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43.異変

 前回までのあらすじ。

 花ちゃんが俺に感謝を伝えようとして、背中から抱きついてきた。これは子供の頃に言葉が下手だった花ちゃんが親に対して気持ちを伝えるためにとった、魔力伝達を用いるものらしい。この上なく幸せな時間を過ごしたのだが、次は俺から花ちゃんに感謝の気持を伝える番らしい。人生で女の子に抱きついたことのない俺にとってチャンスとピンチが同時に来たような気分である。


「いつでもかまわないわ」


 花ちゃんが俺を誘ってくる。

 いったいどうしたものか?

 と、とりあえず食事しながら考えよう。


「そうだな、だがまずは食べ終えてからだ」


「そうだったわね、わたしとしたことがはしたないことをしてしまったわ。では冷めないうちに召し上がれ」


「ああ、改めていただきます」


 よし、よく噛んでゆっくり味わって花ちゃんお手製の親子丼を食べよう。

 交代というのは間違いなく交代のことだ。

 先ほどは花ちゃんが俺に抱きついて感謝の気持ちを表現してきた。

 次は俺が花ちゃんに抱きついて感謝の気持ちを表現すればいいんだな。


 ……いやいや……。

 女の子を抱きしめるなんて人生初のことだぞ。

 こんなことなら女の子の抱きしめ方とかをネットで検索しておくべきだった。

 いきなりこんなチャンスが来るなんて思ってなかったんだ。

 あまりにもピンチ……あれ? どこかで聞いたような……?


 そうだ……怪盗カーさんの名言『チャンスはピンチ』だったな。

 今こそそれを役立てるべき。

 えーと、どんな意味だったかな……。

 おかしいな、思い出せない……てゆーか意味なんてあったのだろうか?


 どんどん減っていく親子丼と、満たされていく俺のお腹。

 美味しさに自然と笑顔がこぼれるので、俺がこんなにも悩んでいることは悟られていないだろう。

 はてさて、考えが全くまとまらないぞ。

 もういつものように、なるようになーれ。

 うん、食事中に悩むのはよくないんだ。

 せっかくの女子と2人っきりの食事だ。

 なにか会話を楽しもう。


「ところで、どうしてこんな料理が上手になれたんだ?」


「何故と問われても、気づいたらなっていたわ」


「ということは、食事作りの準備をよく手伝っていたってことだよな」


「そうね、言ってしまえば活動資金のためよ。わたしの父はわたしが食事を作ると喜んで食べてくれた。それを元に資金援助を提案してくれたのよ」


 なるほど、花ちゃんのお父さんは可愛い娘が料理を作ってくれたのでお小遣いをあげていたんだな。

 俺も将来娘ができたら同じことしちゃいそう。


「理解のあるお父さんだったんだな」


「そうね……懐かしいわ……」


 遠くを見つめる花ちゃん。

 あれ……? そういえばお父さんはどうしてるんだ。

 時々夕飯をご馳走になったことはあるが、お父さんの姿はなかった。

 まさかすでに……? 気になるが聞けない。

 無難に返すには……。


「俺がこんな美味しい料理を食べられるのはそのお父さんのおかげってのもあるんだな。感謝だな」


「ふふ、ならばいつかわたしの父にもあなたがこれからすることをしてあげてほしいわ」


「そうだな、そうしよう……」


 お父さんに抱きついて感謝の気持ちを伝えろということかな。

 もしするならば結婚式の時だな。

 とりあえずこの言い方だと、お父さんが亡くなったわけではないようで安心した。

 俺の父さんは海外出張で長いこと会ってないが、同じように遠くへ出張中かもしれないな。


 さて、料理を全て平らげてしまった。

 花ちゃんも同じように食べ終わっているが、片付けを始める気配はない。

 まるでなにかを待っているよう……てゆうか間違いなく俺を待っている。

 意を決して立ち上がる。


 ゆっくりと歩いて花ちゃんの背後まで移動だ。

 花ちゃんは俺を見るでもなく、ずっと正面を向いたままだ。

 さて、どう抱きしめればいいのやら?

 とりあえず無言で行くのもあれなのでなにか言いたい……てか名前呼びたいな。

 でも以前怒られたからなあ……まず許可を取ってみるか。


「なあ……名前を呼びたいんだが……」


「あなたがわたしの真名を思い出したのであれば、いつでも呼んでいいわ」


 真名か……当然知らないし、これから先も思い出せないと思う。

 今ある名を呼びたいんだ。


「すまないな、真名は当分思い出せそうにない。仮の名でもいいから呼びたいんだが……」


「そうね……」


 花ちゃんはどうしようか考えているようだが、一切動かないし背後からでは表情もうかがえない。

 ここでなんとか許可をもらいたい。

 そうすれば少しステップアップした気になれるし……。

 少しの沈黙の後、花ちゃんが声を発してくれた。


「あなたならば大丈夫ね。ただ、2人きりの時だけにしてもらいたいわ」


 よっしゃー!

