②-1-2
一投目。
空をつんざく激しい音。
あっさりその姿をさらした城は槍によってガリガリと直線状に削られる。
ぽっかりと穴が開いた城がゆっくりと降下し始める。
あっけない。
拍子抜けするほどの紙装甲だ。
――随分と柔らかい建材で出来ているのだな。これではもう一回やったら崩壊しかねんぞ。
俺は槍をしまう。
こんなに脆いのでは下手に攻撃すると姫を巻き込んでしまう。真ん中じゃなく端っこ狙っといてよかった。
『シノビ。ユニットジョイン。城まで飛ぶ』
『アクセプトアンオーダー』
俺は高くジャンプして空をぐるぐる回っていた凧を鎧の背中にジョイントした。
凧の推進力を得た俺の身体が猛烈な勢いをもって更なる上空へと打ちあがる。
城へ向かって一直線。槍で穿った穴に向かって飛ぶ。
『侵入経路解析。構造物ノ構造推測データヲ表示シマス』
兜の中に響く音声の後、視界にMAPが表示される。
城に空いた穴から中に入ると、すぐに自分を起点とした半径十数メートルがオートマッピングされ始めた。魔力波を利用したアクティヴソナーによるものだ。
『一番上が城の中層部か。生体反応は?』
『範囲内ニ生命体ノ反応ハ、アリマセン』
槍が斜めに貫通しているため穴から城のてっぺんへ行くことは出来ない。上に行くには階段を使う必要がある。
ただの攻略なら真上に穴をあけて進むのだが今回の目的は姫の救出だ。下手に穴をあけて進んだ結果姫を巻き込んでは取り返しがつかない。ここは慎重に階段を探すべきだろう。
「なんだかなつかしいな、この感じ」
フロア内を歩きながら、俺は久々に冒険をしている気分を感じていた。
今までは敵を倒しつくせばいい生活だったので慎重な行動とは無縁だった。
慎重に。慎重に。
そうしたら、うーむ。なぜだろう。歩いているだけなのに、さっきから罠が作動しまくっている。毒の矢とか回転床とか落とし穴とか釣り天井とか結構えぐい感じに。全然効かないけど。
「あ……これか?」
ふと、周りに無頓着すぎると言っていたダールの言葉が頭をよぎる。
当時は「何言ってんだよこのおっさん守銭奴」とスルーし馬鹿にしたものだが、今思えば的を射た注意だったかもしれない。普通に歩くと罠ってこんなにいっぱい出てくるものなのか。
歩くにつれて外から入ってくる光がなくなっていき、だんだんと中は真っ暗になっていく。
暗視機能と赤外線熱探知機能と魔素探知機能を備えたヘルムが周囲の情報を表示する。
苦も無く階段を見つけた。
それにしても敵の居城に単身乗り込んでいるというのにお出迎えなしというのはどうなのか。
歓迎してくれるのは罠ばかり。オートマチック化がすぎる気がする。
――経験値を稼がせない攻撃か?
勇者は冒険を始めると最初は適度に倒せる強さの敵に邂逅する運命に導かれる。
まるで経験値を稼いで徐々に力をつけてくれと言わんばかりの、程よく弱い敵にエンカウントする人生が始まる。
歴代勇者の中にはそれが嫌で敵から逃げ続けて先へ進みだんだん強くなる敵ににっちもさっちもいかなくなった挙句ストレスで色々だるくなって人生をやめてしまうケースも稀にあったらしいが、大抵はそれでコツコツ強くなる。
けれど間違っても敵がいないとか、逆に魔王軍が全兵力で殺しに来たとか、そういうのはないらしい。
何故魔王はそうしないのか。
――そういえばそんなこと考えたこともなかったな。
アクティブに姫をさらいに来るくらい行動力に溢れている魔王なのに。今考えてみると、勇者を弱いうちに殺しに来ないなんておかしい気がする。
――魔王は敵対諸国に軍勢を回していて勇者を倒すのに数を割けないから軍勢が派遣されない説。という話をそういえば聞いたことがあったような。
手が足りないから勇者を殺しに来ない。ということは、人間連合と魔王軍は戦力が拮抗して、勇者は人間連合よりもプライオリティが低いと。
――勇者が魔王を倒す唯一の存在だとするならトッププライオリティで望むべきなのではないのか?
