01. 天然中二病少女との出会い
6年ぶりくらいだと思いますが新作書きました。
雪原にて、俺の腕には息絶え絶えの友人レオンが横たわっていた。
「おいレオン、お前ほどの猛者が一体どこで何にやられたんだ? お前は世界を滅ぼそうとしたあの闇の王すら倒した英雄じゃないか!」
「はは、英雄だなんて言われて調子に乗ってこのざまさ。いいかよく聞け……闇の王が封印していた裏の世界への道を見つけた俺は迷わず踏み込んだ。そこで俺は自分の小ささを思い知った。そこでは弱肉強食の最下層である存在……ウサギがあの闇の王より強かったんだ」
「ウサギだと……まさかそんな。お、おい! もしその世界から敵がやってきたとしたら……」
「ああ……だから俺はこれからこの生命を賭して裏世界への道を閉じる。闇の王がかつてそうしていたようにな……。あいつはこの世界を守ろうとして闇の力を取り込んでああなってしまったんだ。カーター、すまんが少しだけ手を貸してくれ」
レオンはそう言って固く決意した目で俺を見つめる。
俺がすべきこと……あの入り口と思われる魔法陣の上までレオンを連れて行くことだ。
それはつまり俺自身の手でレオンを死へと導くに等しいが、漢の決意をムダにするわけには行かない。
ただ、最後になにか声をかけたい……何を言うべきか悩んでいると、魔法陣が光りだした。
「やばい! 俺を倒したあいつが来る。デスバギーが来るぞ!」
「デスバギー? 速そうだな……」
「すまん噛んだ……デスバニーだ……」
レオンが台詞を間違えたことにより素に戻ってしまった俺たち。
ちなみにこれはゲームのイベントシーンではなく、ドラマチックなシーンを勝手に設定づけしてロールプレイを楽しんでいたのだ。
なおこういった中二病的遊びは割と流行っていて、動画を投稿したりもでき、優秀作品は表彰されたりもする。
そんなことより反省会である。
「わりといい感じに緊迫感出てたと思うがどうだろう? セリフ噛まなきゃあのまま盛り上がったんじゃないか?」
「そうさのう。ただ、ウサギが強いってところでちょっとあれ? ってならないか?」
「うーん……だがある程度のリアリティも必要だしあるあるネタだからなあ」
こういったネットゲームは頻繁にアップデートされていく。
つまり初期では最強最悪の存在だった闇の王でも、後から追加されたザコ敵のウサギより弱くなるというインフレは普通に起こるのである。
「さて、もうワンテイクいっとくか?」
「いやすまん、今日は早めに落ちて病院行こうと思うんだ。昨日へんな体勢でエタってて手をケガしたみたいなんだ」
「そうか、お大事ににな。じゃあまた今度やろうぜ」
俺達がやっているVRMMORPGのタイトルはエターナルファンタジー、みんな略してEFとかエターって呼んでる。
オーソドックスなファンタジー世界のゲームであるが、戦いとかせずにのんびり過ごすだけでも楽しめる。今日の俺達みたいにおふざけロールプレイを楽しむのも自由自在なんだ。
さて、現実に帰還するか。
そしてベッドから起き上がった俺は右手首が痛いのを再確認した。
大学が夏休みな上に一人暮らしということで1日中VRMMORPGをしていたわけだが、さっきも言ったようにおかしな寝方をして圧迫してしまったようだ。
お、さっき母さんにメールで対策方法を聞いてみた返信が来ているな。
『冷やして動かさないようにするといいよ。あと彼女とか作って見てもらうといいんじゃないかな。もしできたら紹介しに実家に帰ってきてね』
後半は無視し、前半だけの無難な回答だけを参考とする。
ちょっくら薬局にでも行こうか。
薬局にて湿布と、ついでに手首サポーターを購入してさっそく装着。
色は黒。ボーリング選手とかがはめてるかっこいいグローブにも見える。
なんか粋がってる奴にも見えるけど、手首が楽になったのでよしとしよう。
それに後期中二病心を僅かにくすぐられる。
帰り道、空き地の木の前に小学生たちが集まって騒いでいるのが見えた。
この熱い中元気なものだと見ていると、知ってる子が俺に気づいて話しかけてきた。
「あ、にーちゃん。ちょっとこっち来て助けてよ」
なにかあったのかと見に行くと、猫が木の上に登って降りられなくなっていた。
猫好きだし助けてやりたいが、今手を痛めてるからなあ。
届きもしないのに猫に向かって両手を伸ばしてみる。
