35.離された手
前回までのあらすじ。なんか魔法的なつながりを感じたいという理由で俺と花ちゃんは手を繋いだままゲーム世界へインした。そしてゲーム内では組織の目を欺くために偽装結婚をしようということになってその準備をしていた。我ながら自分が一体何をしているのかよくわからなくて説明できない状態である。そんな感じでゲームを楽しんで現実に戻ってきた。さあどうなる?
ゲーム世界から帰還し、横を見ると美少女が寝ていた。
これはもちろん夢ではなく、花ちゃんと同じベッドに横たわってゲーム世界にインしたあの時のままである。
花ちゃんが手を繋いだままインしたいと言ってこうなった。
俺の右手は花ちゃんの手と繋がって……あれ? 俺の右手が俺の胸の上に置かれている!
なんてこった……手に汗すらかいてないことから推測するに、かなり前から手は繋がれていなかったのだろう。
ま、そうだよなあ……。
スマホを手にしたまま寝落ちすることはよくあるが、目覚めるとたいていスマホは手をすり抜け行方不明となっている。
つまりそういうもんなのさ!
とりあえず隣の花ちゃんの様子を見てみる。
同時にログアウトはしたが、現実に戻ってくるまでの時間は個人差がある。
特にゲームを始めて間もない人はこの意識の移動時間が長い。
つまり、今ならまだ手を繋ぎ直しておくことが可能ということだ。
ズルと言うなかれ。
手が離れていたなんて花ちゃんが知ったらきっと悲しむ。
これは俺の胸にしまっておくべき優しいウソなのさ。
さ、言い訳も思いついたしさっほく手を……どこ?
タオルケットを軽くめくって確認すると、花ちゃんの手は花ちゃんの胸の上に置かれている。
言い換えるならば、花ちゃんの手は花ちゃんのおっぱいの上に置かれている。
さらに詳しく言うならば、花ちゃんの手は花ちゃんのおっぱいを包んでいるであろう下着を覆い隠しているシャツの上に置かれている。
さあ困った。
花ちゃんの手を取るためには、花ちゃんの手に触れる必要がある。
その際に、手以外の部分に触れてしまう事故が起こる可能性が少なからず多めにあるのだ。
花ちゃんはまだ目覚めなさそう……とりあえず脳内会議。
俺の心の中のみんな、集合よ!
『これは不慮の事故だ、なにより大事なのは手を繋ぐこと。そうだろ?』
『そうね、ここは同意見よ。手が離れていたことを隠すウソをつくのなら、おっぱいを触ったことも一緒に隠しなさい。おっぱいを墓まで持っていくのよ』
珍しく俺の心の中の天使と悪魔の意見が一致している。
こんなことは滅多にあることではない。
つまり、俺の選択肢はひとつってことだ。
でも一応俺の心の中の母さんの意見も聞いておこう。
『タカシ、お前の思うように行動しなさい。腕をつかんで持ち上げてから手を握ればいいのにな……なんて母さんは思いつかなかったよ』
え?
俺はもう一度タオルケットをめくって花ちゃんの手と腕の位置を確認する。
手を直に掴むにはおっぱいは避けられないが、腕はそのまま掴めるようだ。
うーむ……。
会議の仕切り直しも考えたがもう時間がない。
花ちゃんの腕を持ち上げてみたところ、抵抗なく動かせた。
寝る前に手を繋いだ状態にあっさり戻せたので、これで一件落着である。
脳内会議終了、皆さんお帰りください。
『けっ、おっぱい触るチャンス逃しやがってよ』
『このヘタレ!』
『孫の顔見れるのは当分先かねえ』
なんか酷い言われようだが、これでよかったはずである。
チャスは今後また来る……というか自ら作るさ!
「ん……」
声がしたので見てみると、花ちゃんの目がゆっくりと開いた。
それと同時に、俺の手を握るやわらかな感触に力が込められるのがわかる。
目覚めて最初に手の感触を確認しているのかなと思うと、なんだかとても愛おしくなる。
俺も手にちょっとだけ力をこめて握り返してみるか。
「この手……ちゃんと繋がっていたのね。よかった……」
実際には離れていたわけだけど、予定通りウソをつこう。
いや待てよ……物理的には離れていても、心ではちゃんも繋がっていたはずなんだ。
だから俺が今から言う言葉はウソではなく真実だ。
「ああ、当然だろう。俺たちはしっかりと繋がっていた」
「ええ……そうね。ならばきっと、この手を離してもきっと繋がったままね」
そう言って花ちゃんの手は俺の手からあっさりと離れていった。
もっとこう儀式的な何かで離すとか余韻が欲しかった気もする。
「ごめんなさい……いつものようにお水をもらっていいかしら? やはりこちらの世界に来てすぐは体が馴染まないわ」
「ああ、忘れてた。すぐに持ってくるよ」
そうだった。
いつもは俺が先に起き上がって花ちゃんに飲み物を持ってきてたんだ。
今日は手を繋いでたのもあって忘れていた。
いや、覚えてたとしても一緒のベッドに寝ている状態から抜け出したくなかったかも?