魔王軍というのは実は四天王とそれに関連するわずかな魔物の組織だ。これは魔王を倒した後城の財を回収している時に、たまたま紛れていた国家運営書類で知った。
人間が魔物と区分する魔王軍に属さない魔物――つまり害獣――は、基本自分の住みたいところに住んでいて移動しない。全ての魔物が魔王の意のままに動く統率の取れた兵士というわけではないということだ。あいつらは魔王の指示で勇者に絡んでいるのではなく、人という脆弱なエサが近くにいると認識したからからんでくるのだ。
あたかも魔王は魔物が自分の陣営に属する先兵であるかのように喧伝してはいるが、本当は無関係だったというオチ。完全なる赤の他人。面識ゼロ。魔王軍のお仕事とは、属する労働力を適材適所に配置して追い込み漁の要領で魔物を移動させ、人間の町を襲うよう扇動することだったワケ。そうやって後に火事場泥棒宜しく物資や財を回収する。実はとっても堅実で地味。
――あ、違うか。魔王軍は勇者対策として最適解を狙ったのか。
魔王軍は時に国の要職者に化けて義勇兵を派遣されないよう事前に手を回したり人間同士で争うようよう暗躍政治したりという割と根気のいる裏方な仕事もしている。
勇者という存在はその立ち位置から、魔王軍の起こした悪事から人を助ける為厄介事に捕まっては時間を搾取される。それら数々のイベントの中には人間同士の嫌な面とか見せられたりするものもある。めんどくさい愛憎劇とかにも巻き込まれるものもある。
俺は今まで何にも考えなかったけれど、繊細で敏感で思慮深い人の目には、これはかなりきつい仕事に映ったかもしれない。つまり今思えば――今思えばだが、いくら殺しても精霊や神の加護で生き返ってしまう勇者にとっては、実はそういう人と人との関わりのしがらみに突っ込ませることこそが一番効果的な攻撃となったのではないかという仮説。
『前方ニ収束スルエネルギー渦ヲ確認。フロア一帯ニ結界ガ張ラレツツアリマス。緊急脱出シマスカ?』
とか何とか色々考えてたらシノビから注意喚起を受ける。
「いやいい。お出迎えだろう。この感じ、覚えがある」
この耳抜きしたくなるような張り詰めた空気感は恐らくノアの仕業だろう。妖精王の権能を行使したのか。
『全方位ニ次元連結運動ヲ確認。展開術式ノ解析ヲ開始……展開サレタ術式・区分:儀式魔法大典礼術式……〈シャーウッドの森〉ファンデルワールス接触ニヨル多次元迷宮接合型エピクロス肆構造ノ結界ニ隔離サレマシタ』
「シノビ、干渉するな。恐らくは結界士としてのノアの本気、パラダイムシフトした次世代結界だ」
いうが早いか一瞬で世界が反転する。
差し替えられた景色。周りは森。適度に伐採された木々の間。木漏れ日溢れる明るいすがすがしい世界。
その先にいるのは、赤い装束をまとった小柄な少女。
「久しぶりだな。ノア」
「……勇者」
俺は歩く。彼女に向かってゆっくりと。
だが彼女は動かない。俺を見つめるだけで直立不動。
彼女はその場から微動だにしていないが、彼女の周りの大気は揺らめいていて、その赤いシルエットはわずかに動いているように見える。
妖精王ノア。またの名を、煉獄に住みし終焉の不死鳥。
動かない彼女は、代わりに口を開く。
そうして、思いつめた目で告げる。
「勇者。ボクに永遠を与えてください。君となら、ボクはなにも怖くないから」




