世界変革の鬨 ④-3-1
「……え?」
声をあげたのはマルギットだ。
最近よく見る驚愕の変顔をしていた。
片やディオネは目を細めはしたが平静としている。とても対照的な二人である。
「かしこまりました」
「え? えええ?! あの、ご主人様、植え替えるって……」
「だってこのままでは死んでしまうのだろう? せっかく芽吹いた命を絶やすこともあるまい」
一緒に住めないなら別居すればいいだけじゃないのか?
よくあるじゃないか。諸事情で離婚はしないけど別居してそれぞれ暮らしてるみたいな話。人間だと案外それが悪くなくてそういう関係が長くなっていく中で友達みたくなって「俺たち何で結婚してるんだろうね一緒でいる意味なくね? でもめんどくさいからこのままでいっか」みたいな関係でズルズル夫婦として生きていったりするんだけどね。同じマンションの別室に別居するなんてケースもよくある。けど、世界樹の共生は生死にかかわるみたいだからここはスパッと遠く離れた場所に住み替えるべきだろう。幸いにして俺には自由にできる土地がある。
「ですが、え……世界を、植え替えると……?」
いや、植え替えるのは世界樹な。世界じゃない。
「大げさだな。確かにこの苗にとっては新天地だろうが」
「いやそういうことでは……」
うめくマルギット。信じられないものを見るような眼で俺をガン見。
何だよその目。
俺のことをまるで信用してないな。
このくらいの木を植え替えるくらい園芸の心得がなくてもやれるだろ。失敬な奴だな。
「ご主人様。私たちは世界樹に触ることができません。巫女である私だけは触れますが植え替えるとなると……」
「いや任せるがいい。これでも俺には農家でお手伝いを一か月した経験がある。植え替え程度造作もない」
「さすがご主人様です」
ディオネはそう言ってにこやかにほほ笑む。
見たかマルギットよ。このディオネの俺に対する信頼感忠誠心。
それに引き換えお前はまだまだだな。全然俺のことをわかっていない。
木の植え替えなんて超簡単だぞ。一本くらいなら自分でやった方が早いし。
まぁ烏女が世界樹に触れないって言うのはいわゆる宗教あるあるだろう。ご神体に直で触るなどとんでもない! みたいな。
実際農作業超大得意なお前らがそんな簡単なことできないわけないもんな。そういや天使がどうとか言ってたし、縛りプレイ本当にお疲れ様だよ。
うんうん宗教、宗教ね。いやいやいいよいいよ、いい、ないす大丈夫。俺はみんなの信仰の自由を保障します。どんな神様を信じようとそれは個人の自由。ノープロブレム。むしろそういうのっていいと思う。宗教はニンゲンの偉大な発明であるからにして。うぇーい、ご神木を植え替えるなど恐れ多いわーひゃっはーかみだぁ、ってね。おーけーおーけーがなびーおーけーすべてを守れる盾になれーぃ。こんなの溝落とし決めるより全然楽勝です。
「お前たちは戻っていいぞ。話は終わりだ」
「ご主人様。もし御許可をいただけるなら烏女全員をご一緒させていただけないでしょうか」
「ん? 何故だディオネ。すぐに終わるぞ?」
「恐れながらご主人様。我が一族は世界樹に並々ならぬ思い入れを持っておりまして、その幼木が新たな地に迎えられるという偉業に大変な関心を持っております。その瞬間を共にするという栄光に浴する機会を与えられたなら、彼女らはもはやご主人様なくして生きられぬほどの忠誠を抱くこと間違いございません。
加えて私は、こと世界樹に関しては少々明るくある身です。ご主人様が植え替えを終えられた後、世界樹と地脈との魔術的接続をお手伝いさせていただけたならこれに勝る喜びはございません」
「ふむ」
うん。見物したいのはわかったけど、魔術的接続?
