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王太子の憂鬱

アルフレッド・デュイ・ランドールはサルファ王国の第1子として生を受けた。そして、物心つく頃には、1つ年下の弟をライバルだと認識しており、ひたすらに勉学に武術、政治について学んでいた。

その成果もあってか10歳のときに、婚約者を得て王太子として認められた。


けれど、王太子の地位は絶対ではない。

グイードもそれがわかっているため、決して手を抜くことはなかった。

弟の方が優秀だと判断されれば、簡単にとって代わられるだろう。


王太子として、完璧でなければいけない。


それは、婚約者についても同じだ。

王太子の婚約者たる者として完璧でなくてはいけない。


アルフレッドの婚約者はコリンズ侯爵家の一人娘、エカテリーナだった。

エカテリーナは年の割には利発で教養もあったが、王太子の婚約者が年の割にはという評価では心許なかった。

私を支え、共に歩めるものでないといけない。


同じ時期に、グイードの婚約者も決まった。

グイードの婚約者はリスティー・エブロン。

エブロン侯爵家の次女だ。

異国語と乗馬の腕前は、エカテリーナよりも優れている。


だから、アルフレッドはエカテリーナに初めて会ったときに「完璧な婚約者担ってほしい」と伝えた。


「完璧な婚約者、でございますか」

エカテリーナは、困惑した顔をして、アルフレッドを見つめる。

「淑女として、感情を表に出すことは好ましくないな」

「…申し訳、ござません」

悲しそうにうつむく姿に、またイライラが募り、こんな婚約者で大丈夫だろうかと、不安がよぎる。

「僕が婚約者に求めることは、将来王太子に…いや王になったときに、過不足なく僕を支えてくれる者だ」

「…精進、いたします」


10歳で出会い、学院に入学する15歳になる頃には、エカテリーナは過不足ない婚約者になってくれた。

完璧な淑女、素晴らしき婚約者。


そんなある日、宮中の者が噂しているところに出会ってしまった。

「次期国王はアルフレッド殿下で決定だろうな」

「そうだな、殿下の資質としてはグイード殿下から飛び抜けるものはないが、婚約者のエカテリーナ嬢は素晴らしい」

「本当に…我が国だけでなく、周辺諸国の情勢や文化、礼儀作法まで全て完璧にこなして折られる」

「彼女ほど、次期王妃にふさわしい者は居ない」


アルフレッドとグイードの評価は、数年たっても拮抗したままだった。

けれど、婚約者の評価は大きく開いていた。

そのため、王太子たるアルフレッドの地位は盤石となっていた。


(エカテリーナが優秀なことは、僕にとってプラスになる…)


