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◆◆◆◆◆◆◆【31(マキ)視点】 ◆◆◆◆◆◆◆
「勇者アトラス、と、人は俺の事を呼ぶ」
私はその言葉に驚き息を飲みました。19ほどの使い手です。彼が勇者と旅をしていただろうことは疑いもしませんでしたが、まさか彼自身が勇者であったとは思いもよらない事実でした。
――あぁなんてこと、彼が勇者だったなんて……。
その衝撃は私の中の恋慕を強める劇薬となり、私の体の隅々を蕩かします。
――あぁアトラス。私のために、来てくれたの?
私の脳内で勇者様が私に向かって語り掛けます。
「勿論さ。君を守るためにやってきたんだ」
とか言って私の手を取り。
「これからは、僕が君を守るよ」
とか言って私の手を握る。
なんちゃって。なんちゃって。
ふぉおおおお!
ふぉおおおお! ふぉおおふぉおおふぉふぉふぉおおおお!
はぁ、はぁ。
すみません調子に乗りました。
余計な妄想でしたね。死にます、もう脳漿ぶちまけて死にます。私ごときがおこがましくもそんな乙女みたいな夢をのたまうなんて罪深過ぎましたはぁぁもうだめだぁもうダメですぅ指全部折りますぅふぇぇ。
彼なら勝てる。
この目の前にいる信じられないくらいの高みの存在たる大悪魔にも。
私はそれを信じて疑いませんでした。
そして始まった戦闘。
剣戟。
恐るべき速度での踏み込み。――それを回避する悪魔。
勇者の一撃をいなした悪魔の手は膨れ上がっており、その爪は長く伸びていました。まるで体の一部分だけが古代上位悪魔にでもなったかのようなアンバランスなシルエット。
悪魔の手は、続く勇者の二撃目を反撃の一撃で相殺します。
「すご……い」
気が付けば、私はそんな声を漏らしていました。
人の域を超えた戦い。肉眼では捉え難い二者のぶつかり合い。幾重にも重ねられる勇者の剣の閃き。それをかろうじてしのぎ逸らす悪魔の鋭利な爪。
魔素の流れを追うことでかろうじて理解できる戦いは、私にとって初めて目にする頂上の死闘でした。
勇者の攻撃は一見、悪魔王に的確にいなされ弾かれているように見えます。にもかかわらず悪魔の白いスーツは次々と所々を切り裂かれ、その周りに黒い血をにじませていました。
――早い……早すぎる。
私は息をするのさえ忘れ見入ってしまっていました。この身は魔法少女ですから剣技については門外漢ですけれど、だけれどこれが人間の業の域でないことは容易に理解できます。
自分と悪魔との間に必ず身を置き戦い続ける勇者の姿は、まるでピンチの時に颯爽と現れ敵を退けるタキシードを着た仮面の美男子のよう。いつ彼が薔薇を投げてもおかしくない、そんな空気が私の恋のボルテージを高めるのです。
「流石19……ううん、私の勇者様」
思わずうわごとのような声が漏れてしまいました。
いかに元年金受給者とはいえ、私は今はうら若き少女なのですから、ちょっとくらいこの甘い熱に身を委ねても罰は当たらないじゃないかみたいな。あぁ、私がこの気持ちをテレビドラマ以外で味わうことがあるなんて。
今の私は恋する乙女以外の何物でもないでしょう。
――頑張って。勇者様。
私は待ちました。私を守りながら悪魔と戦う若き勇者が勝利を収める瞬間を。
私は確信していたのです。悪魔などに私のヒーローが負けるはずがないということを。
「くっ!」
短く呻く悪魔。
今まさに、それを証明するかのように悪魔が勇者の下段からの薙ぎ払いを受け上空へと吹き飛びました。そこかしこを切り刻まれた悪魔は肩で息をしつつ間合いを測っています。
「お見事です」
上空で両手を前に出し、やめてくれと命乞いのポーズをさらしている悪魔。
勇者はその姿に、剣を構えたまま凝視しつつも動きを止め様子を伺っています。
「噂以上の恐るべき力。やはり貴方様は至高なる御方。自らの不運を嘆くばかりです」
言葉遣いは丁寧ですが悪魔の表情に余裕はみられません。命からがらの恐怖に迫られた気色が見て取れます。
だからです。悪魔の口をついた続く言葉に私は虚を突かれました。
「降伏致します。証として、我が心臓をお受け取りください」
「……いいだろう」
――え? いいの?!




