黒騎士
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「俺も詰めが甘い。あと少しで手が届いたのに。……これが運命か」
第一王子として生まれ落ちたが、国王の乱心は母の命を奪い、俺からすべてを奪っていった。その日から、俺は黒い鎧を身に纏い、戦場で成果を上げることだけで命をつないできた。
そして王が崩御したこの日、戦場でその知らせを受けた俺に、弟たちからの刺客が向けられた。
あと少しで、この戦場で勝利を掴み凱旋するはずだった。そして、国王から王位を奪うと決めていた。
あまりにタイミングが悪かった。
なんとか刺客を倒したが深手を負い、味方ともはぐれて俺は死を覚悟した。
ここまで歩いてきたが、限界が近い。視界が徐々に暗くなり体の力が抜けていく。その瞬間、春風のように優しい声が聞こえた。
「これで、きっと大丈夫です。この鎧のせいで傷が全く見えないので心配ですけどね。痛くなくなりましたか?」
倒れこむ先には、柔らかで温かい感触があった。目の前には、女神と見まごうほどの美しく優し気な女性がいた。条件反射で、刃をその喉元に当ててしまったことをひどく後悔した。
それなのに、その女性は少し目を見開いただけで怯えることもなく、貴重な回復魔法で俺の傷を癒し、先ほどの言葉を俺に投げかけた。
運命を感じた。こんな風な気持ちを女性に感じたことは今までなかった。
せめて名前を聞きたいと思った時に、元の場所に戻っていた。
「死を前に見る幻だったか……」
そう思ったのに、確かに今まであった痛みがすべて消えている。あれは夢ではなかったのだと知らしめるかのように。
彼女が欲しい……。初めて何かが欲しいと渇望した。王位だって、平和を手に入れるための義務感から欲していただけだったのに。
仲間の声が聞こえる。戦には勝利した。逆に最高のタイミングで、国王は崩御したのかもしれない。生き残った俺は、凱旋とともに王位を継承することを決意した。
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王都に戻り、毎日猛烈に忙しく過ぎていく。俺に刺客を放った弟たちは王位継承権を剥奪して、それぞれ罪を償わせた。
そんな最中に、気がついた時には馬車に座っていた。目の前にはあの時の女神がいた。
「ミア」
彼女が名乗った名前は、かわいらしく美しい彼女にピッタリの響きだった。その名を呼んだ直後にはまた、もとの執務室にいた。
どうしてこんなことが起こるのかはわからないが、なぜかひどく彼女のことを愛しいと思った。彼女の乗っていた馬車は、とても質の良いものだった。それなのに、侍女一人側にいないことに違和感はあったが。
推測されるのはある程度高位の貴族令嬢、そして珍しいピンクブロンドの髪と湖のような淡いブルーの瞳。すぐに見つけることができるだろう。
どんな手を使っても、ミアを手に入れて見せる。暗い感情が、心を占める。こんな感情があったことを知らなかったが、誰かを愛するとこんなにも独占したいと思うものなのだろうか。
ああ、そういえば属国になったアリアディールから、聖女の血を引いた姫がこちらに向かっていると聞いた。迎えに行って、そして祖国にお帰り頂こう。
聖女の血を引く正真正銘の姫君。そう、あの国には聖女が生まれる。聖女が王家に嫁げは確実に聖女の能力を持った姫が誕生する。
だからこそ、年老いた王はアリアディールを滅ぼさなかった。この国に聖女の血を手に入れるために。だが、争いのもとになるだろう不安因子は必要ない。俺が欲しいのはミアだけだから。
だが、運命の女神はいたずら好きなのだろう。かみ合ってしまった歯車は、もう止まることがなく回り始めていることに、その時はまだ誰も気が付いていなかった。