あー。なるほど。この苗を植えた先でもこの庭園みたいにできるよって言っているのか。
ほほう。それ、とても素晴らしい提案なのでは。こっちでも農業できるってことじゃん。
なにせウチの森ってば魔木以外植物が育たないことで有名なヘルモード土壌。農業不可縛りは領地経営するなって言っているに等しい枷だ。
隣接する領地の胸三寸で道路封鎖されれば生活必需物資が尽きて干上がりますとかザコ領地すぎる。そんなところに民が住み着くはずがない。
なし崩し的とはいえ、俺は今後姫さんと結婚しなければならなくなる身。俺一人ならそれでもいいけど、姫はそんな領地で暮らすなんて不安極まりないだろう。
それに姫は由緒正しき王家の人間。俺と違って人付き合いをしないわけにはいかない立場だ。いずれはパーティみたいな催し物を主宰しなければならなくなるだろうし、そうなればたくさんの人員やたくさんの物資が必要になる。
金はまぁしばらくは何とかなるだろうけど、それだって無限じゃないしな。最低限国を支える産業はあったほうがいい。
つまり領地開発は急務。
俺の甲斐性がないばかりに姫が肩身の狭い思いをしたら俺ってばきっとへこたれると思う。俺の甲斐性がないせいで姫さんに愛想をつかされて家を飛び出されその先で魔族に連れ去られ魔王復活に彼女が利用されたなんてことになったら一か月は寝込むわ。
なのでそうならないように、その第一歩として、まずは最低限自給自足ができる土地を目指そう。ここはディオネの申し出を素直に受けてその後まるっと彼女の思惑に乗っかるのが正解と見た。
「そうか。ならばいっしょに来てくれ」
俺はアイテムデポからスコップを取り出し、さっそく苗木の周りの土を掘る。
それを見て、血相を変えて大声で烏女集合を唱えながら慌てていずこかへ走り出したマルギット。
ディオネも両手を天に突きあげて、体をゆらゆらクネクネさせ始めた。
ふぁ?
なにその変な踊り。
パペットマンの不思議な踊りの類か?
それともなんかの儀式? 君らの宗教の儀式なの?
ディオネってば自分の事「世界樹の巫女」とか言ってたからたぶんその絡みなんだろうけど。
――……いやよそう、触れるのは。
異国のお坊さんは言いました。
知らぬが仏と。
きっとあれもそのたぐいだ。なんせ彼女は巫女なのだから。絶対烏女の信仰する宗教の祭事的ななにかだ。
俺は困って、暫く手を止めてディオネを見る。
彼女は一心不乱に踊り続けるばかり。
――えっと。このまま作業を継続して大丈夫なのだろうか?
少し待ったのだが、特に何か言われるとか踊りが変化するみたいな進展もなかったので俺は作業を再開する。困ったら注意してくるだろうと思いつつ。
俺は木の根が傷つかないよう慎重に世界樹の幼木を掘り出す。
それが終わる頃には肩で息をする烏女らが俺の周りに集まっていた。
「主様。妾もご一緒してよろしいでありんすかぇ?」
ついでにジュンコもいた。
まぁこいつは世界樹の葉っぱが主食だから――たまに小枝ごと食ってるくらいだし――餌の置き場が気になるのは当然か。
「ジュンコ。抜いてみたら幼木が思いのほか重くてな。次元門を通せなさそうだからマズルカ回廊を使う。お前は烏女を守れ。大所帯だが出来るな?」
「任せてくんなまし主様」
マズルカ回廊でこれだけの人数を移動させるとなるとMP消費も馬鹿にならない。
そして次元回廊は基本的に危険地帯だ。いつ侵略者などから強襲されるかわからない場所である。
丁度全員の御守をするのは面倒だなと思っていたところなのでジュンコの参加は渡りに船だ。まさかジュンコがこんな風に役に立つ日がこようとは。
「よし。じゃあ門開くぞ。はぐれるなよ」
俺は多次元門を開き、苗木を持って我が領地・魔の森へと移動した。