冷蔵庫でしっかり冷やした冷たいお水を花ちゃんに渡し、俺も水を飲んで一息つく。
とても美味しく感じるのは、緊張で汗をかいたせいかもしれない。
さて、俺としては手を繋いだことで俺たちの仲がどう進展したか気になる。
直にそう聞くわけにもいかないのでそれっぽい言い方で…
「それで、何かつかめたか?」
花ちゃんはまず俺の顔をじっと見つめてきた。
そのまま左手を上げて、その手と俺の顔を交互に見ている。
なんかたくさん見つめられて照れるのだが、ここで目を反らせてはいけない感じなのでしっかり見つめ返しておく。
しばらく見つめ合った後、花ちゃんは口を開いた。
「なにもわからなかったわ。なにも……。でもこれでいいのよね? わからないということが理解できたのだから」
花ちゃんは俺に問うように見つめてきている。
正直よくわからないがいつものこと。
花ちゃんの中で答えが出たのならそれでいいのだろう。
「その通りだ。よくぞその答えにたどり着いた」
「あなたの誘導のおかげよ。これからもよろしく頼みたいわ」
「ああ、任せておけ」
花ちゃんはいつものようにニヤリとした笑みを浮かべ、ベッドの端に座り直した。
あの隣に座りたいと思いつつ、俺は椅子に座る。
花ちゃんは俺と繋いでいた手を見つめて何か考え込んでいる。
気になるのは今後も手を繋いでベッドイン……もといゲームインするかどうかなのだが。
ちょっと俺の中で話をまとめるか。
魔道兵器タルタルのように以心伝心をしたくて、手を繋いだままゲームに入ったんだよな。
でも俺の心が読めないと嘆いた花ちゃんに俺が言ったのは、はっきりと読めるのではなく曖昧なものだ、と言ったはずだ。
それでなんか納得してくれた花ちゃんは今に至ると。
うん、記憶が曖昧だがおそらく合っているはず。
改めてまとめてみてもよくわからないが、俺としては花ちゃんと仲良くなる大チャンスだったと言えよう。
ゲーム内では何故か偽装結婚するという不思議な展開にもなったし。
なんていろいろ考え込んでいると、花ちゃんから口を開いた。
「手は離してしまったけど……きっと今も私とあなたは繋がっているわよね?」
ここはいつものように、その通りだと応える場面なのだろう。
でもよく考えると、手を離しても繋がってるのならばもう直に手を繋ぐ必要はないということになる。
手は繋ぐ方向に持っていきたいけど、いい方法が思いつかない。
あまり長考していい場面でもないので、とりあえずあきらめた。
「その通りだ」
「よかった。ではしばらくあなたとの繋がりを確認させてもらうわ。でも、もしこれが希薄となってきたらまた誘導してほしいわ」
「任せておけ」
早く希薄になーれ。
そしたらまた手を繋いでゲームインのときめき体験再びである。
ま、こういうのは毎回やるよりたまにやる方が楽しめるのさきっと。
ポジティブシンキングで楽しい気持ちになったまま、花ちゃんは帰ることとなった。
それからしばらくの間、俺と花ちゃんはレベル上げと金策をがんばった。
ゲーム内結婚のためということで俺は気合い十分ではりきった。
ゲーム初心者の花ちゃんはまだまだ新鮮な驚きがあるようで、毎日楽しくゲームしつつ勉強もがんばっていた。
そしてついに花ちゃんの夏休みが終わって実力テストに突入となる!
一応試験対策で俺の部屋に勉強には来るのだが、ゲームは無しである。
一緒にゲームをする明るい未来のために、今は試験勉強に集中だ。
そんなわけで俺は数日の間、花ちゃんのいない状態でゲームインするわけである。
ここのところ花ちゃんとしか遊んでなかったので、しばらく会っていない他の人と遊ぶことになる。
だけど……しばらく会っていなかったあの人がまさかあんなことになっているなんて……。
次回、お待ちかねのあの人が登場である!




