③-1-1
烏女達が建てた長屋の角部屋。そこが烏女界での俺の部屋だ。
畳の六畳一間。
部屋の中心にはコタツがあり、それ以外何もない。
当初烏女達に専用の別棟を建てるといわれたのだが無駄なのでやめさせた。住むだけなら急造要塞でこと足りるし、事務所としてしか用途がないのだから改築する必要がないと思ったからだ。
そんな我が居室にて、現在三名が打ち合わせをしていた。
「お帰りなさいませご主人様!」「おかえりなさいませアトラス様」「おかえり勇者」
一人は世界樹統括ディオネ。
一人は領土防衛統括プロパドール。
一人は領土開発統括ノア。
みな、こたつに入っている。
おかしい。
何故部屋の温度を十度以下にしているのか。コタツの概念を理解しているのはわかるが、環境を合わせてまで使用するものではない。
コタツに乗っているのがミカンではなく我が領土の周辺地図であるというのも違和感甚だしい部分だ。しかもかなり詳細な地図。その出来栄えから王国のものではないと察しが付く。
いや待て。地図の上に置かれている三角の駒はなんなんだ? 領土外側へ頂点を向けた駒配置は軍の作戦本部とかでみかける部隊の進行具合を示す奴っぽいけど、はははまさかな。そんな訳ない。だってうちには軍隊などないのだから。
説明を求めたい。
「なるほど。そういうことですか」
俺の問いにプロパドールがインテリ眼鏡をくいっと上げる。
こいつ今まで眼鏡なんてかけてなかったのに防衛任務を与えてから眼鏡をかけるようになった。
心構え的な何かなのだろうか。もしくは単におしゃれに目覚めたとかかっこつけたくなったとかだろうか。色付きインテリ眼鏡と組み合わさったからか、最近は白いスーツがヤクザスーツっぽく見える。
「流石勇者。ボクに否はない」
一方で赤いゴスロリ服を着るようになったノア。
中の黒い布地と銀の刺繍装飾がカッコいい。っていうか強そう。
「ご主人様が出かけられるというならわたくしも。筆頭奴隷としてご一緒させていただきます!」
コタツから出て立ち上がるディオネ。
彼女が着ているのは紫紺のメイド服だ。エプロンがなければ修道服に思えるデザインで肌の露出はほぼない。
背が小さいので子供のメイドごっこ遊びにも見えるが、俺的に凄いツボであることは伏せておく。
「おや? 貴方には天使の管理という仕事があるのでは? アトラス様にご一緒するというのなら私が代わりに行きましょう」
「何をおっしゃいます悪魔王。私は世界樹の巫女である以前にご主人様の奴隷なのです。わたくしが行くのが当然といえるでしょう」
「待って欲しい。ボクが一番身軽。ボクが行くべき」
「妖精王にはご主人様の領土を開発する妖精の監督任務があるではありませんか」
「それはオートだから問題ない」
「私も責任者たる部下がいるので問題ないですね」
「いいえ問題です。貴方達は奴隷ではないのです。奴隷にはご主人様に一日中奉仕をしなければならない義務がありますので」
「これは異なことを。その言、左から右過ぎて受け流せませんね。それをいうなら眷属にだって同じ義務があると思いますが?」
「ボクは勇者の永遠。だからいつも一緒にいるのは当然。本当なら今この時も、くっついているのが自然」
そういって抱き着いてくるノア。
「な! 何をしているのです妖精王! 離れなさい!」
「無理。ボクらは比翼の鳥」
「ならばわたくしとご主人様は連理の枝です! 貴方は知らないでしょうがわたくしはもう既に何度も何度もご主人様と――」
「ちょ、ちょっと待てストップ! 何の話だっていうか皆落ち着け。ステイ! ステイだ!」
何でいきなり俺の情事が暴かれる流れになったのか。意味が分からない。そして俺をどこに行かせようとしているのか。そもそも俺、出かけるなんて話もしてないよね?