 2人きりの時だけという条件付きだが、それはむしろ歓迎すべきことだ。

 2人だけの秘密という感じがしてとてもよい!


「ああ、それで構わない。では……花ちゃん……」


「ちゃんはいらないわ、あちらの世界と同じ形式でお願い」


 名前を呼び捨てか……憧れの行為ではあるがいきなりすぎるな。

 花ちゃんと呼ぶだけでもかなり勇気のいる行為だというのに……。

 だが、やるしかない!


「それでは……。花……」


「ええ……」


「いつも美味しい食事をありがとう、これが俺の感謝の気持ちだ」


 さて……慎重に抱きついていくぞ。

 変なところに触らないよう気をつけないとな……。

 両手を広げて花ちゃんを囲むように円を作り、その円を少しずつ縮めていく。

 手と手を結ぶ位置は花ちゃんの胸……より上にするべきだけど、上げすぎて首を絞めないよう気を遣って……。


 うーむ……世の男どもは女の子を抱きしめる時にどんなことを考えているのだろうか。

 きっとイケてるやつらは俺のようなことを考えてないだろうなあ。

 でもこれが俺らしさと思って……。

 俺の腕の円がある程度縮まると花ちゃんに触れる。


「ん……」


 やわらかなその体がピクっと反応しているのがよくわかる。

 いつも冷静沈着といった感じの花ちゃんも緊張しているのかなと思うとちょっと嬉しかったり……。

 そしてさらに密着し、俺の胸あたりが花ちゃんの肩に密着……。


 そして俺の顔は花ちゃんの肩の上あたりに、つまり花ちゃんの顔の真横にある!

 ここまでの接近は恋人同士しかしないやつ!

 よく知らないけどきっとそう!

 ああ……幸せだー!


「ふふっ」


 花ちゃんが少し楽しそうに声を出す。

 俺の幸せな気持ちが伝わったのだろうか?


「とうかしたか?」


「あなたの気持ちはとても熱いのね。まるで魔力が暴走したかのよう……。でもとても心地よい……」


 確かに言われてみると、俺はかなりの熱を発しているようだ。

 たぶん顔も真っ赤だろうし、そこまで緊張というか興奮してしまっているのだろうか。

 なんか恥ずかしいけど、花ちゃんが嬉しそうなのでいいか。


「そう思ってくれてるなら嬉しいな。俺の気持ちがしっかり伝わっているようだ」


「ええ……よくわかったわ。だからまた何かある度にこうして教えてほしい。わたしもそうするわ」


 花ちゃんに感謝の気持ちを伝えたい時は抱きついていいのか……。

 いいというか、花ちゃんがそうしてほしいんだよな。

 さらには花ちゃんも俺に感謝する度に抱きついてきてくれるのか。

 なにこの幸せな決まり事。


「わかった、そうしよう。ただし、これも2人きりの時だけだな。花……」


「ええ、そのつもりよ。お互い言わなくてもわかっていたことだけど、口に出して確認するのもいいわね」


「ああ、そういうもんだ」


「ん……幸せだわ……」


 俺も幸せ……。

 花ちゃんと密着している部分の熱がさらに増している気がする。

 この熱はきっとお互いから発せられているのだろう。

 花ちゃんの言葉を借りれば、お互いに魔力暴走して絡み合っているのだ。


 ピピピピピピ……。

 不意にアラームの音がした。

 ゲームに戻る時間を忘れないように、10分前にセットしておいたんだ。

 今の空気だと、セットしてしてなかったら完全に遅刻してただろうな。

 残念な気もするが、現実へと帰ろう。


「花、みんなとの約束の時間だ。行こうか」


「うん……」


 うん? 花ちゃんがこれまで発したことのない台詞を発した。

 なんていうか、緊張しすぎて素が出ちゃった的な。

 っと、考えている余裕もないので素早く花ちゃんから離れよう。

 まだ顔が赤い気がするので、照れ隠しに食卓の空食器を持って台所へ運ぶ。


「片付けは俺がしておく。花は部屋に戻って、時間内に戻れるようにしておくんだ」


「ええ、わかったわ。ありがとう」


 花ちゃんが立ち上がって出て行く音が聞こえる。

 ありがとうという言葉を聞いた瞬間、抱きついてきたりするかなと思ったがさすがになかった。

 とりあえず食器は全部流しに運んで水に漬けとこう。

 机だけしっかり拭いておき、ゲームに戻る準備だ。


 そして約束の時間の3分前にゲーム準備が完了した。

 では気持ちを切り替えて、ゲームを楽しむぞ!



