奴隷購入 ①-2-3
ダールの店で一泊しようかとも考えたが、そうはせずに俺は奴隷商の店へと向かった。
「これはこれはキルヒギール卿、奴隷の準備でしたらまだ――」
「準備はいい。手続きが必要ならダールの店へ行ってくれ。委任状も置いてある」
俺はそれだけ言うと金貨の入った小袋を放り投げ奴隷を受け取る。
奴隷の烏女は死にかけなので歩行がままならない。
もう一人奴隷を買ってそれに運ばせようかとも思ったが、無形収納蔵を持つ俺に荷物持ちは不要だ。買っても後々邪魔になる。
貴族たる身が奴隷を抱えて移動するなど世間体が悪いにもほどがあったが、その場には店主しかいなかったので店主に口止めをし、奴隷は手ずから運搬することにした。
奴隷をお姫様抱っこよろしく抱え上げると即時
――〈転移〉――
を実行。
現地に着いたら館の裏庭に移動し、無形収納蔵からマジックキューブを取り出して要塞を展開した。
――〈要塞作成〉――
マジックキューブの起動と共に大きな竜巻が発生し、暮れかけた赤い空へと大量の土砂を巻き上げる。
その土砂に紛れて現れたのはいくつもの黒い塊。
それらは急速に増殖をはじめ、物の数秒で連結し巨大な正方形を象りはじめた。
黒い塊が大きくなっていくにつれ竜巻は弱まっていき、気が付けば風の中心部にあったマジックキューブは馬鹿でかいつるつるした継ぎ目のない真っ黒な構造物と化していた。
よし設置完了。
中に入るかと思った時、抱えている奴隷がプルプルと震えていることに俺は気が付く。
え? 寒いの? と思って俺は急いで移動開始。
俺が構造物に触れると触れた部分から構造物の壁が左右に割れてスライドし、中の光景が見える。
そこにあるのはかつて存在していたという異世界の宿、パレステンボスの玄関だ。
急に明るくなった雰囲気を感じたのか、抱えていた烏女が息を飲む。
「何を驚く。お前の驚くべき事は、まだ始まってすらいないのだぞ」
声をかけて、進む。
そう、君には屋敷清掃というお仕事が待っているのだよ。ふふふふ。
なんて思いながらまずは一階の奥にある風呂場へ。
脱衣所で烏女を降ろし立たせる。
「貴様は薄汚れた今の状態の方が好きかもしれんが、その姿だと連れ歩くのに目立つ」
「(はい、ご主人様)」
しわがれた声。
無理やり声を紡いだという音。
ちょっと壊れ過ぎじゃない?
いや、使いつぶしても大丈夫な奴って頼んだのは俺なんだけども会話できないのは使いづらいなぁ。
「まずはその服を脱いでもらおうか」
俺に言われて烏女は服を脱ごうとする。
でもプルプルしててうまく脱げない。
体に力が入らないようだ。
めっさ時間かかりそうなので代わりに脱がせる。
囚人の服のようなみすぼらしいワンピースを脱がせるといきなりマッパでちょっと驚いた。下着は元々着せられていなかったようだ。
むむむ。女もののパンツなんて装備しないから持ってないぞ困った。
でもその前に体洗ってやらないと。
こいつについてる汚れは何なんだ? 白い泥? 垢の塊?
まさかアレじゃないよな。
だって処女なんだろ?
あ、でもぶっかけられていた可能性はあるのか?
ないのか?
どっちなの?
でも確かめるために手に取ってじっくり観察とか絶対に嫌だ。
ここは可能性のままにしておくべきか。それはそれでテンション下がるな。
はぁああぁもう。こいつ手足をうまく動かせないのか。マジか。
んもう、あ、もう! ちょっとこの奴隷、汚過ぎじゃないですかやだー!
「やむを得ん、少し手を入れるか」
毎回こいつを洗うとか面倒極まりない。硬直している体を洗うのが想像以上に面倒だったので、俺は奴隷が自分の体くらい自分で洗えるようにするため回復魔法
――〈肉体回復・C〉――
を使用する。
Fは小さな傷を。
Dは火傷や大きな傷を。
Cは骨折やたいていの外傷を回復させる。
恐らくBを使えば背中の翼も回復するだろう。
しかしそうなると掃除仕事の邪魔になりそうだ。
体の倍もある翼を常時背負った状態で清掃業務をやるのは大変だよね、って思ってのC。
「あぁ、あぁ! すごい! あぁ! からだが! ――」
歓喜の声を上げる少女。
うんうん初めて回復魔法を体験した人はみんなそんな感じになるんだよね。なんて思いながら見ていたら――
「見えます! ご主人様のお顔が! あぁ! すごい、こんなことって……」
烏女の目が一瞬銀色に光った。
あらら。
魔眼まで回復させてしまったっぽい。
おめめで悪さしちゃう困った能力なので損傷させたままにしておこうと思ったのにどうやら眼球は完全に破壊されてはいなかったようだ。
あっちゃー。やっちまったなぁ。なんて後悔している俺をよそに、烏女ったら感極まって泣きだしてしまった。
その感情はお礼を言い忘れるくらいの高ぶりっぷりだったようで、なんか頬まで上気させている。
――しまったな。体の不自由を解きすぎてしまったか。
奴隷商に奴隷の事を思うなら奴隷をよく扱うなと言われたのにいきなりやらかしてしまった。
俺はこの少女から虐げられる喜びをひとつ奪ってしまった。
はぁ、マジへこむ。俺は主人失格だ。
困ったなぁ、と思いながらも、しかしだからといって今更この手で少女の目を潰すのははばかられる。「ごめん今の無し、もっかい眼を潰すね?」とは言えない。そんな事俺には出来ない。ヘタレだからにして。
これは俺の失敗だ。しかたがない。この罪は甘んじて背負おう。
俺は胸中で少女に快楽を奪ってしまった罪を詫びた。