①-4
慇懃にして無礼。
丁寧に頭を下げる悪魔を前に、私たちは絶句します。
恐怖が駆け抜けて、全員の鼓動を早めます。
「悪魔め! もう勝ったつもりか!」
全身鎧の同僚がバスタードソードを構え吠え、その後ろではベージュのフード付きローブをまとった同僚が長杖を構え戦闘補助の魔術を行使しました。
でも私は動けません。
私には見えます。
あの男の周りに揺蕩う禍々しい魔素の残粒が。
下手に動けばあの禍々しい力が、変幻自在に形を変えて私たちを貫くでしょう。
魔法を放ってもかき消されるか、反射されるのがオチです。
魔法使いの私に成す術はありません。
ショートロッドを手にしたまま、呆然とその場に立ち尽くしていると
「どうしたマキ。しっかりする」
それに気付いた黒装束覆面の同僚が声を掛けます。
彼女は短刀を構えたまま、私の隣に立ち檄を飛ばしました。
けれど私は動けません。声を発することすらできない。まさに蛇に睨まれた蛙状態。
「なるほど。彼女だけがこの状況を正確に理解されているようですね。しかしだとすると疑問です。どうしてあなたたちは、仲間なのですか?」
「……なんだと?」
「いえ、あまりに実力差がありすぎるのではないかと疑問に思いまして。色々考えてはみたのですが、貴方たちはパワーレベリングを受けている寄生虫という理解でよろしいでしょうか?」
「なんだと!?」
その挑発に重鎧の同僚が激怒します。
それはそうです。
私は魔法少女ポジションなのです。
うっかり天然なかわいいマスコット的立ち位置なのです。
それがこの中で最強とか言われても笑えません。
真実を明かしても誰も喜ばないというのに、そんな理屈さえこの白スーツ口ひげ男は右から左に受け流してしまったのです。
「この腐れ悪魔が!」
重鎧を着ているとは思えない速度で悪魔に迫る同僚。
剣の切っ先を前に押し出すように、その重量を活かした重い突進が悪魔の腹部を捕らえました。
「っ?! ――な……」
「――この程度の突進では、指先一つで止まってしまいますね」
腹部につきたてられたと思われた切っ先が、悪魔の小指の腹に受け止められています。
皆には男が小指で受けているように見えるでしょうが、本当は魔素が彼女の全身を受け止めているのです。
なので同僚がどんなに力を込めても、それは微動だにしません。
しかし小指で受けられていると思っている私以外の全員には、その力量差を効果的に示されたことでしょう。
チラ見すると、全員の顔が引きつっていました。流石芸人、エンターテイナーです。
〈忍術・変わり身〉
間をおいて、戦士の同僚がその場から消えたかと思おうと、代わりに小石が現れます。
依り代を媒介とした変性魔術・忍術です。小石が地面に落ちる前に、女戦士は覆面同僚の真横に移動です。
「助かった」
「礼は早い。アレは強い」
覆面女と女戦士が再度、悪魔に向かって身構えます。
けれど悪魔は彼女たちを一瞥することすらなく、一方的に告げました。
「さて。結界術の阻害に現れたのかと思ったのですが違うようですし、私はこの辺で失礼させていただきます」
「結界? あれの事? あの大きな炎の壁は、お前の仕業?」
「そうですが、なにか?」
「やっぱりそうか! 悪魔の悪行を目の前にして見逃す訳にはいかねーんだよ! てめーにはここで死んでいきな!」
いや。
いやいや!
見逃しましょうよ!
ここは全力でおかえりいただきましょう!
私は心の中で絶叫しました。
この女無謀すぎます。私は勇敢だと思っていた彼女の評価を取り下げます。この人は馬鹿でした。
「ふむ。そこの立派な鎧のメス人君。あなた達の脆弱さは先ほどのやり取りで分かりました。そして私たちの出会いもどうやら偶然。事故だということもね。ならばこれ以上関わり合う必要はありません。あの方たちが死んでしまったのはお気の毒でしたが、貴方達の人生に事故はつきものでしょう」
「ふざけるな! 仲間を殺されて事故で納得できる人間はいねーんだよ!」
私は血の気が引いて眩暈を起こしました。
ふざけているのは貴方です。
相手を見て口を開きましょう。
相手は大儀式魔術を行使する悪魔です。
大典礼ゲッセマネの虚灯は伝説に出てくる亜神の能力なのです。
こんなのを相手にしたらどう考えても私たち死にます。死んでしまいます。
「そう声を荒げなくても聞こえておりますよ。わかっていますとも、別れの挨拶ですね? ではこのくらいで。〈生命力霧散〉」
「「「――っ?!」」」
その一撃で、私を除く三名はその場で意識を失い地に倒れました。
私がレジスト出来たのは、ひとえに魔法少女補正のおかげです。受動型特殊技巧〈愛の2-4-11〉の効果です。
アイドルは沈まないって奴です。
でも油断しました。
どうして私は杖を構えたまま悪魔を見据えているのでしょうか。
一緒になって倒れて死んだふりをするのが正解でした。
ですがタイミングを逸しました。
肝心なところでミスった自分のうっかりを責めます。
馬鹿馬鹿私のバカ。これでは戦意アリと見えますよね。
はぁ。
こうやって、悪いことの全ては、全部私から始まるんです。
きっとそうなんですよ。
はぁ。もう駄目だ。
もうダメですぅ。
しっかりと悪魔を見据える私に、悪魔はニヤリとします。
「――おや?」
死んだ。私がそう思っていたらです。
悪魔の動きが止まりました。
そして、ぴくぴくと耳が動きました。
やや間をおいて、上空から風切り音。
急に、悪魔がとても大きく後方へ飛び退きます。
そこへ入れ替わるように、隕石が落ちてきたのかと見まごう程の落下物の飛来。
私は瞬時に身を伏せました。
伏せながら、もうもうと舞い上がる煙に目を向けます。
土煙の中に現れたのは、一人の人型。
「……城の周りに移動阻害の結界を張ったのは、どっちだ?」
その声に、私はドキリとしました。
こんなところで。こんなタイミングで。
信じられません。しかし、私がその声を聴き間違えるはずはないのです。
土煙が晴れていくその中には、青・白・金の全身鎧を着た人の姿が。
その姿は、市井の噂する勇者の姿そのものでした。