「みな待って欲しい。話を整理しよう。まず、私が出かける流れになっている点についてだが――」
「まさに! 仰る通りです! 先ぶれの話を省いてしまい申し訳ございませんアトラス様。私の不徳の致すところです、お許しください。先ぶれの人選についてですが、私としては、私の配下である精神支配系スキルが豊富な魔将が適任と考えておりまして、ご裁可いただけましたら幸い――」
「待ってください悪魔王。精神支配は効果時間が切れた時問題が起きます。騙されたと相手側に不満が出ることが考えられます。ならば最初から誠意をもって交渉しましょう。ここは交渉に長けたリコが適任です。ご主人様、何卒この件は私に――」
「相手の感情を見抜くなら妖精。妖精は生物のバイタルデータから悪感情を完璧に見破る」
「お二人とも、何か勘違いをなさっているのではありませんか? 悪感情などあろうがなかろうが関係ありませんね。契約書を作ってサインさせてしまえばいいのです。相手の恨み言など右から左に流してしまいましょう。契約に背くなら力を持って臨めばよいではありませんか」
「ご主人様は力ずくの解決を望みません。悪魔王の考えは早急だといわざるを得ません」
「勇者は騙したり騙されたりを嫌う。腹芸? とかいうのを嫌がる。ここは真実を見抜く力を振るうべき」
「妖精王、真実を見抜くだけでは交渉になりません。私は過去に人間の奴隷商を観察した経験があるのでわかりますが、交渉とは時に相手の嘘を認めてやったほうがうまく運ぶのです。ここは海千山千人の心を手玉に取ってきたリコこそが力を発揮するかと」
「おやおや天壌の癒者ともあろうものがなかなかにゆったりなことをおっしゃる。しかしあなたの言う交渉は果たしてスマートといえるのでしょうか。アトラス様の威光を損なうような泥臭い人情話的交渉など不要かと思いますが? 私の部下ならばもっと簡潔に――」
白熱する三人の談義。
正直何言ってるかわからない。というかハナから何の話をしているのかまるで理解できない状況。でも、それを理解をしようとする前に自分が行動を起こさなければならない流れだという事だけは何となく察しが付く。
これはあれだ。この三人の案、誰のものを選んでも禍根が残るやつ。
そんな予感がひしひしとしたので、俺は問題を先送りにするために斜め上の回答を選ぶ。
「お前たち。議論が白熱している中すまないが、私はその件については――31(サーティワン)に一任しようと考えていた。なのでお前たちは、彼女にわかりやすく……そう! 子供でも分かるように! 彼女に懇切丁寧お前たちの考えている策を説明してやってはくれないだろうか」
それを聞いて固まる三人。
「……なるほどそういう……そこまでお考えでしたか」
「んー。しょうがない、わかった」
「ご主人様のお考えに従います」
「う……うむ」
あれ。
えっと。それでいいのか?
俺は三人のあまりの引き際の良さにかえって心配になる。
31(サーティワン)――自称魔法少女。かつての同僚だ。彼女なら変な駆け引きに影響されずに今起こっているイベントについて俺に教えてくれるはず。彼女は俺がネイルズ時代の先輩だからなのか俺の指示に素直に従ってくれるし、凄く慕ってくれているから無茶振りしても何とかなるんじゃないかなって思っただけだったのだが、なんかこの三人から漏れるあいつへの信頼感がパナい。彼女が俺の想像以上にこの三者に認められていそうなこの空気には不安を覚える。
なんだろう。急に失敗したかもしれない気分になってきたのだが。大丈夫だよね?
彼女なら先輩を上手にフォローしてくれるだろうくらいにしか思っていなかった俺。もしかしたら何か重大な見落としがあったりするのだろうかとちょっとドキドキしてきた。
まさかな。なにもないよね。大丈夫だよね。彼女、俺を立ててくれるって信じてるんだけど。俺の想像を超えてくる何かをしでかしたりしないよね。大丈夫だよな。
大丈夫だろう。うん、大丈夫じゃないかな。きっと大丈夫だ俺の考え過ぎだ。
これはフラグじゃないぞ。




