王女様は王子様?!透視令嬢は逃げられない
物心がつく頃には既に使えることができた能力がある。
時や所関係なく勝手に発動する能力に振り回され、それなりに色々とやらかしてきた。
「あ、アリスティアさんっ!今から寮に帰るところ?
これ、今日の課題なんだけどリディアさんに届けてもらえないかしら。
配達の時間までに間に合わなくて…」
学園から出ようとしていたところに声をかけられアリスティアが振り向くと、少々息が上がった様子のお色気魔人…ではなくアリスティアのクラス担任のバーバラが封筒をこちらに差し出していた。
どちらかというと地味の部類に入るアリスティアからすると、少し色気を分けてもらいたいくらいの美女である。
「分かりました」
リディアは今日は体調不良だか何だかで休んでいた生徒で、アリスティアと同様親元を離れ入寮している。
封筒を受け取ろうと手を差し出すと、受け渡しの際に彼女の指に触れてしまった。
「……っ」
突如目の前で全裸を晒すバーバラ。
「?どうかした?」
息を呑んだアリスティアに、バーバラが首を傾げる。
その姿は変わらず全裸だ。
「いえ、何でも。確かにお預かりしました」
アリスティアは心を落ち着かせるように静かに息を吸い目を閉じる。
次に目を開けた時にはバーバラはしっかりと洋服を着ていた。
「では失礼します」
「ええ、気を付けてね」
アリスティアは何事もなかったように、寮に向かって歩き出した。
(…迫力のあるおっぱいだったわ…しかもすごい量の所有印が!!!
さすがお色気魔人ね。まさか配達に間に合わなかったって、学内でお楽しみだったんじゃないでしょうね?暑くもないのに上気した様子だったし!!)
頭の中は悶々としているが、幼い頃から色々と目にしてきたアリスティアはその動揺を顔に出すことはない。
(久しぶりにやらかしてしまったわ…)
先ほどもバーバラが露出したわけではない。
幼い頃から悩まされたアリスティアの能力、それはあらゆるものを透かして見ることができるというものだった。
数々の見たくもないものを強制的に見せつけられる苦痛といったら一言では言い表せない。
ある時など着替え中に家のすべての壁が透け、誰にも見られるはずのない部屋の中の様子が丸見えになった時には叫び声を上げた。
妙なことばかり口にするものだから、頭がおかしくなったと思われ軟禁されたこともある。
ある時、これが自分だけに起こっていることなんだと理解できた時は血の気が引いた。
私はなんておかしい子だったんだろうかと。
それからは「普通」を装うために努力した。
何でもかんでも勝手に見せてくるこの力を自分のものにしてやろうと。
「見たいもの」だけ視ることができるように。
ほぼ、制御できるようになるまで10年かかった。
ほぼというのは先ほどのように意識せず他人に触れたりするとうっかり視えてしまったりする。
うっかりで骨が見えず綺麗に全裸になるあたり、一時期制御のためと狂ったように脱がしまくったせいかもしれない。
そういうことに興味がわく年頃というものはあるのよ、うん。
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幼い頃からそんな状況で、動揺を表に出さないようにと感情を押さえつけてきた弊害なのか16歳になった現在では表情があまり動かない。
暗いとか不気味とかで誰も寄り付かないし、私は私でこの力が露見しないようにと自分から友人を作ろうともしないので、基本的にはいつも一人だ。
「あなたよりわたくしが劣っているなんて有り得ないわ」
「そうよ、キャサリン様はヨーク公爵家のご令嬢なのよ?」
「何か魔導具でも使ったのではないの?」
なのでこういう時に相談できる人も助けてくれる人もいない。
「何か言ったらどうなの?」
授業の後に人気のない教室に連れ出され、ギャーギャーと喚きはじめたこちらのお嬢様方は一つ上の学年だったはず。
ヨーク公爵家は魔術に長けている家で、先ほどの2・3学年合同の魔術演習で私の評価が自分より高かったのが気に入らなかったらしい。
手を抜けば良かった、と思いつつも、アリスティアは透視能力の制御のため努力した結果なのか魔力制御もかなりの腕前になっており、息をするようにできるものだから態と失敗することのほうが難しかった。
どうやら手を出してくる様子はなかったので、アリスティアは責め立てる甲高い声を聞き流しつつ彼女たちの煌びやかなドレスを透かしていく。
あら、ヨーク様はお胸を盛っているわね。
その取り巻きのこの方はコルセットで絞めつけ過ぎではないかしら。お肉がすごいことになっているわ。
どんなに着飾って美しく見せても裸で喚いている姿は滑稽である。
あははは。
「ちょっと!聞いているの?!」
どんなことを考えようとも無表情のアリスティア。
完全に無視している形になっているので焦れたご令嬢の一人が手を伸ばしてきた。
「あら、みなさんどうなさったの?
