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宿題と騎士



 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 勉強を始めてからまる一日が過ぎた。そして朝ご飯を用意してくれたあと、大量の宿題を私の前に積み上げたルナは「ちょっと用事ができてしまったので」とにっこり笑い消えてしまった。


 入れ替わりに騎士服に身を包んだ男性が現れる。


「陛下の側近、フォードと申します。すぐにこちらに来ることができずに、申し訳ありませんでした。この処分はいかようにも」


「――――え? 侍女がついてくれていたので何不自由していません。大丈夫です」


「――――侍女? いえ、ここには私以外は入ることができないはずです。……それに、これはいったい誰が」


「え? アラン様が言っていた信頼できる人間って、ルナとフォード様ではないのですか」


 騎士服に身を包んだフォード様は警戒を強めたように表情を険しくした。


「つまり、ここに誰かが入り込んだということですか?」


 私はことの重大さに漸く気がつく。それと同時に、ルナの正体について思い当たることもあった。だって、ルナはここにいてくれる理由を「お釣りがあるから」と言ったのだから。


 魔女の魔法は公平だ。対価に対してはそれに見合うだけ必ず返してくれるのだと母は言っていた。


「――――申し訳ありません。この件については、私から陛下に直接話します」


「――――わかりました。しかし……その量を学んでおられたのですか?」


「私に出来ることはこれくらいしかありませんから」


 姫と言っても、私が学んできたのは最低限の内容だったに違いない。幼い頃に母が教えてくれた光魔法は使うことができるけれど、大国レイブランドの内政や貴族のことまではそれほど多く知らない。


「――――フォード・ミラディオ伯爵令息様」


 そう呼んだ瞬間に、フォード様が目を見開いた。それを見て、私は座っていた椅子を引いて、立ち上がると出来る限り優雅に礼をした。大丈夫。礼儀作法についてはついていた家庭教師たちも太鼓判を押してくれていた。


「ユーミア・アリアディールです。どうか、これからもお力をお貸しください」


「これは……。すでに知っていらしたのですね。ミラディオ伯爵家次男、フォードと申します。ご無礼をお許しいただけますか?」


「こちらこそ。何も持たない私ですが、陛下のお力になれるようどうかお導き下さい」


「……ユーミア様」


 そう、今の私に出来ることはほとんどない。

 聖女の秘密が広がってしまった今、私のせいでアラン様が戦いに身を投じるのだとしても。


「ところで、その左足……。庇っていらっしゃいますよね」


「え……? 日常生活では、誰にも気づかれることはなかったのに。――――恥ずかしながら先の戦争で傷を負いました。高位の神官に治療を受けたのですが完治は叶わず今は前線を退いております」


 歩き方から気がつく人間はいないだろう。おそらくひどい痛みが残っているだろうに、その精神力には感嘆しかない。

 それでも私が気がついたのは、観察能力が高いとかそういう理由ではない。全身の魔力の流れがその部分だけ上手くいっていないのが見えるからだ。

 子どものころからそうだった。鎧を着こんだアラン様が傷を負っているのに気がついたのも、その様子と血の匂いからだけではなくて……。魔力の流れが乱れていたから。


「少しその場所から動かないでいただけますか」


 そう言って私は、フォード様のもとに近づいていく。あまりに深い傷をおった時、人は体だけでなく魔力が流れる場所が障害されるらしい。その場所は、魔力の流れが滞り、自然治癒は望めない。


「なにを……」


「しっ……。じっとしていてください」


 目の前にしゃがみこんで目を閉じる。そっとフォード様の左足に触れた瞬間、私の手のひらから金色の光が溢れて、魔力が流れていない場所に流れ込んでいく。

 子どもの頃に、アリアディールの神殿を訪れ回復魔法の力を初めて大神官様に見せた時に、「決して誰に対してもここまでの回復をしてはいけない」と、強くくぎを刺された。


 今になって思えば大神官様は、私の境遇も、聖女の秘密も知っていたに違いない。聖女の秘密を隠してくれていたのは、たぶん聖女である母と、魔女。そして、それに気がついた大神官様は、ことあるごとに私のことを呼び寄せては様々な方法で私のことを助けてくれた。


「信じ……られない」


 フォード様が、青ざめて震えながらそうつぶやいた。


「――――お願いがあります。私は、この部屋にいても助けてくれる存在がいます。たぶん、あと少しの間は力になってくれるはずだから」


「――――ユーミア様? もしかして、あの時陛下を助けたというお方は……」


 たぶん、フォード様が左足に傷を負ったのと、アラン様と初めて出会った時は同じだったに違いない。だって、二人が一緒にいればお互いがあんなふうに傷つくなんてなかったのだろうから。

 兄妹たちのせいで、アラン様は追い詰められたと言っていた。その一つが、フォード様の隊との分断だったに違いない。


 なぜかそう思った。そして、私のこういう時の直感は本当によく当たる。


「……どうかアラン様の元に行ってくれませんか? アラン様を守ってほしいんです」


 たぶん、無茶な戦い方をするアラン様と、フォード様の戦い方は相性がいい。そして、そんな相手がいなくなってしまったことに、まだアラン様は慣れていない。


「私は、あなた様をお守りするように……」


「陛下には魔女がついているからと、お伝えください」


「魔女、ですか?」


「そう、砂時計の魔女がいるからと言っていただければ、きっとわかってくださいますから」


 しばらく、抵抗していたフォード様も私の決心がどうしても揺るがないとわかると、勢いよくアラン様の元へ走り出していった。


 なぜか「永遠の忠誠を未来の妃殿下に捧げます」という謎の言葉を残して。


 その言葉がとても重いものだとは理解できる。でも、それについて深く考える前に、魔力を使いすぎた時の強い倦怠感を感じて、私は倒れこむようにベッドに横になると深い眠りに落ちていった。



最後までご覧いただきありがとうございました。

そして、誤字報告ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] フォードさんががアラン様の助けになりますように♪ どうかご無事で アフターケアも完ぺきな魔女さん 頼りになります^_^ [気になる点] 魔女さんの用事が気になります
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