すると……猫が吸い込まれるように俺の手の方へ落ちてきて、慌てて抱きかかえると俺の腕にすっぽりおさまっていた。
そういえば昨日寝る前、手作りそうめんつゆに挑戦してかつおぶしを削ったっけ。
その匂いが手に残っていたようで、猫は俺の手をクンクンしている。
「にーちゃんすげー! 今の何?」
「きっと魔法だよ! 手のグローブもそれっぽいし!」
「わー! 魔法使いだー!」
今のスムーズな猫キャッチが魔法に見えたようで、子供らは大はしゃぎだ。
でも魔法使いか……俺はまだ童貞歴21年なのでその権利を手にしていない。
やっぱさっき買ったサポーターはそういうやつに見えるのかな。
おっと、子供らの騒ぐ声に驚いた猫が俺の手をすり抜けて逃げてしまった。
「あ、猫が逃げたぞ!」
「おいかけろー!」
「魔法使いのにーちゃん、またなー」
嵐のように去っていくちびっこたちである。
猫の無事を願いつつ家に帰ることにしよう。
おや? 空き地を出て道に一歩を踏み出すと、セーラー服を着た少女がいることに気づいた。
あの制服は近くの高校のものだったかな。
その子の目元は前髪で隠れているのだが、なんとなく見られているような?
「あなた、こんな街中で魔法を使うなんてなにを考えているの?」
唐突に怒るような口調でそう言われて驚くが、まったく意味がわからない。
目元が見えないために表情が読めないが、なにか怖い。
とりあえず無難に返事をしてみよう。
「ははっ、今のは魔法なんかじゃなくてぐうぜ――」
「そうね。あなたはそうやって誤魔化すしかないでしょう。でももう遅い、わたしは見てしまったもの。擬態能力もあるようだけど、あなたからはしっかりと魔力の流れを感じ取れるわ。わたしにはお見通しよ」
俺の言葉を遮るように喋ってくる少女。
この子はいったい何なんだ……。ふと女の子が右腕に包帯を巻いていることに気づいた。
怪我なのか? いや、なにかで見たことがある。
もしやこの子は本物の中二病というやつでは?
だとしたら関わり合いにならないほうが良さげなので去るとしよう。
「じゃあ見なかったことにしてほしいな。それじゃ……」
「待ちなさい。別にあなたを脅そうとしているのではないの。ここで出会ったのも何かの運命、わたしと契約を――」
よし、何を言ってるかわからないので逃げよう。俺は小走りでその場を後にした。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! そのままだとあなたは闇の者に……」
何か聞こえるが、無視して走った。
ネットで仕入れた知識なのだが、20歳を超えている俺が女子高生と会話していると、それだけで逮捕される恐れもあるらしい。
実名で新聞には乗りたくない。
マンションの俺の部屋に帰り着き、麦茶を一気飲みして喉を潤す。
くつろぐべくクーラーを点けてノートパソコンを起動だ。
VRゲーム世界にインしたくもあるが、まずはネットで情報収集といこうか。
1人暮らしの夏休みは自由だ。
ちなみに俺は大学4年生で就職も既に決まっているので、最後の夏休みを謳歌する気満々である。
ゲーム情報を仕入れつつ、なんとなく中二病という単語を調べてみた。
無料で読める漫画があったので読んでみると、ヒロインの中二病少女がなかなか可愛かった。
現実にいたら嫌だが、こういったフィクションで見る分にはありだな。
さっき会った中二病少女は目元が見えなかったが、鼻や口元は可愛かった気がする。
正直なところ、俺は女子高生が大好きだ。法律の壁さえなければ、あの謎の出会いから仲良くなりたかった。
わりとこじらせてるっぽい中二病っぽかったが、実はああいう変わり者もそんな嫌いではない。
それに大きくなれば治っていくとも聞くし、そのうちまともな子になるかもしれない。
なんて考えながら、そろそろエタろうかと準備を開始。
すると唐突に玄関のチャイムが鳴った。
はて? 今日は通販で頼んだ品が届く予定ではなかったが……。
玄関に向かいドアを開けると、なぜか先ほどの女子高生が立っていた。
背中まで伸びた黒髪、前髪は相変わらず目を隠している。
夏だというのに一切日焼けしてない白い肌。
なんとなくだが、俺を見て驚いたような表情をしている気がする。
「さっきの子だよね? どうしてここに……」
まさか後をつけてきた?
