世界変革の鬨 ④-2-2
翼竜の集団を迎撃したその日の夜、異例の早さで授賞式が執り行われた。
「此度の働きは誠に大儀であった。ここにその栄誉を表し、キルヒギール伯爵を辺境伯とするとともに、柏付ロイヤルヴィクトリーグランドクロス勲章を授ける」
論功行賞は王国の最大の勲章をもってなされた。
それによって俺の立場は、国王直属雇われ店長から地方統治事業の決裁権を持つ所長へと格上げされる。
式典は王族と上級貴族のみしか入ることを許されない鳳凰の間で行われた。
どういうわけでそうなったのかは知らないが、こちらとしては人が少ないのは願ったりかなったりだ。貴族のやり取りは小心者の俺にとってトラウマものだからにして。
「おめでとうございます。キルヒギール伯爵」
だがまたまたどういうわけか、その場にはダールも参列していた。俺と国との仲介役として活躍甚だしい大商人の事、特別枠でもゲットしたのだろう。
普段はたいして合わせたくない顔なのに、こういう場所だと少し安心してしまう自分が悔しい。
「ここで会えるとは思わなかったぞダール」
「私も貴方の受勲の場に居合わせられたことを喜ばしく思っております」
「なんだ。お前にしては珍しい物言いではないか、喜ばしいなんて」
「そんなことは御座いません。私は商人ですから、利益に対しては等しく喜ばしく思っておりますとも」
「利益……あぁそうか。辺境伯になると権限が増えるとかそういうのか? それとも勲章の威光が使えるとかそういうのだろうか」
「まぁこんなところで立ち話も。場所を移しましょう」
そう言われ、俺はダールにひょこひょこついていく。
今思えば、この時の俺はちょっと舞い上がっていたのかもしれない。
だって表彰とかされたらやっぱ嬉しいもの。
権力には全く興味がないけれど、みんなにすごいねーとかおめでとーとかいわれたら、どうしたって少しくらい嬉しくなっちゃうじゃんね。
でもそういう時ほど警戒しなければいけないんだって、このあと俺は知ることになる。
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「いつから企てていた?」
王の去った秘密の部屋で俺はダールをやじる。
「私と何かを話し合うことで変わる何かがあると仰るのでしたら、時間を割くこともやぶさかではありませんが」
「それは正論だ。だが、正しい認識から正しい行動が産み落とされるとは限らん」
「個人が勝算のない舌戦を挑むのは趣味の問題ですが、なかば公人たる伯爵がそれをやるのは最低の悪徳ですな」
「黙れ下衆! どうして俺が好きでもない女と婚約しなければならないのだ!」
つい先刻まで、その場には王がいた。
ダールについていったら王が待ってるとか罠の臭いしかしなかった。
そして罠だった。
挨拶も早々にその場で、俺は一方的に第三王女との婚約を命じられた。
王による直の王命、強権発動。今回は拒否権がなかった。
王女の身の安全を守るためだと王は言った。
魔王の生き残りたちが魔王復活を画策している事実を王は知っていた。
自分たちでは彼女を守り切れないと王は言う。彼女の身を守って欲しいと懇願されては、俺も強硬手段で拒否することは出来なかった。
「逆に何がお困りになるのです。嫁の二人や三人、それが何だというのですか」
「嫁は一人だろう常識的に考えて!」
「いったい誰が、いつそう決めたのです。神のお告げでもあったのですか勇者様」
「そ、そんなものはない。が、普通は、そういうものだ」
「いいえ。そんなものは過去に存在した異国の女性上位の社会がまき散らした戯言ですな。一夫一妻など、優秀な男を縛る悪習以外の何物でもありますまい。女であれば誰もが自分を庇護してくれる力ある男の元に嫁ぎたいというのが真なるところ」
王が去った後、ダールは第三王女を俺にあてがってきたもう一つの理由を述べた。
あの悪評高き魔王に攫われ数年を過ごすことになった第三王女をこの国の貴族は決して引き受けないという切実な事情。汚れた王女。純潔であるはずがない女を引き取る上位貴族はいないという純然たる現実。
嫁の貰い手がないだけではない。表立って異端認定することはしなかったものの、魔王に毒された人間として第三王女に忌避を示す教会は今もって彼女の出家の要請をかたくなに断り続けている。いつ魔の手が伸びるかもしれない女を教会で匿うことは出来ないと全力拒否の構えであった。
