正妃
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静寂に包まれた王宮の長い廊下を、アラン様に手を引かれて歩いていく。
次々に通り過ぎる人々が、臣下の礼をとる。
天井が高いエントランスは、少しエキゾチックだ。天井まで埋め尽くす南の国の海のような色のタイルと金色の繊細な模様が美しい。
白を基調にまとめられ、聖女の物語が多く描かれているアリアディールとは、王宮の豪華さも、雰囲気も何もかもが違う。
「アラン様……」
「なに?ミア」
「あの、私が正妃ってどう言うことですか?」
「ミアにはその資格がある。どの国の王でも渇望する存在だから」
不思議なことを言うアラン様。小国でしかないアリアディールのしかも第三王女が、大国レイブランドの正妃になるなんて、おかしいのに。
もしかして……。
「あの、私がアラン様を助けたことがあったからって、そんなの気にしなくていいんですよ?」
もし、あの時のことに恩を感じているのだとしても、あれは目の前に怪我をした人がいたから助けただけで。もちろん、王女として育ってきたから、教養も知識も他の人に負けてないと思う。
でも、私の考えかたはどうしても他の人たちとはズレているみたいだ。貴族や王族に生まれたというだけで、他の人よりも自分が優れているとは思えない。
どんなに努力しても、貴族令嬢たちの感覚に合わせることができなかった。
「私は、正妃には相応しくないと思います」
「ふふ、相応しいかどうかは俺が決めることだ。ミア?」
「────申し訳ありません。差し出がましいことを申しました」
「……いや、違うな。俺の隣に立つことを選んで欲しい、ミア」
私は、俯いていた顔を上げた。目の前にはキラキラとしたアメジスト色の瞳があった。
正直に言おう。それで、呆れられても隠し続けるよりもよっぽどいい。
「私は、普通の感覚がわかりません。王女として育ってきても、社交界にも出ずに日陰の姫と呼ばれていたぐらいです。それよりも、回復魔法を活かして、市井で働いている方が好きなんです」
私の言葉にじっと耳を傾けてくれていたアラン様は、しばらく黙ったまま私を見つめた。
「……俺の部下には平民出身のものが多い。そして、貴族の敵が多い。それでも俺の命が続く限り、守ってみせるから」
なぜか、懇願されているように感じるのは、気のせいだろうか。私の手にそっと口付けを落とすアラン様。
なぜか私の方に選択が委ねられているような気がする。そんなの気のせいだと思いたい。
「ミアが欲しい。もう少し早く出逢っていたら、王位など捨てて攫うことも出来たのに」
「えっ?!」
アラン様は、王位についたばかり。あの時のひどい負傷から考えても、その椅子は安全とは言えないのだと思う。
私は回復魔法を持っている。それが貴重な魔法であることも理解している。
こんな私にもできることはあるのだろうか。
「……わかりました。隣にいます。アラン様が怪我をした時は、必ず治してあげますね?」
「…………くっ」
あれ、なぜか笑われた?
「笑わないでください。なんでですか?!」
「わ……笑ってない」
アラン様が笑う姿を初めて見たらしい近衛騎士が、唖然とした表情をしていたことにすら、私は気がつかなかった。
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