女子高生にストーカーされるのも悪くはないが、間違って家に入れようものなら、即警察が来て逮捕される恐れもあるぞ。
「えっと……なんであなたがここに? あ……ふふふっ、あなたの気配を辿って来たのよ。わたしにかかれば造作もないこと……覚悟しなさい」
おかしなポーズで俺をビシッと指差すその少女。
相変わらず何を言っているかわからないし、人を指差しちゃだめだよ。
とりあえず早くお帰りいただこう。
「よくわからないんだけど……なんでここにいるの?」
「わからないのかしら? だったら教えてあげる。あなたとわたしがここで出会ったのは運命。わかりやすく言うならば……偶然お隣さんだったのよ!」
「え? お隣の田中さんところの子?」
この賃貸マンションはワンルームとファミリールームが混在していて、お隣のおばちゃんとは時々挨拶や軽い話をすることがあった。
そうか、あのおばちゃんには高校生の娘がいたのか。
うーむ、隣に女子高生いるとか考えるとちょっとドキドキしてしまう。
それにしてもさっき会った子がお隣とは、本当にすごい偶然があったものだ。
「そ、その名前は軽々しく呼ばないで。周りを欺くための仮初の名前だけど、あなたのような力持つ者に呼ばれると組織に気づかれるわ」
中二病だからあまりにも平凡な名字は嫌なのかな?
内容はともかく女子高生との会話がなにか楽しいなと思いつつも、不安がよぎるので早く帰ってもらおう。
「じゃあ用がないんだったら帰ってね」
「用ならあるわ。あなたの魔法についてよ。あ、ここで話していては組織に気づかれるわ。中に入れてちょうだい」
「その件だったら話すことはないよ。はい、帰ってね」
「え? ちょ、ちょっと待って……」
その子の肩を押し出してドアを閉めた。これでよし。
あ、でも肩に触れたことで訴えられたりはしないだろうか?
録画されたわけじゃないし平気かな。
さあ、またネットサーフィンを続けるか。
ピンポーン、とすぐにチャイムが鳴った。
嫌な予感がするので、今度はチェーンをかけてドアを開ける。
予想通り先ほどの少女が立っていた。
「まだ何か用?」
「実のところ今危機に陥ってるのよ。わたしの中に暗黒の力が溢れているの。早くしないと暴走して大変なことになるわ」
「そういうのは警察に行くといいよ。それじゃ……」
「ま、待って……本当に大変なの。助けて……」
少女の口調から必死な感じが伝わってくる。
実際になにかあるのだろうか?
中二病的妄想のような気もするけど……。
「だったらもっとわかりやすく言ってくれるかな。君の言うことはよくわからないんだよ」
すると、少女はもじもじしたような動きをした。
くそう、なんか可愛いじゃないか。
「あの……実は鍵を家に忘れて入れないんです。おトイレ貸してくれませんか……?」
「そ、そっか……じゃあどうぞ……」
「ありがとうございます……」
中二病的なしゃべり方をやめて素になった少女がやけに可愛くて、思わず中に入れてしまった。
この子と仲良くなって中二病を卒業してくれればありだな……なんて妄想をしてしまう。
そして少女はトイレに入っていった。おそらくは体にたまった暗黒の力をひねり出しているのだろう。
女子高生が俺の部屋のトイレを使っていることに少しだけドキドキ感を覚えるが、終わればすぐに出て行ってもらおう。
いろいろ問題がありそうだし、俺の理性が暴走する危険がないとは言い切れずも無きにしもあらずんば。
それにしても……俺が魔法を使えると本気で勘違いしているのか?
