陛下の私室
✳︎ ✳︎ ✳︎
私の部屋は、まだ用意されていないと、なぜかアラン様の部屋に案内されてしまった。
アラン様は、緊急の会議があるということで部屋には一人きりだ。
「大丈夫、俺の部屋は強い魔力で守られているから。入って良いと認めた人間以外はいることはできない安全な場所だ」
その言葉に、入っていい人間として認めてもらえてうれしいと思う反面、いや私がとまどったのはそんな理由じゃない!とアラン様の天然さに唖然としてしまった。
男性の部屋に入るなんて。兄弟たちの部屋にすら入ったことないのに……。
この国では当たり前のことなのだろうか。いや、こんなに強い防御結界で守っているくらいなのだから、国王の私室にだれでも入れるわけではないと思うのだけれど。
アラン様の部屋は、国王陛下の部屋にしてはなんだか寂しくて、寝るためと残った仕事をするためだけに帰っているのかなという印象を受けた。
まだ、レイブランドは先代国王の崩御のあとで慌ただしく、準備が整っていないだけなのかもしれないけれど。
「たぶんこれは違うわね……」
黒い鎧を着て、私の手を掴んだときのアラン様は、厳しい空気を纏っていた。きっと、執務や戦いに明け暮れて自分の事を後回しにしてきたのだろう。
いくら見回しても、この部屋には執務机とベッドしかない。
さすがに国王陛下の執務机の前に腰掛ける気にはなれなくて、お行儀が悪いと思いつつもベッドに腰掛けた。
「……アラン様」
その瞬間、鼻腔をくすぐったのは、再会したあの日のハーブの香りだった。
アラン様の香り……。
私は今頃、年老いた王のたくさんいる妃の一人になっているはずだったのに。
どうして、こんなことが起こったのだろう。
それと同時に、母の言葉がよみがえってくる。
『あなたは聖女と王族の娘として生まれた……できれば王族以外と結婚してほしいわ。でも、もし愛した人が王族だったら』
『王族だったら』から先を思い出すことができない。
聖女だった母は、王族に嫁いでつらい思いをしたのだろうか。いや、正妃に対する遠慮は感じても、母が生きている間、父と母二人は仲睦まじかった。
それでも、その言葉のあとに「ミアを守るわ」と母が笑いかけてくれたことは覚えている。
しばらく目を瞑り母の言葉を思い出していた私は、荷物から取り出した空っぽの砂時計をそっと撫でる。
────ミア。
その瞬間、アラン様の声が聞こえた気がした。そして何故か砂時計が光って砂が落ち始める。
「え……?」
「……ミア?」
なぜかアレン様が目の前にいた。どこか苦しそうな様子で何かの薬を飲もうとしている。
「どうして……それ、解毒薬ですか?」
「ミアにはお見通しか。大丈夫だ、これくらいなんともない。幼い頃から慣れているし、今はどうしても皆の前で飲む必要があったから」
「──アラン様」
私も王族として、毒杯と分かっていても飲む必要がある場面が存在することはわかる。
でもきっと、幼い頃からアラン様はいつもそうやって一人で。
私は自分から口づけをした。とても勇気が必要だったけど。そうせずにはいられなかった。それと同時に回復魔法を使う。
ほんの一瞬、触れただけの唇が熱い。
「すまない、助かる。……この転移魔法は、今のところ俺とミアが一人の時にしか発動しないな。そんな都合のいい魔法は聞いたことがないが」
「実は私にも、よくわかりません。あと、聖女の魔法も万能ではないから、解毒薬ちゃんと飲んでください」
私に促され、苦笑しながら解毒薬を飲んだアラン様の目が、あと少しで砂が落ちきる砂時計へと向いた。
たぶん、この現象があの砂時計のせいなのだと気が付いたのだろう。
「あと少しで終わるからいい子に待っていて?」
アラン様は、私の髪をするりと撫でると消えてしまった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけると嬉しいです。