二人の寝室
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今日はたくさんの出来事があった。ジルベルト様と別れてから、騎士様は実は国王陛下なことがわかって、アラン様が毒が入っているとわかっている杯を飲んでしまって。
「うん。一日がこんなに目まぐるしいのは久しぶりだわ」
人生でも、5本の指には入る。昔攫われた時、魔女から貰った砂時計の力で傷ついたアラン様に初めてあった時、アラン様に名前を聞かれた時……。すでにアラン様がほとんどを占めていて驚く。
「ミア……長旅で疲れただろう。先に湯を浴びてくるといい」
「ふぁ……ふぁい!」
緊張のあまり、簡単な返事すら噛んでしまった。だって、同じ部屋に二人きりなのだ。ほかの部屋が用意される様子もないし……。
「ミア、心配しなくても大丈夫だ。結婚をする前に手を出すつもりはない。俺はソファーを用意して寝るから」
「え!そんなの疲れがとれないですよ。私がソファーで寝ますから」
「ん?さすがにそこまで残念な男になりたくないな」
「じゃあ別の部屋で……」
その時、アラン様が心底困ったような顔をして「すまない」となぜか謝罪してきた。
意味が分からない。部屋ならこんなにたくさんあるのに。
「この部屋以外に、完全に安全だと言える場所がこの王宮にはないから」
「アラン様……」
沈黙が痛い。アラン様は、子どものころからきっとそういう環境で生きてきた。私には王位継承権がなかったから、そこまでの出来事は少なかったけれど、聖女としての予知力がなかったら、たぶん生き残れていない。
小国アリアディールから来た王位継承権すら持たない姫。邪魔だと思う人たちも多いことだろう。
「分かりました。先にお湯をいただきます」
私は婚約者として一つの覚悟を決める。聖女は、傍にいればいるほど相手を守ることができる可能性が上がる能力が多い。
真実を導き出すにはハッキリしない予感に近い予知の力も。傍にいなければ癒すことが叶わない回復魔法も。そして、魔法に関して強い防御力を持つ光魔法の障壁も。
お風呂は、何もない私室に比べて高級品の石鹸やオイル、ふんわりとしたタオルなど充実している。お湯もすでになみなみとバスタブに入れられ、良い香りのする花が散りばめられていた。
明らかにアラン様は、こういった贅沢品は興味なさそうだ。つまり、私のために用意してくれたのだろう。
長旅でお風呂に入ることができなかった。なぜか私はとてもお風呂が好きだから、これだけはとてもうれしい。湯から上がると、シルクの寝巻が用意されていた。至れり尽くせりだ。
「アラン様、お先に入らせていただいてありがとうございました」
「ああ。……朝露に濡れた淡いピンクの薔薇のような髪の毛が美しいな」
「────っ?!」
「先に眠っていて構わない」
そういうとアラン様は浴室へと向かった。
いや、自分が使った後に入られるの、猛烈に恥ずかしいんですが……?
やっぱり後に入ればよかっただろうか。
座る場所も少ない私室に、いつの間にかソファーが運び込まれていた。
少しだけ寒々しさが少なくなった気がする室内。でも、本気でソファーで眠るつもりのようだ
「────まだ、眠っていなかったのか」
「…………」
「ミア?どうした」
「…………一緒に寝ませんか」
アラン様は瞠目したまま何も答えてくれない。沈黙が辛い。でも、もしも襲撃を受けても傍にいれば聖女の力でアラン様を守ることができるかもしれない。
アラン様はこの部屋が安全だと言ったけれど、完全に安全なんてこの世界に存在しないことを私は知っている。現に初めて出会った時、アラン様は死にかけていたではないか。
心臓の音がうるさい。少し静まってほしい。
「早く寝ましょう」
「はぁ。あまり俺を信用しない方が良いと思うぞ?」
「ところで十人以上の刺客に襲われていた時に、私を助けてくれたのはアラン様ですよね」
「ああ、あの時はミアがいきなり交戦中だったから驚いたな」
目が覚めた時には、すべての刺客が倒されていた。ジルベルト様が黒い騎士服の男性を見たと言っていた。砂時計が落ちるあんな短時間で私のことを助けてくれたアラン様。
「それなら、アラン様は私の命の恩人……。命の恩人に対しては、必ず恩を返すように母に教えられました」
「その理屈なら、最初に命を救われた俺も恩を返さないといけないな」
「私は、傷を癒しただけで命を懸けていませんよ?でも少しでも傍にいた方がアラン様のこと守れるかもしれないから」
アラン様がさもおかしそうに笑い出した。笑うような場面だっただろうか。
「ミアにとっては、俺はよほど弱く見えるのかな」
「そんなことないです……。アラン様はとっても強いと思います」
ただ、命をあまり大事にしていない印象があるから危なっかしいとは思っていますけれど。
「──そうだな。俺もミアを守りたい。じゃあこっちに来い?」
「…………」
「ん?どうした」
母が言っていた。冒険者たるもの、ここぞという時にしり込みしてはいけないと。
すでにベッドに横になってこちらを挑発するように見ているアラン様は、超絶に色気たっぷりだ。
それでも私は覚悟を決めて、布団に潜り込んだ。
暖かい人肌と、ハーブのようなさわやかなアラン様の香り。
「はぁ……。ミアはお子様だな」
アラン様のあきれたような、愛しむようなつぶやきも聞こえない。
長旅と緊張で疲れていたせいか私は速攻寝落ちしていた。
翌朝すでにアラン様が執務に出かけてもぬけの殻になっているベッドで目覚めて自分のダメさ加減に壮絶に気落ちした。
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