――Welcome to Eternal Fantasy――



 ゲームにインすると先程のまま暗い洞窟の中。

 かしわもちもユースもくーちゃんも既に来ていたようで、かしわもち投げをして遊んでいる。


「みんな早いね」


「あ、兄ちゃんおかえり」

「おかえりなさい、お兄さん」


「やっほータカシー! 見てみてスパイダーウーマン!」


 洞窟の天井に張り付いたかしわもちが楽しそうに叫ぶ。

 そのまま天井を走り回ってほしいところだが、それはできずに垂直落下してくるかしわもちである。

 これを説明すると、見た目の座標と実際にいる座標が違うことによる差異がうんぬんかんぬん……。

 簡単に言うと天井に移動なんてできやしないのだけど、見た目だけ楽しめるようにこの仕様にしてくれているらしい。


「ゆうすけ、もう一回やって!」


 さらに宙に飛び上がり、天井にはりつくかしわもち。

 ひっつきもっつきという、種が服にくっつく植物を思い出す。

 ちなみにこれは人に言っても通じなくて、方言だってことをわりと最近知った。

 それよりフラウはまだかなあ……。


「ねえねえタカシ、フラウちゃんは?」


「まだゲーム機の扱いに慣れてないから手間取ってるのかも。のんびり待とう」


「そうだね、次はくーちゃん飛んでみる?」


「あ、ちょっとやってみたいです」


 今度はくーちゃんが空に飛び上がる。

 ちっこいホビホビ族だと見た目がコミカルで楽しい。

 これが他の普通頭身のキャラだと、とてもシュールな見た目になることだろう。

 フラウが心配なのでメッセージを打ってみるか。


 送信して1分も待たずに返事が来た。


『先刻の魔力暴走がまだ鎮まらないわ。落ち着き次第転移するから始めておいて』


 魔力暴走……抱きしめて熱くなったあれのことだよな。

 それが落ち着かないってのは……えーと……。

 まさかとは思うが、恥ずかしくて熱くなったのが治まってない的な?

 ううむ、花ちゃんにそれはなさそうと思っていたが実はあるのか?