なんとなく、ネットで中二病少女と魔法で検索してみた。
『中二病少女に魔法を授けてくれと頼まれたのでエッチした』というエロ漫画がヒット。
まぐわうことで魔力を分け与えることができる、と少女を騙してにゃんにゃんするというあらすじだった。
漫画の世界は無責任に何でもありでいいなあ。後で読もう……。
やがて暗黒の力が流される音が聞こえ、少女はトイレから出て俺の部屋へ勝手に入ってきた。
部屋に女子高生が来るだなんて憧れのシチュではあるが、間違いが起きる前に出て行ってもらいたいところだ……。
「ふふふっ、助かったわ。暗黒の力は冥府に沈んでいった。しばらくはおとなしくしていることでしょう」
「それは良かった。じゃあ帰ってくれるかな。君みたいな年頃の女の子が男の部屋にいるのはいろいろとまずいんだ」
「ふっ、もう遅いわよ。ここまで足を踏み入れたことであなたの結界はもう無効になったの。それに外は今灼熱地獄よ。わたしほどの強者でも瞬く間に焼き焦がされてしまうわ」
クーラーの下へ移動してちゃっかりと涼む少女の髪が風になびいて俺を誘惑する。
髪に隠れていた目がちらっと見え、予想通りに可愛い子と判明した。
相変わらずわからないことを言っているが、考えてみると今は真昼だ。
親が帰るのを外で待っていると熱中症になるかもしれないな。
「君の家族はいつ帰ってくるの?」
「そうね……この灼熱地獄が終わり、闇の者が活動を始める頃かしら」
夜かな……。それまで置いてあげるべきなんだろうか。
いや、多少は歩くけど図書館とか行けばいいんじゃないだろうか。
「それまで図書館とかで時間つぶしたらいいんじゃないかな?」
「だめね、わたしの力を恐れるあまり……あの空間に近づけない結界を張られてしまったのよ」
この子は図書館で何かやらかしたのだろうか……。
うーん、このまま家にいさせてあげるか。
俺が何かやらかさない限り、警察のお世話になることもないだろう。
ただ問題は、このままだと俺がVRの世界に入り込んでゲームをできないことだ。
俺が悩んでいると、少女はなにかを見つけたようにそこへ移動した。
今から使おうとしていたVR世界へダイブするヘッドセットだ。
「ねえ、これはなに?」
「それはゲーム機だよ。VR世界に入り込んで現実のように楽しめるってやつ。知ってるかな?」
「聞いたことがあるわ。それはゲームの名を借りた異界の空間への入り口。この仮初の世界を一時的に抜け出して真実の世界へアクセスできるのだったわね」
違うよー、まったく意味分かんないよー。
そういえばたまにいるんだよな。
ゲームにのめり込みすぎて、ゲーム世界のほうが現実だと思い込んじゃう痛い奴。
最もこの子はこういったゲームをしたことがないのにこうなっちゃってるようだが。
「いやいや、単なるゲームだからさ……」
「ふふっ、そうよね。世間的にはそういうことになっているから誤魔化すしかないわよね。いいわ、知らないことにしておいてあげる」
「いやあのね……」
「ねえ、よかったらあなたが現実世界へ帰還……じゃなかったわね。ゲームをする姿を見せてもらえないかしら。興味があるのよ」
このゲームはVR世界へ入り込むわけだが、別モニターで中を覗き見ることも可能だ。
ただ、この子は唐突に何を言い出すのだろうか。
でもゲームとっととやりたいし、もうこのまま始めてしまおうかなんて思ってしまう。
しかし……この出会いから素敵な夏と青春が始まることを、このときの俺はまだ知らなかったのだった……。
だったらいいのに。