それは断罪される囚人のようで
エカテリーナ・コリンズはサルファ王国の侯爵家令嬢として生まれた。
そして、7歳の時に膨大な魔力量が認められ3歳上の王太子の婚約者に選ばれた。
婚約者に選ばれてからの10年間、エカテリーナは王太子の婚約者として王宮で王妃教育を受けてきた。
国母となる以上、すべての国民から愛されなければならない、すべての淑女の頂点に立たなければいけないと、ただひたすらに『王妃』になるべく過ごしてきた。
そんな10年間に思いをはせながらエカテリーナは鏡に映る自分を見ていた。
真っ白なシルクにちりばめられた美しい宝石。
ドレスの裾は紫の糸で刺繍されており、裾から膝にかけて美しいグラデーションになっていた。
まだ、仮縫いの段階ではあるが、約1年後このドレスを着て王太子と結婚し正式に王太子妃として立つのだと思うと涙が出そうだった。
「エカテリーナ様、先月測定した時よりかすかにウエストが増えております」
エカテリーナの採寸をしていた、王太子妃宮の侍女頭が眉間にしわをよせながら苦々しげに告げる。
「そう」
エカテリーナは短く答える。
結婚式まで、まだ時間がある。だから、今ウエストが微かに増えようが大したことないのに…とエカテリーナは考える。
「(毎日、同じ体形でいれるわけないじゃない)」
心の中で小さく文句を言う。
成長に併せて王太子妃としてエカテリーナが一番美しく見える身体という基準値があり、そこから微かでも逸れると侍女頭の眉間に深いしわが寄る。
だから、今回のウエストの増加に合わせて、眉間にしわが寄りそうだが、仕立屋の責任者にお針子達が居るためか、しわはそこまで深くならなかった。
侍女頭は、小さくため息をつくと「いかがなさいますか」とエカテリーナに聞く。
「料理長に量の調整を伝えて」
「かしこまりました」
侍女頭は満足そうに返事をする。
「まぁまぁ、エカテリーナ様はまだ17歳ですもの。体形の変化なんて気にしていてはいけませんわ。もちろん、ドレスの大幅な調整は困りますけども」
ドレスの裾を調整していた、仕立屋の責任者が朗らかにエカテリーナに話しかける。
「そうね、お菓子の食べ過ぎには気を付けるわ。この素敵なドレスが着れなくなったら私も悲しいもの」
そう、答えながら仕立屋と談笑する。
ウエストが増えたなら、また少し鍛錬の量を増やそうかとエカテリーナは考えるが、鍛錬のしすぎで体から柔らかさがなくなることも望ましくない。
と、頭の中で鍛錬と食事のバランスについて考える。
その間も、談笑を挟みつつ仮縫いや微調整が終わり、エカテリーナが着ていたドレスはマネキンにかけられる。
この部屋は、天空の間といい王族の結婚式の準備に使うためだけの部屋だ。
王宮に結婚式がないときは、固く閉ざされた特別な部屋。
ドレスも、靴も宝飾品も…結婚式に必要なものがすべて揃っている。
「エカテリーナ様、本日はありがとうございます。我々はこれで下がらせて頂きます」
ドレスを眺めていると、道具類の片付けが終わった仕立屋のお針子達が次々と退室していき、責任者が退室の挨拶に膝を折る。
「えぇ、こちらこそ素敵なドレスをありがとう。完成が楽しみだわ」
「もったいないお言葉です」
「シャロン、皆様にお土産を。最近、流行っているチョコレート菓子よ。仕立屋の皆で食べてちょうだい」
「これは、貴重なお菓子を…ありがとうございます」
お土産を嬉しそうに抱きしめながら帰っていく背中を見ながら、「今日の予定は、これで終わりよね?」とシャロンに声をかける。
シャロン以外の侍女は仕立屋と供に退室してしまい、部屋にいるのはエカテリーナとシャロンだけだ。
「はい、カティお嬢様。晩餐まではどうされますか?中央庭園のバラが見事に咲いていると聞きました。ゆっくりお散歩などいかがでしょうか。あ、それとも読めていない小説がたくさんあるとおっしゃっていましたよね。お部屋で読書というのも素敵です」
シャロンは、侯爵令嬢だった時から傍に侍っているため、エカテリーナ好みの予定をどんどんと言っていく。
どのプランも素敵だなぁと、楽しくなり二人でクスクスと笑いながら会話をする。
コツコツ
ノックの音で二人の会話は途切れる。
瞬間、シャロンの眉間に微かなしわが出来るが、エカテリーナが困ったように眉を下げてるのを見て、なんとかしわを消すように笑顔を作る。
「どうぞ、お入りになって」
扉を開けて入ってきたのは、宰相のネイサン・クラークだった。
てっきり、王妃宮の侍女頭か、淑女教育の教師をしているベルダン夫人のどちらかだと思っていたからだ。
「エカテリーナ嬢、失礼する」
「まぁ、これはクラーク卿。どうなさったのですか?」
宰相が王太子の婚約者に用事とは、想像が出来ない。
廊下で声をかけられたりすることはあれど、わざわざエカテリーナを訪ねてくるのは初めてのことだった。
「陛下がお呼びだ。謁見室までエスコートさせて頂いてもよろしいかな」
「まぁ、光栄ですわ」
エカテリーナは嫌な予感を感じながらも、笑みを浮かべる。
いくら陛下といえども、宰相を小間使いのように使うはずがない。
(何か、起きているのかしら)
表面上はネイサン・クラークとにこやかに話しながら、考えうる問題に頭を巡らす。
藍の森で魔物のスタンビートが起こったのか、はたまた隣国のアメデイ公国からの宣戦布告、災害なんてこともあるかもしれない。
どれが起きても、大変なことになる…が、それらは、わざわざ宰相が王太子の婚約者を呼びにくるような出来事には思えなかった。
謁見の間へつながる廊下の前で、シャロンに部屋の準備を頼む。
「帰りの迎えはいらないからよろしくね」
ここから先は、謁見する人間しか入れない。
侍女であるシャロンは、控えの間で待つことが多い。ただ、どう考えてもいい話な気がしない。謁見時間の予想も出来ない。
謁見後にはシャロンのお茶をゆっくりと飲みたい。
そんな、エカテリーナの思いをシャロンも理解し「かしこまりました」と頭を下げる。
シャロンと別れ、クラーク卿と二人長い廊下を歩く。
「エカテリーナ嬢…私は…いや、言うべきことではないと思うのだが。君にはこれから辛い選択を迫られることになると思う。どうか、国のために、棘の道を進んでほしいと願う」
「…クラーク卿?それは、どういう」
謁見室の扉の前で、クラーク卿が辛そうな顔で告げる。
エカテリーナの問いかけに対し答えをもらえぬまま、扉に侍る騎士の手により謁見室の扉は開かれた。
棘の道…それは、身体を棘に貫かれ傷つけられる程辛く苦しい道のりのことをさす。そして、いい未来が予想できない場合に使われることが多い言葉だ。
同じ辛く苦しい道のりだとしても、いい未来に向かう場合は太陽の道と言われることが多い。
クラークはエカテリーナに棘の道を進んでほしいと言った。
片方が棘の道であるなら、もう片方は太陽の道なのだろうか。エカテリーナはまるで断罪されるかのような気持ちで扉をくぐった。
Next…
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