そう思っていた。

いや、それは間違いではないとアルフレッドは思っている。


エカテリーナが婚約者だから、アルフレッドは王太子で居られる。



エカテリーナが婚約者だから。


アルフレッドは自分の中に、エカテリーナへの嫉妬心が目覚めるのを感じる。

それから、エカテリーナに会うことが苦痛になっていった。

数年前までは、感情のままに笑い、悲しみで涙を堪えていた少女は、朗らかに微笑んでいる。

まるで自分は完璧だと言わんばかりに。


鬱鬱とした気持ちは晴れることはなく、エカテリーナと過ごす時間はどんどん短くなっていく。

それでも、エカテリーナはアルフレッドの完璧な婚約者であり続けた。


アルフレッドのために、外政・内政に目を向け、アルフレッドのために、厳しい王妃教育にも耐えている。

全てアルフレッドのためだ。


だから、エカテリーナに嫉妬するのは間違いだと思い続けていた。

エカテリーナに優しくしなければ、エカテリーナにふさわしい王太子にならなければと思い続けていた。


そんなある日、聖女が現れたという知らせが王宮に届いた。

聖女は西領にある小さな農村で暮らしているという。


聖女の印たるアイビーの聖痕が額に現れた少女は、14歳とは思えないほど小さな身体をしていた。それを侍従に伝えると、農村の子どもの標準的体格だと教えられた。

王宮で恵まれた食事をしている自分たちとはこんなに違うのかと、アルフレッドは初めて知った。


小さく、汚れた身体、手は農具を持つため荒れ果てている。

伸び放題の髪の毛のせいでアイビーの聖痕は見えなかったが、髪の毛の間から見える目だけはキラキラと輝いていた。



両親と引き離され、王都の神殿に連れてこられた聖女・リリはアルフレッドの周りには居ない女の子だった。

煌びやかな王都に目を輝かせ、1度1度の食事に目を輝かせる。

聖女の保護は王家の重大な役目の一つだったから、アルフレッドは折に触れてリリのもとを訪れた。

グイードやティーガンも、時折訪れているようだった。

特にティーガンは、未婚で婚約者も正式に決まっていなかったため、おそらく聖女を婚約者として迎えることになるだろう。


ティーガンの話を聞き、楽しそうに笑うリリ…アルフレッドは、そんな二人の関係がうらやましいと思った。

義妹として可愛がろうと、アルフレッドはリリのもとへと通う。


「アル様、お待ちしていました」

白い聖女の衣をまとって、リリはアルフレッドに笑いかける。


前髪をあげ額にあるアイビーの聖痕を冠の様にみせるその姿はずいぶん聖女らしくなっている。

2人はテラスに用意されたテーブルに座る。

テーブルの上にはおいしそうなケーキやクッキーが並んでいた。


出会った頃の、小さな汚れた女の子はキラキラした目をそのままに、可愛い女の子に変わっていた。

「今日は、何をしていたんだい?」

「えーっと、今日は字の練習と言葉の意味について勉強していました」

リリは疲れたように眉を下げ、クッキーに手を伸ばす。

「食べる、召し上がる、頂戴する、頂く…言葉がたくさんあって本当に大変です」

「ふふ、それを人によって使い分けなければいけないからね」

「先は長いです」


14年間平民として暮らしていたのだ。

文字は読めるが書けなかったようで、文字の書き取りから授業は始まったと聞く。

一度、「両親と離れてさみしくないか」と聞いたことがある。

そのとき、リリは「さみしいけれど、私が居なくなることでお金をたくさんもらえるって聞いたし、私もおいしいものを食べられるからうれしい。だから大丈夫」そういって笑っていた。

けれど、辛くないはずがない。

夜に独りで泣いているという話を、神殿付きの侍女から話が上がってきている。

大丈夫だと笑う彼女が、ずっと笑顔で生きてくれればいいと思った。


リリは次の春になれば、シェヘルザー学院へ入学しなければいけない。

1年前まで平民だった女の子が、貴族ばかりの学院でやっていくのは大変だろうことは想像に難くない。

せめて後ろ盾を、という考えで入学前に王族との婚約を発表することになった。


その為、王宮にリリを呼び、彼女の意思を確認することになった。



「いっ、偉大なる帝国の、守護者に、御挨拶申し上げます」

一生懸命に淑女らしく振る舞う、リリに笑みが零れる。

「かしこまる必要はない、今日呼んだのはそなたの将来について話す為だ」

「将来…ですか」

「あぁ、聖女として王宮に来るときに伝えたと思うが、聖女は王族の近縁者と縁を結ぶ必要がある。今、聖女の年齢にふさわしい近縁者は、我が息子のアルフレッド、グイード、ティーガンの3名だ」

「縁を結ぶ…というのは、結婚するということですよね?」


聖女は大事にされなければいけない存在として聖典に書かれている。

出来るだけ聖女の言葉に沿って決定が下される。


だから、結婚相手についても優先されるのは聖女の選択だ。

しかし、婚約者がいないのはティーガンだけで、聖女にもティーガンと縁を結ぶことになるということは内々に伝えていた。


「ティーガン様と結婚すると聞いていたんですが、私がお相手を選んでいいのですか?」

「…もちろん、君は聖女なのだから。互いの意思があるのなら、私が反対することは何もない」

不安が胸をよぎるが王はそう答えた。

もちろん表面上の回答だ。


ずっと、将来ティーガンと結婚するのだと聖女には伝えている。

他2名には婚約者居ることも伝えている。

ティーガン以外を選ぶはずがない、と。


「私、アル様と…アルフレッド様と結婚したいです」


リリがそう答えた時、あたり一面が凍ってしまったかと思うほど空気が冷える。

ただ、アルフレッドはリリのその回答に仄かな喜びを感じてしまった。


聖女に選ばれたのは、自分だと。



Next…




読んでくださりありがとうございます。


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