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侯爵家に生まれた娘として

エカテリーナは、ミルクたっぷりの甘いカフェオレを飲む。

少し大き目なマグカップに、たっぷりと入ったカフェオレはエカテリーナの好物だった。コーヒーは庶民の飲み物だから、大きなマグカップは淑女らしくないからという理由で、頻繁に飲むことはしないが、疲れたとき、落ち込んだときなどシャロンが準備をしてくれる。


目が覚めた時に微かなコーヒーの香りがして、嬉しくなった。


(シャロンがいてくれて良かった)


エカテリーナは、今日の予定を考える。

学院が始まるまで2週間。本来であれば、王妃教育と結婚式の準備をする予定になっていた。

けれど、もう何もしなくてもいい。


好きな小説を時間いっぱい読めるし、体形なんて気にせずおいしいものを食べれる。

それでも、10年間頑張ってきたのだ。

辛かったし、逃げ出したかったけれど、それが侯爵家に生まれた娘としての義務だからだ。


(明日、お父様に会うまでに私の意見を決めなければ)

両手でマグカップを握る。

じんわりとした、温かさが指に伝わる。


「お嬢様、今日ぐらいはゆっくりされてはどうでしょうか」

「ゆっくり…そうね、そうしたいのはやまやまだけど、考えなきゃいけないことがたくさんあるから。すべて終わったらゆっくりするわ」


(一番辛いのは、聖女の侍女になること…かしら。王妃と侍女の仕事をこなしながら称賛されず、名誉も与えられない)

エカテリーナはそんな生活を想像する。

アルフレッドとリリが夫婦として生活する傍らで、侍女として佇む自分を。

王妃の仕事をこなしながら、その成果はすべて聖女のものになる…そんな状況で、どこまでモチベーションを保てるのか。


(褒められたい、認められたいなんて…ずいぶんと子供っぽい欲求ね)

侯爵家に生まれた娘として、私は民の為に生きる義務がある。

エカテリーナが着飾ることが出来るのも、おいしく栄養あるものを食べることが出来るのも、すべて民のおかげだ。

その裕福さを還元しなければいけない。


だから、褒められなくても、認められなくても、民に還元しなくては。


(それでも、誰かに認められたいと思ってしまうわ)


エカテリーナは、深く息を吐くと静かに立ち上がる。

「シャロン、散歩に出るわ」

「はい、お嬢様」


王宮の中をゆっくりと歩く。

目的地は庭園にある、東屋だ。

すれ違う何人かが、痛々し気にエカテリーナを見ている。


王太子との婚約破棄を知っている人間だろう。

その顔ぶれを見るに、内政省の上層部に王宮の上級侍女は知っているようだ。


昨日の今日で随分手早いと思ったが、エカテリーナに通知されたのが昨日というだけで、準備は前もって進んでいたのだ。

エカテリーナが気づかなかっただけで、今までもそういう風に見られていたのかもしれない。


気晴らしに散歩する予定だったのに、余計に落ち込んでしまう。



なんとか東屋に着くと、ベンチに腰を下ろす。

何をすることもせず、遠くを見つめる。

(昨日はドレスの調整をして、報われたと思っていたのに)


「あ、エカテリーナ嬢…」

「…ブラウン卿?ごきげんよう、どうされたのかしら」

「あ、いえ…その」

「泣いてると思ったのかしら?」

「いえっ、いや…そうです」

正直なその様子に、エカテリーナはおかしくなる。

ヒューゴ・ブラウンはこの国の最北端ある辺境伯領の次男で、今は王宮で近衛騎士の隊長をしている。

何度かエカテリーナの護衛についたこともあり、辺境伯領では紅茶よりもコーヒーが好まれるということや、よく読む小説の好みが似ていて、個人的に交流を持つようになったのだ。


「ぁー…その、話を聞きまして」

「あぁ、近衛の方にも話が行っているのね」

「はい」


ヒューゴは気まずそうに俯く。


「最後に、貴女のドレス姿を見たかった」

「最後…そういえば、ブラウン卿はご実家に帰るんだったかしら」

「はい、次は弟が騎士団に入団予定です」


たわいのない話を続ける。最近読んだ小説の話や、王都に出来た喫茶店の話など。


「エカテリーナ嬢、は…どうされるのでしょう」

「まだ…考えがまとまらなくて、ただ…侯爵家の娘としての義務と周りへの最善と…どこが落としどころかと考えています」


侯爵家の娘としての義務と周りへの最善…エカテリーナはそういったが、その二つを考えるなら、聖女の侍女になることが一番だとわかっている。


グイードの婚約者になることも考えたが、リスティーのことを考えると、エカテリーナにはその選択はできなかった。

グイードの現婚約者であるリスティーは、政略結婚以上の感情をグイードに持っていると、エカテリーナは考えていた。

エカテリーナが終ぞ持ちえなかった感情だと、リスティーの姿が眩しく見えた。


そんな二人を引き裂くようなことはしたくなかった。


ティーガンの婚約者へ…と言われていたら、迷わなかったかもしれない。

けれど、王から提示された婚約者はグイードだった。

エカテリーナが望めば、ティーガンの婚約者になることも出来るといわれたが、現段階でその選択肢が出てきていないということは、ティーガンには内々に婚約者にしたい女性がいるのかもしれない。

そうでなくとも、アルフレッドに婚約破棄された令嬢など婚約者にしたくないだろう。


「婚約破棄された女でもいいという人がいればいいのだけれど」

「誰でもいいんですか」

「誰でもいいわけではありません。侯爵家と家格が釣り合うか、何か大きな利益がなければ父が私の嫁ぎ先として認めることはないでしょう」

エカテリーナはもう17歳だ。年齢の合う令息は、すでに婚約者がいるだろう。

もし、家に帰りたいといえば…父はどこからか婚約者を連れてくる。

それはどんな相手だろうか。


「…私は、どうですか」

「え?」

「次男で、爵位は継げませんが…辺境伯ならば、家格としては侯爵家と釣り合います。それに、我が家と縁続きになるならば…商人の通行税緩和や輸入品の優先販売など侯爵領にとってもメリットがある」

エカテリーナはヒューゴの顔を見る。

「本気でおっしゃていますか」

「もちろん、冗談でこんなこと言えません。ただ、辺境伯領と王都は遠いですし、こちらに帰ってくることは簡単にはできません。私は境界線で辺境伯騎士団で魔物退治に従事することになります。あっ、貴女には辺境伯領の領首都で過ごしていただければ…すみません、急に。

ただ、私との結婚を選択肢に入れてほしい。侯爵家と周囲の人々の幸せを考える貴女に、幸せになってほしいと考えてます」


返答に困るエカテリーナの様子に、ヒューゴは困ったように眉を下げ一礼をする。


「返事は、いつでも構いません。今日は、これで失礼いたします」



Next…




読んでくださりありがとうございます。

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