男女の機微
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アラン様がいなくなっていた寝室で、私は悶えていた。自分のあまりのダメさ加減に。
私だって、男女の機微について全く知らないわけではない。王女としてそれなりの教育は受けてきた。結局よくわからなかったけれど。
でも、これはダメだ。きっとアラン様にも呆れられてしまったに違いない。
その時、扉が開く。
「起きていたのか」
すでに支度を完全に整えたアラン様が、目の前に立っている。
「もっ、申し訳ありません!」
「……どうした?」
「あの、陛下より先に眠ってしまうなんて」
「くっ……そんなことか。いや……可愛かった、ミア?」
そんなことを言われて、首筋まで暑い。たぶん今、私は真っ赤に頬を染めていることだろう。それにしても、アラン様。少し笑いすぎではないですか?
「ああ、今までこんなふうに笑うことなんてなかったな」
そういえば、なぜか支度を整えたアラン様は、最初に会った時と同じフルフェイスの黒騎士姿だ。とても素敵で目が離せないのだけれど、それが意味することに心臓が凍りつきそうになる。
「アラン様……どこに行くのですか。また、戦いに行くのですか」
「ああ、連れて来て早々、こんな場所に残していくことを許して欲しい。信頼のおける者を置いていくから、どうかこの部屋で待っていてくれないか」
「それは……アラン様のおっしゃる通りにしますが。でも」
「俺は大丈夫だ。もう、何一つ後れを取るつもりはない」
そう言ったアラン様が、フルフェイスの兜を外す。そこから現れたアラン様は、やっぱりとても素敵で、そして自信にあふれた笑顔をしていた。
「この場所だけは、俺が許した人間しか入ることができない。俺が守ることができない間、ここにいて欲しい」
「――――アラン様」
きっと、今の地位を守るために、国を守るために戦うのだろうアラン様は。
それなら、私はアラン様を止めることはできない。
――――でも、私は一人安全な場所にいるよりも、アラン様の傍にいたい。
「私は聖女です。それに少しなら戦えます。……連れて行ってはくれないのですか」
「ミア……。そう言うと思った。だが、今回は待っていてくれないか?」
アラン様は、絶対に譲らないという表情をした。わかっている。いくら回復魔法が使えるからと言って、大きな戦争ならともかく、機動力を重視した戦いをする場合には私なんて足手まといだって。
「勘違いしないでほしい。ミアの力はとても貴重で役に立つものだ。だが、今回は聖女であることが足かせになるから」
「どういうことですか」
「というよりも、なぜ今まで聖女が王族と子を成すことで次代に確実に聖女が生まれるという情報は秘匿されていた?」
「――――え?」
そんなこと初めて聞いた。でも、確かに聖女が二世代続けて生まれるなんてありえない。でも、私は聖女で母も聖女だ。アラン様の言うことが真実なのだとしたら。
「――――ドラゴン一頭では、対価としてもらいすぎだと魔女は言ったのか」
魔女の対価は、ときに残酷だけれどとても公平なものだ。魔女は、対価を確実に回収する代わりに、とりすぎることも許されない。そう母は言っていなかったか。
「そうか……。今になって真実が明らかになったのも魔女が対価に値する期間、情報を秘匿してくれていたからか」
「私が王族に嫁げば、確実に聖女が生まれてくるという事をですか?もしかしてアラン様はそのことを知っていたのですか」
「知っていた。というより、あの国で正当な後継者であるはずのミアの扱いを不思議に思っていたが、魔女の力で隠されていたなら合点がいく」
それでは、レイブランド王国が小国アリアディールの姫を求めた理由は。
「――――勘違いするなよ、ミア。俺は、ミアが聖女だから正妃に求めているわけじゃない」
私が不安に思ったことを、読み取ったかのようにアラン様がそれを否定する。
「だが、情報が流れ始めた今、各国がミアを手に入れようとするだろう」
「……じゃあ、今回アラン様が戦いに出るのも」
「嘘はつけない。だが、聖女であってもなくても、俺はミアを手放す気はない」
それだけ言うとアラン様は、戦いに赴いてしまった。
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