危機と救い
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それからの旅は、特に何事もなく過ぎていく。砂時計は、もう見ないと決めた。そうでなくては、本当に逃げたくなってしまうから。大国レイブランドとの約束をたがえれば、小国であるアリアディールなどあっという間に存在がなくなってしまうだろう。
それにしても、少しだけ私は不思議なことがあった。レイブランドは、現国王が大陸に覇を唱えて軍事路線から大きくなった国だ。属国にするよりも、相手の国をつぶして自国にすることでレイブランドは巨大化した。
どうして、アリアディールだけは属国にしたのだろう。
それは、少し違和感がある。それに、アリアディールに第三王女を差し出すように指示してきたのはレイブランド側だ。
姉たちは確かに婚約者がいたが、それでも人質にするなら正妃の姫たちの方が良かったのではないだろうか。
「なんだか不思議な話だわ」
その瞬間、私は周囲の空気が変わったのを肌で感じた。王宮の中で静かに暮らしていても、時々感じた違和感。そんなときは、私の食事に毒が混ぜられていたり、直後に攫われそうになったこともあった。
第三王女で日陰の姫ですらそうなのだから、王宮は恐ろしい場所だ。
荷物の中から、砂時計だけを取り出して握りしめる。あの人との繋がり。これだけはどうしても、置いていけそうになかった。
「レイブランドに私が嫁ぐのを良く思わない人たちがいるのはわかっていたけれど」
多分、正妃を筆頭に。それとも……。
それでも私は、ここで死ぬわけにはいかない。アリアディールには、今まで出会った大切な人たちが暮らしている。滅んでほしくないから、これから私はレイブランドに行くのだから。
馬車の中から飛び出す。御者をしていた騎士が驚いたように私を見た。
──ごめんなさい。でも、たぶん狙われているのは私だから。
私にも護身術の心得はある。このまま、みすみす殺されたりなんかしない。幼い頃、母に教えてもらった光魔法を使った戦い方。
それなのに、相手はどうも本気で私にレイブランドに行ってほしくないらしい。森に潜む人影は多い。いったい何人……。
ドレスの中に隠した短剣で戦うけれど、襲撃者は10人以上いる……私が敵うはずはなかった。後頭部に衝撃がはしって意識が遠のいていく。
──こんなことになるなら、騎士様にもう一度会いたかった。せめて名前だけでも聞いておけば良かった。
薄れる意識の中で、黒い人影が私を庇うように立ちふさがる。
しばらくして、ふわりと抱きかかえられた気がした。そこで完全に私は意識を失ってしまった。
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気が付くと、幼馴染が目の前にいた。
「……ジルベルト様?どうしてここに」
「ユーミア殿下が、まともな護衛もつけずに送り出されたと聞いて公爵家の私兵とともに追いかけてきたんですよ」
「ジルベルト様が助けて下さったんですか?」
公爵家のジルベルト様は、剣も優秀だ。それに今回は私兵もつれてきている。
「──いいえ、俺が付いた時は、すでにすべての敵が倒されていました」
けれど、質問の答えは否だった。あれだけの人数を倒すなんて、一体だれが……。
「砂時計!!」
「これですか?ユーミア殿下の近くに落ちていました。砂がないなんて、役に立たないのではないですか?」
私はジルベルト様から砂時計を受け取る。
もしかしたら、という思いがぬぐえない。もしかして、私を助けてくれたのは。
でも、あれだけの人数を相手にして、騎士様はご無事だったのだろうか。
──また、怪我をしたりしてないといいけれど。
騎士様の美しい銀髪と、アメジストの瞳。私はもう、砂時計をしまい込むことができなくなってしまった。ジルベルト様が心配そうにこちらを見つめている。私は、無理に微笑んだ。
どちらにしても、私はレイブランドにたどり着かなければならない。
レイブランド王からの迎えは国境まで来ているはず。そこまでは、ジルベルト様がいればたどり着くことができるだろう。
「本当は、あなたをこのまま攫ってしまいたいのですが」
幼馴染としての情があるからか、眉をひそめたジルベルト様がそんなことを言ってくる。ジルベルト様は、幼い頃からいつも私を守ってくれた。
以前、神殿を出た途端に攫われかけた時も、助けてくれた恩人だ。
「ありがとう、ジルベルト様。何度も助けて頂いたこの命、アリアディールのために使いますね」
「ユーミア殿下、俺は……」
いつも優しかったジルベルト様。漠然とジルベルト様と婚約して、公爵家に降嫁する未来を想像していたのは事実だ。
私はジルベルト様に背を向けて馬車に乗り込む。私の未来は決まっている……。
でもその瞬間、なぜか見えた幻。ウェディングドレスを着て結婚式をしている私の隣にいる人は……。
都合のいい夢だと、私は頭を振ってその幻を振り払った。
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