幕間①-1 メタトロンの失墜
都会の明かりを忘れて久しい。
私はあの明かりの中で生きていた。
眼下に広がる田舎の風景などではなく。
メトロポリスが夜の中に輝く眠らないあの場所。
神がごとき力を与えられても、何の慰みにもならない。
強大な力を備えているからなんだというのか。
こんな原始時代で多少文明の知識を持っていたところで、その程度では私のいた文明社会を再現することなんて出来ない。
私は金持ちの家に生まれた。
何不自由なく育ち、何不自由なく過ごしてきた。
金持ちは偉い。
みんな私の言うことを聞いた。
だから私は下々が差し出すものをただ食べるだけでよかった。
当然下々の作り出した成果物の出来上がる過程など知らない。ゆえに作り方も知りもしない。
当時の文明を再現できないのは道理だ。
この世界に落とされ亜神となって生まれながらに力を持っていても、何をどうしていいかわからないのでは手の打ちようがない。
手を触れずに物を壊せたからなんだというのだ。
体一つで空を飛べたからなんだというのだ。
そんなものではない。私が欲しかったのはそんなものではない。
この身体は不死。この身体における死は単なる機能の停止であり、壊れたとしてもやがて再起動する。
そういう意味ではあらゆる傷害を受けず、老いることもなく生き続けられるこの身体こそ、前の世界で多くの人々が求めやまなかった不老不死であり、だから最初は悪くないチートだと思えた。
確かに初めのうちは良かったのだ。最初の百年はそこそこ楽しかった。
知識チートで近場の人間にちやほやされて悪い気はしなかったし、文明開化の音を紡いでそれなりに楽しく過ごせた。
でもそのうち飽きた。文明開化が頭打ちになったからだ。
どうやってもパソコンは作れなかったし、どうやっても宇宙には行けなかった。
この世界の空には魔力がない。魔法で飛べる区域にも限界があった。
私が前世で興味を持っていた色々なことは、私一人だけが知っていて、私一人しか知らない。どこまでいっても、何をやっても、その先を行くことができなかったのだ。
だから私は文明を滅ぼした。
人間は少し知恵を得ると戦争ばかりする。
人々が発展して、一緒に未来を楽しめればと願い開示した前世の知識。
でも、知識を得た人間たちの行きついた先は、戦争。
まともじゃない。
人類が得た知識を人類が最初に結び付けるのは、必ず戦争の道具。
その時平和を願うのは貧乏人や力を持たないものばかり。
力を持つ者らは他者をいかに従えるかという問題で頭がいっぱい。
人間社会は権力者と、権力を打倒するために平和を唱え新たな権力を集めようとするサイコパスに分かれた。
こんなの何が楽しい?
人間は魔物と遊んでいるのがお似合いだよ。
人同士で争うよりは、そっちの方がましかもね。
だから私は、私が作った文明を滅ぼしふて寝してた。
寝ることも死ぬことも変わらない。
同じ無だ。
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でもある時。
たまたま起きたら面白いものを見た。
それはサバトだった。
一人の人型が、エロイことばかりして遊んでいたのだ。
その者は、それはそれはもう、よくそんなことまで考えつくなというエロエロなエロだった。
私は最初ぼんやり暇つぶし程度に眺めていたが、眺めているうちに、眺めなければ物足りないと思うくらいにそれを眺めたくなるようになっていた。
その人型は、魔王。
この世界を創造した何者かが作った人類飼育ケージの回し車機構「勇者と魔王」のパーツ。
それが、本来与えられた人を殺すという役割に専念せずスケベばかりしている、いや、スケベすることに命がけで没頭していた。
魔王は性の探究者だった。
あらゆる生き物との交配を試そうと燃えていた。
かのものは知識を求め、研鑽を積み、やがて生物に備わる脳内物質の存在を突き止めたかと思うと、それをコントロールせんとして薬を研究し、この世界独特の薬学を確立していた。
驚くべきことだ。
私の知っている知識とはまるで違う知識体系から、私の知っている薬と同じ効能のモノを彼は作りだしたのだ。
セックスドラッグ。多種多様。それもかなり強力な。
魔王は年齢による性の聖域論、つまり、精神のエロにまで手を伸ばしていた。
ぺどろりじゅくじょなんでもござれ。
彼のスケベ欲はとどまるところを知らず。出来ない媒体には薬を投与し出来るようにする鬼畜所業。彼はスケベ探究者として日夜スケベにいそしんでいた。
その知識欲はあらゆることに派生し、「勇者と魔王」システムによって備えられている持ち前の天啓福音《魔術錬成の極み(オー・ルボワール)》と噛み合って、魔王は様々な術式作法を生み出した。
私は刮目した。
驚くべきは、その術式の精度。日を重ねるほど作法精度は高まり、いつしかそのレベルは、分野によっては神の域に届くものとなっていた。
――これ、もしかして、ワールドシステムくつがえす? これってやりようによっては、この世界に穴、あけられる?
世界の統制機能たる勇者と対の存在たる魔王には、世界機能の編集カスタム機能が備わっている。
とはいえそれは既にあるものを編集するだけのもので、だから所詮どんなにいじくっても世界のおもちゃどまり――最初はそう思っていた。
だが観察するうち私は、その可能性を疑わずにはいられなくなっていた。
【世界の秩序の穴をついたオリジナルのシステムの構築】。
いつしか私は――魔王の嬉々としてエロに励む所業を見ているうちに――この世界の穴空けをやってのけられるのではないかという希望を持つようになっていた。
これはひょっとするとひょっとするかもしれない。ひょっとこさっとこなアレで元に世界に帰れるかもしれない。
当代の魔王は天才だ。
エロ科学者、いやエロの預言者というべきか。
彼の手はもはや【魔神の手】や【聖神の手】を越えた、例えるならそう、【釈迦の手】だ。
私は魔王に与することを決断した。