わたくし、先生と面談があってここで待つように言われたのだけれど」
「で、殿下!!」
突然教室に入ってきた人物を見て、アリスティアを取り囲んでいたご令嬢方が飛ぶように散った。
「こ、こちらの方の魔術が素晴らしかったのでこっそりコツを伺っていたいただけですわ」
「お話は終わりましたので、わたくしたちはこれで…」
「し、失礼いたします」
そそくさと去っていくご令嬢方のおしりを目の端に入れながら、アリスティアの視線はあるところに釘付けだった。
アリスティアが通う学園、聖イレネ女学院は貴族令嬢が通う由緒正しい学院であり、王女殿下も在学している。
上の学年の殿下にこうして間近でお目にかかることは今までなかったし、王族に対して能力を使うなど不敬という意識から遠目ですら透視したこともなかった。
だが今はご令嬢方を丸裸にしていた延長で…。
「どうなさったの?」
硬直してしまったアリスティアに、王女殿下が近寄ってきた。
はっとして視線を上に向けるとぺったんこ、見事に板状の胸である。
下には女性には絶対にないものが鎮座していた。
え?何事?
王女殿下は王子殿下?
さすがのアリスティアもこれには動揺を隠せなかった。
王女?王子?の裸を裸を見てしまったなんて分かった日には処刑されるのでは。
落ち着け、落ち着くのよ私。
何事もなかったように立ち去るのよ。
しかし視線は殿下の下半身から動かないし、能力制御は得意になったはずが透視を切ることもできない。
それもこれも殿下のあれがご立派すぎるからでは?
父や兄はもっと…いやこれ以上考えてはいけない。
きちんとご挨拶をしてさようならするのよ。
ごきげんよう、と
「ごりっぱなものをお持ちで…」
「え」
ひぃ!私ったら今何を!!
「い、いえ!殿下がご立派だな、と!」
いい加減目を離そうと視線を移すと、少し距離を置いて護衛らしき方も控えていた。
「あ、護衛の方もご一緒ですし安心かもしれませんが、こんな人気のない場所で殿下を待たせるなんてお気を付けください。それではわたくしはこれで失礼いたします」
一息に話しはじめた私の勢いに驚いたのか、目を丸くしている殿下に礼をしそそくさとその場を去った。
今日のことは綺麗さっぱり記憶から消去しましょう。
うん、見なかったことにするのが一番ね。
どうせ話す家族も友人もいないのだし何事も無かったのよ。
寮の自室で机に向かい課題を広げながらも、頭の中は昼間の出来事で埋め尽くされている。
アリスティアが何とか忘れようと悶々としていると、部屋の扉がノックされた。
寮には領地の遠い貴族令嬢が主に入寮している。
アリスティアもその一人だが、他の令嬢のように侍女やメイドはつけられていないので対応も自分でしている。
寮の玄関で関係者以外ははじかれるのでそれでも安心だった。
「はい、どうぞ」
アリスティアの部屋には寮母さんが手紙を持って来てくれる程度の来客しかないので軽く返事をすると、予想外の人物が入ってきた。
「こんにちは、失礼しますね」
「おうじ、よ!殿下?!どどどうされたのですか?」
のんびり立ち上がろうとしていたアリスティアは飛び上がった。
「…王子?」
にっこりとほほ笑む殿下だが、なんだか迫力がすごい。
「いえ王女、殿下」
「突然ごめんなさいね、少しあなたとお話がしたくて」
「…何もないところで申し訳ありませんが、こちらへどうぞ」
その言葉どおり、アリスティアの部屋には貴族令嬢に相応しいものが何もない。
寮に備え付けの家具があるだけだ。
それなりに小遣いは貰っているのだが、部屋を飾り付けても掃除が大変になるだけなので必要最低限のものしかなかった。
来客用の応接セットに殿下を案内したアリスティアだったが、軽く絶望した。
「お茶を…食堂に行ってきてもよろしいでしょうか」
「いいえ、おかまいなく。あなたも座って」
紅茶があるにはある。しかし庶民も購入できるほどの安価なもので、とても王族に出せるような代物ではなかった。
アリスティアはすごすごと殿下の対面に座った。
「では改めて。わたくしはローゼリア・オルディス。
学園では最終学年に在学しているわ」
「存じております。昼間はご挨拶もせず申し訳ありませんでした。
アリスティア・ローグと申します」
「ローグ辺境伯のご令嬢ね」
「…はい、それで…ご用件は」
昼間はかなり挙動不審だった自覚はあったが、改めて部屋まで訪ねられるほどではなかった気がする。
「…今はね、護衛は扉の前に控えさせているの」
「は、い…?」
「今、あなたの目には何が見えているの?」
質問の意味が分からず、アリスティアは首を傾げた。
「わからない?では質問を変えるわ。――昼間、どうやって護衛を見たの?」
「えっ?普通に後ろに控えていましたので…」
「まあ、自分でも分かっていないのかしら」
殿下の言おうとしていることが理解できず大混乱だ。
「今はね、学園の外だから分かりやすく扉の前にそのまま立たせているけど、学園は女性ばかりでしょう?