 とりあえずみんなに伝えるか。


「みんなー、フラウは遅くなるみたいなんだ。先にのんびりと採掘してよう。説明するから集まってー」


 というわけで説明を簡単に済ませ、みんなでつるはしを持って採掘スタイル。

 かしわもちはいつ手に入れたのか、ライト付きヘルメットをかぶっている。

 ちなみにこれはオシャレ装備というもので、実際の装備とは別に見た目だけ変えられる装備だ。

 なかなか似合っていて可愛いな。


「よーし、今日の食事代を稼ぐよー」


「あまり遠くには行かないようにね。あと敵にからまれたらすぐにここへ戻ってきて」


「あいよー」


 採掘できるポイントは光っていて、それは掘る度にランダムでどこかへ移動する。

 だから多人数で手分けして採掘することで、採掘ポイントが見つけやすくなる。

 さて、俺はフラウが心配なのでこの近くにいるとする。


 採掘は低確率で高価なものが掘れるので、ギャンブル感があってなかなか楽しいものだ。

 でも今はフラウが気になって集中できない。

 魔力暴走か……なんか最近魔力とかいうものが本当にあるのではないかと錯覚してしまうことがある。

 フラウと一緒にいるうちに影響されたのか、はたまた本当にあればフラウとさらに仲良くなれるのにという願望なのか。


 それから10分ほど経過。

 なんだか不安になってきた。

 もしかしてこのまま来なくて、もう会えないのではないかという考えがよぎる。

 なんて考えていたらフラウの姿が現れた。


「お待たせ。落ち着くためにポーションを配合していて遅くなったわ」


「そっか、全然問題ないよ」


 飲み物を作って飲んでいたのか。

 そういえば食後にお茶を飲んで一息つくということができなかったんだった。

 俺の心配しすぎのようだった。


『だがこの時の俺は、花ちゃんに起きていた異常事態に気づけていなかったのだ。それを後で悔やむことになるとは、この時の俺は思っていなかったのである』


 こら、俺の心の中の天使。

 勝手に変なナレーションを入れないでくれ。


『だってドラマとかでよくあるシーンじゃない。実は彼女は病気で、そのせいで遅れたのを誤魔化してただけとか』


 そりゃあドラマではあるけど、実際にはないだろう。

 それに仮にもそうだとしてもこの時点では気づけないもんだし。


『それを探っておくのよ。いい? この子はあなたに嘘はつかない。そういう子よ。だから聞いておきなさい』


 うーむ……まあそんな言うのなら……。


「ところでフラウ、体は大丈夫か? 異常を感じていたりとかは?」


「ええ、こちらの世界の体は順調よ。とても清々しいわ」


「では、あちらに残してきた体はどうだ?」


 俺の言葉を聞いたフラウは真剣な目で俺を見つめて黙り込んだ。

 あれ? 本当に何かあるのか?

 俺も真剣な顔になってフラウを見つめ返す。

 やがてフラウが口を開いた。


「あなたには言っておかないといけないわな。実はあちらの世界の体には欠陥があるみたいなの。こちらと違って思うように操れない。きっとそのうち……」


 え? なにそれ?

 いつものように要約してみるならば、体にある欠陥というのは病気? 持病でもあるのか?

 思うように操れなくてそのうち……どうなるの?

 体が動かなくなる病気とか聞いたことあるけどそれ?


『えっと……予想というか期待と違う答えね。先程の不安を消し飛ばすために聞いてもらっただけなんだけど……』


 心の中の天使が申し訳なさそうにそう言う。

 いや、びっくりはしたけど……こういうのは早めに聞いておいた方がいい……ものだよな?

 とりあえずなんで返せばいいんだ。

 心の中の悪魔はなにか意見がないのか?


『時間がない時は欲望に突っ走るのみよ。告白しろ、抱きつけ、押し倒せ!』


 たしかにそうしたい……。

 これに対して天使の反論。


『なによそれ、どうせ死ぬならヤらせてくれとかサイテー。もっとなにかあるでしょ』


 そ、そうだよな……。

 とりあえず心配する言葉をかけねばなるまい。


「初耳だな。大丈夫なのか?」


「既に悟られているかと思っていたわ。でもそうよね、あなたは人の心の奥深くまで踏み込んできたりはしないもの」


「ああ、だから嫌でなければ詳しく教えてほしい」


「そうね……わたしがあの世界に適応できていないことは知っているわよね?」


 えーと? 中二病だから周囲と話が合わないとかそういう話のことかな?


「なんとなくはな……」


「無責任な大人たちは言うわ。大人になれば少しずつ適応できるようなる……と。でもそれはつまり、今のわたしがいなくなってしまうということ。わたしを構成する物質はあの世界に書き換えられて行くのよ」


 えっと……。

 中二病は大人になれば治るっていうは話だろうか。

 てことは花ちゃんが言ってるのは、体の病気ではなく心の……中二病の話?

 ふう……なんか安心した。

 よし、好感度をあげるべくそれらの大人とは違う大人の意見を言おう。


「そうか、でもそれなら安心していいぞ」


「どういうこと?」


「今のフラウ……向こうの世界では花だな。今のお前のことは俺がしっかり見て覚えている。だからいなくなることなはないんだ。わかるか?」


 たとえお前が死んでも、お前は俺の心の中にずっといる的なアレである。

 まあ実際に死ぬわけじゃないけど、なんとなく言ってみるチャンスのような気がした。

 フラウはというと、目を輝かせるように俺を見つめている気がする。

 つまり、俺の言った言葉は大正解だったか?


「わかる……わかるわ! あなたの中に今のわたしがいるのであれば、わたしは変わらない。いいえ、たとえ表面上変わったとしても問題ない。だってあなたの中にいられるんだから……」


「そうだ、わかってくれたようで嬉しいぞ。これで何も問題はないな?」


「ええ、ありがとう。あなたさえいればずっと生きていける……」


 俺の脳内では、『わたしはあなたがいないと生きていけない』と変換されている。

 別にいい意味にとらえたってわけでもなく、実際そういう意味にしか聞こえない。

 うーん、現実でもゲーム内でも今日は幸せいっぱいだ。


「よし、一緒に生きていこうな。では、少し先の未来のために今すべきことをしよう。


「ええ、教えてちょうだい。太古の宝を発掘する方法を」


 よし、いつものフラウに戻ってくれたようだ。

 さあ、ゲーム楽しむぞ!


『だがこの時の俺は、花ちゃんに起きていた本当の異常事態に気づけていなかったのだ。それを後で悔やむことになるとは、この時の俺は思っていなかったのである』


 それはもういいってば!

 この後俺と花ちゃんの間には何も問題が起きずに幸せになる予定です!

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