にパンを奪われた。
「んふふー」
戦利品のパンを噛みながらドヤ顔で俺を見上げる花ちゃん。
相変わらず可愛いという単語しか出てこないので、もっと語彙を増やしたい今日この頃。
パンは少量だったのですぐに飲み込まれてしまい、花ちゃんは雛鳥のように口を開けて次を待ち始めた。
「今のは小手調べ。次は簡単にはいかないぞ」
「んっ!」
俺の強がりというか挑発に元気よく返事してくれる。
やばい、あまりの可愛さに遵死してしまいそうな俺がいる。
さて、パンをちぎって白身を乗せてマヨネーズをちょっとつけて美味しいパンの欠片を作ってと……。
さあ……次は花ちゃんの口の中でイタズラしてやるぜ。
「ほら、あーん」
「あーん」
パンが少し大きめだったので、パンで唇をちょいちょいとつつき大きく開けてと合図する。
花ちゃんがしょうがないなあという顔で口を開いたところで、パンをひっこめる俺。
花ちゃんはむっとした顔となって、俺の膝をペチペチたたいてくる。
なんだこの可愛い生き物は……。
「冗談だ、さあ食べていいぞ」
「むー」
再度パンを差し出すと、花ちゃんは両手を出してきて俺の手をつかんだ。
そのままパンを奪われる。
花ちゃんの口の中で逃げ回るゲームはさせてもらえなかった。
花ちゃんは俺の手を掴んだままパンを咀嚼しているので、とりあえず眺めて楽しむ。
「変なことしたお返しよ。もう少しいただくわ」
「ん?」
なんと花ちゃんは俺の指を口に含み、ちゅーちゅーと吸ってきた。
やばい……俺の魔力が奪われる……。
なわけもないのだが、ほんとに何かを奪われている気分だ。
いやでも気持ちいいというか、もうこのまま食べられたい。
えーと……ここでいうべき言葉とは……。
「このまま俺の魔力を吸い尽くすつもりか?」
すると花ちゃんは俺の指をしゃぶるのを止め、指を咥えたまま上目遣いで見てきた。
「ん……。それもいいけど、毎日少しずつ吸う方がいいわね。では……吸いすぎたから返すわ……」
俺の指は解放されてしまった。
返すということは、もしや花ちゃんの指が俺の口の中に?
なんて考えていると、その予想をさらに上回ることが起きていた。
なんかそのまま立ち上がった花ちゃんにキスされている。
それは数秒の柔らかな優しいキス……何が起こったか理解できぬままそれは終わった。
「やはり魔力の受け渡しはこの形が一番よね」
今、俺はキスで魔力を受け取ったらしい。
気分的には奪われているわけだが……。
とりあえず顔が熱い……。
花ちゃんのほっぺもなんとなく赤いし、魔力の受け渡しは熱くなるのだろうか……。
「いけない……時間がないわ。申し訳ないけど手早く食べさせてもらうわ」
時計を見た花ちゃんが正気に返り、席について普通に食事を始めてしまった。
もう少し夢心地の中にいたかったというか、あのいちゃつきを続けたかったのだが仕方がない。
俺のせいで学校に遅刻とかあってはならない。
とりあえず俺も自分のトーストを自分の手で食べるかな。
「とりあえず、とても美味いし満足だ。また作ってくれると嬉しい」
「ええ、あなたが望むのならいつだって……。次は時間を気にしなくていい安息の日がいいかもしれないわね」
「そうだな、それなら美味いだけでなく楽しめそうだ」
「ええ、先程はとても楽しかったわ」
花ちゃんもあのおかしないちゃつき食事が楽しかったのか。
あれはまたやりたい。
てか、なんか途中で止まってしまったので消化不良というかムラムラしちゃう。
という気分のまま食事を終えた。
「こちそうさまでした」
「ええ、急いで片付けるわね」
「いや、それはやっておくから学校の支度しなよ。慌てて忘れ物でもしちゃいけないし」
「そう? ではこれで失礼するわ」
将来は家事を任せきりにせずちゃんと手伝える夫になりたい。
それには、やはり今のように生活に余裕がなくてはな。
余裕っても、お気楽な大学生の夏休みってだけなので、仕事するようになっても余裕のある男になりたい。
就職が決まった会社は残業がほとんどないホワイト会社と聞いているので、それが嘘でないことを願う。
さて、いい感じに見送るか。
「いってらっしゃい、花」
「いってくるわ、あなた。あ……ねえ、片付けをしてくれるのなら少しだけ余裕があるわ。だからわたしの時間を1分だけあなたにあげる」
そう言って、玄関で立ったまま静止する花ちゃん。
1分くれるとは?
その言い方だと1分間何をしてもいいということになる。
でも本当にそうなのか聞かないとわからないのが悲しいところ。
直に聞くのもあれなので探り探りで……。
「1分か、長いようで短いな」
「ええ、有効に使ってね。と言っても今この瞬間だけの制限よ。わたしの生涯はあなたに捧げるのだから」
「そうか……」
「ん……」
今の言葉が嬉しすぎて、俺は自然と花ちゃんを抱きしめていた。
世の中のカップルはみんな付き合っている時はこういうことを言いつつも、別れる時は言ったことを忘れているらしい。
俺は忘れたくないし、花ちゃんも今の気持ちのままずっといてほしいなあ。
さて、なんかクサイセリフでも言うか。
「今のこの瞬間の花を感じられるのは今だけだ。だから今をしっかり楽しませてもらう」
「ええ……わたしも今のこの感情とあなたの体温を知っておきたい……」
「花……また必ずここに戻ってこれるよう魔法をかけておこう。目を閉じて……」
「うん……かけて……」
目を閉じる花ちゃん。
俺は抱きしめていた体を離し、自然にキスをする。
よし、俺の方から自然にキスできたぞ!
俺のキススキルが0.2アップ!
ゲーム脳なせいで、脳内でログが流れてしまうわけだが、これも精神を落ち着かせる手法の1つである。
「では1分だな。花、あらためていってらっしゃい」
「うん、いってくるわね」
花ちゃんは俺を見ながら後ずさっていく。
そして後ろ手でドアを開け、俺から目を離すことなく隙間から出ていく。
俺を見つめながらドアを閉めていき、ドアが閉まる瞬間ににこっと微笑む……。
俺は真顔のまま寝室へと歩いていく。
そしてベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて悶え始める。
「可愛すぎだろー!」
ついつい叫んでしまうくらいに悶えまくる俺。
俺が知っている全生物の中で一番可愛いのはさっきの花ちゃんである。
俺の歴史書にしっかり刻んでおかなくては。
ああ、現実では自動録画機能がないのが悲しい……。
このあとずっと花ちゃんのことを考えながらお片付けをしましたとさ。