威圧感のある男の護衛が一緒だと怖がらせてはいけないから、いつもは姿を隠しているの。もちろん、あなたと会ったあの教室でも」
「…え?」
殿下の言うことを頭が理解できるまで少し時間がかかった。
「つまり…隠密の魔術を使っていた護衛を見抜いたあなたの力は何?
事と次第によってはこのまま拘束して然るべき処置をさせていただかないとね」
殿下は相変わらずにこやかに笑みを浮かべているが、言っていることは脅迫である。
「わ、私はその方の魔術を見抜いたりするつもりは全くありませでした!
あの時はただ透視能力でご令嬢の服を透かせて遊んでいただけなんです!まさか殿下がいらっしゃるとは思わずうっかり丸裸を目撃してしまいましたがそのようなよく分からない魔術まで見透かしてしまうとは露とも思わなかったのです!」
「は、はあ?!!ま、まさか見たのか?!」
「申し訳ありません!あまりにご立派だったものですからじっくりと!」
「ば、馬鹿者!」
「お許しください!隠密の護衛が付いていることは誰にも言いませんので!」
「そ、そんなことはどうでもいい!」
申し訳ありません、くらいから謝罪のために下げていた頭を上げると、殿下が立ち上がって顔を真っ赤にしていた。
しかしその体つきが今までと違う。なんだか体格が良くなっているし気づけば声だって低くなっていた。
なんなら顔立ちも精悍になっている。美人なのはそのままだけれど。美人な男性が女装している。
「うわ!顔を上げるな!今も視てるんじゃないだろうな?!」
「まさか!視てやろうと意識しなければ視えません!」
「ほお、あの時は意識してじっくり視ていたと」
「まあそうとも言いますが」
「開き直るな…ああもう、私の術が解けてしまった。修業が足らんな。お前が動揺させるからだぞ」
殿下が自分に向かって手を翳すと、瞬く間に元の王女殿下の姿になった。
「幻術だ」
「わあ…」
「さて、お前は王族の秘密を知ってしまったわけだがどうしようか」
「え」
「記憶を操作する魔術は魂が傷つくのか人格が変わったりする副作用があるしどうするかな…私に対する不敬で罰し、生涯幽閉するか…」
「お待ちください!正直にお話ししたではないですか!どうかお許しください!私にできることでしたら何でもしますので!」
「ほお、そうか。それは助かるな。お前のその力、色々と有効活用できそうだ。
早速主従の魔術契約を結ぼう」
主従の魔術契約、それは従者が主人に服従してしまう恐ろしい魔術である。
「お断りします!」
「大丈夫だ、拘束力は弱にしておいてやる。命に関わる命令はできないし、体を傷つければ私に罰が下る。
また、絶対に無理な命令は断ることができる」
「それでもちょっと」
「では幽閉の方向で」
「契約を結ばさせていただきます」
主従契約は双方合意の上で契約書に自ら魔力を流さないと結べない。
こうして殿下と契約を結んだ私は、その後かなり彼に振り回されることになった。
「あれ、王女が王子だとばらされたくなければ言うことを聞けって私が脅せば良かったのでは?」
「ほう、今からでも監禁されたい、と」
「嘘です。冗談です」