「元より王家に生まれた女は国政の道具。魔王にかどわかされたという背景がなくても王の娘の末子は勇者にあてがわれるのが順当、というのがこの国の貴族たちの総意でしょう。まぁ彼女の場合、断られればその一生を一人寂しく寿命が尽きるまで城の一室に幽閉され終えなければならなくなりますな。下手に奪われ魔王復活に利用されるくらいならいっそ、と、早まった考えを持つ輩も出てくるでしょうし……勇者様は、それでも、お断りになられますか?」
ダールは俺に囁く。あなたには憐憫の情がないのですか、と。
それを聞かされた俺の心中は穏やかざるものだ。
俺はつい先ほどの、姫の奇矯な振る舞いを思い出す。あの不可解なガテン系のノリを。とりあえず先っちょ入れてから考えよう? 的ながっつきぶりを。
彼女の置かれた境遇を知った今なら理解できる。彼女は生きるために必死だったのだと。好きとか嫌いとかそういう次元の話ではなかったのだと。今だからその心情を慮れる。
「いいだろう。百歩譲ってその話は置いておこう。しかしだ。そのあとはどうするのだ」
「そのあととは?」
「結婚をして、わが妻となって、彼女に幸せがあると思うのか?」
「それは私たちの知るところではありますまい」
「お前、女性一人を押し付けておいて何という言い草だ」
「押し付けることとその後彼女がどう暮らしどう思うかは別の話。キルヒギール伯爵が彼女を良く扱えば彼女もまた、悪い人生だとは思わないでしょうな」
「なんだと? 俺次第だというのか!」
「それ以外に聞こえたのならご容赦ください。しかし、先の事を今ここで論じても詮無きこと。途中で心変わりして彼女が野に出るというならそれも運命。貴方の元を離れた彼女が魔王復活の道具とされるもされないももはや私たちの関与できるところではない。私個人の意見としては、そうならないよう勇者様にはご尽力いただきたいですな」
「……ダール」
「婚約に過ぎないではありませんか。重婚がお嫌いだと仰るならそれも結構。しかし勇者アトラス。人はいつまでも夢想を追ってばかりではいられない。夢を追うのはよろしいですが、区切りはつけなければならない」
「区切りだと? ……お前は俺が夢に逃げているとでも言いたいのか」
「ひっそりと余生を過ごそうなどという望みは夢以外の何物でもありますまい? 貴方はご自身の力を勘違いなさっている。その力に無頓着すぎる。それはもはや罪です」
「罪……俺の行いがか? 静かに生きることの何が罪だというのだ」
「持つ者には持つ者のなすべきところがあるのです。成すべきことをなさぬ怠惰、持たざる者に紛れ何もせず安楽を貪ろうという強欲、それをしてもいいと考える傲慢、これほどの大罪を併せ持つ人間の存在を罪と言わずして何と申しましょう」
「俺は別に、何もしないなどとは……ただ、少し目立たないようにだな――」
「一度でも大きな力を振るったことのある存在をいったい何者がなかったこととし無視することができるでしょう。この期に及んで目立ちたくないなどと、ひっそり細々と生きていきたいなどと、無欲を装えばその目論見を隠しおおせるとでも? 貴方は社会の仕組みから隠れようとしつつも社会の恩恵だけは享受しようとしているのです。これを盗人と言わず何というのか」
いつにない強い口調の商人に俺の口は閉ざされる。
商人の言を否定したいが、反論すべき言葉が見つけられない。何が違うのかを頭の中で明文化できない。
感情を言葉にできないもどかしさが血を沸かせる。
目立たぬようひっそり生きることに善も悪もあるものか。こいつを否定してやりたい。俺は平和に生きたいだけなのだ。目立ちたくないのだ。
けれどどんな言葉をもってそれを示せばいいのかが出てこない。
自分が何によって正しいのだと証明する根拠がひねり出せない。
ゆえの、沈黙。
そこへ――ダールが、わずかに脱力し、言う。
「私は貴方をまだ見放してはおりません。勇者アトラス。この世界で思うように生きたいのならば、王にお成りなさいませ」
「…………」
高ぶる感情を言葉にできないままの俺をおいて、ダールはそのままその場から去ってしまった。




