幕間③ アトラス
少年は孤児である。
少年の入院後すぐに孤児院は魔物に襲われた。
少年が命からがら逃げだした先に待っていたのは盗賊団だ。
盗賊団に捕まり、盗賊団の奴隷として生かされた少年。
盗賊団が騎士団に討伐され、身分の証明ができなかった彼は盗賊の仲間として刑罰を受ける。
鉱山で強制労働を強いられる日々。
だが鉱山で事故が起こったある日、そのどさくさに紛れて彼は脱走する。
その過程で勇者としての力の覚醒を起こしサバイバル能力を得た彼は、エランシア王国へと流れつく。
そこで彼は数奇な縁に導かれて、平民兵士を養成する学校の試験を受けた。
規格外の力を示した彼はすぐに特待生枠に編入され、軍の特殊機関へと招聘される。
彼が魔物を狩る狩人――NAILSネイルズ――として生きなければならなかったのは、そういう出自の為だ。
どんなに優秀な能力を持っていようとも、貴族でない彼が栄光ある王国騎士団に所属することは許されない。
戦って戦って戦うだけの人生。
彼は騎士団の露払いたる王国非公認の特務傭兵団に所属し、魔物との戦いに明け暮れた。
王都と戦場とを往復する日々。
いつ終わるとも知れない戦いの日々。
のちに勇者と認められ魔王を打ち滅ぼしてさえも、人々は彼に戦い続けることを望んだ。
そう。この世全ての悪が無くなるその日まで、人々は彼に戦いを強いる。
それは決して悪意によるものではない。勿論善意などでも決してない。
何らかの損得でもなく、或いは損得そのものか、ただ唯一言えることは、ひとえに人々がただただ救われたいと願った結果であった。
誤解を恐れずあえてそれを比喩するなら、いわばそれは祈りとも言えたのかもしれない。
彼の意味を問うものは、彼自身を含め、この世には誰一人として存在しはしなかったのだから。
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アトラス。
それが孤児院でつけられた彼の名前。
特務傭兵団ネイルズ三等特尉。
それが王国より与えられた彼の身分。
彼の人生を変えるその事件は、とある日の昼下がり、公園のベンチで一人昼食をとろうとした時に起きた。
よろよろとおぼつかない足取りでやってきた者がいた。
彼の座るベンチに腰掛けたその人物は小柄だった。
フードを目深にかぶっていた為顔を確認することはできなかったが、彼はさしてその人物に興味も沸かなかったので気にかけなかった。
町の治安を守るのは彼の仕事ではない。
彼の仕事は魔物を殺すこと。
彼はネイルズの中でもとりわけ、それ以外に興味を示さない変わり者であった。
だからフードのその者に感じたのはせいぜい――他にも空いているベンチがあったので――他のベンチに座ればいいのに、という程度である。
ゆえにそれが無視できない存在だと認識できたのは、その隣人が奇行を起こした直後だった。
彼がサンドウィッチにかぶりつこうとしたまさにその瞬間――
――っ!?
殺気。――というには少し違う。
しかし、恐ろしく強い視線。
視線の元は隣人。
フードの中から垣間見えた冷たい瞳。
その目が放つ強力なプレッシャーに彼は思わずその顔を二度見した。
フードの影から垣間見えた整った顔だちは、少女。
少女はまっすぐ彼を――正確には彼の口元にあるサンドウィッチを――凝視していた。
彼はその狂おしいほど力のこもった眼力にひるみ、思わずサンドウィッチを自分の口から遠ざける。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
静寂――なのにその空気は、雄弁に、その人物の意思を彼に伝達していた。
『汝、その手にしている栄光をよこせ。可及的速やかに――』――彼には、彼女の目がそう言っているように半ば確信をして思えた。
「あの、もし、よかったら――」
彼はそっと手に持っていたサンドウィッチを差し出す。
どうぞ、の言葉を言い終わる前に、フードの中の頭がコクコクと頷く。
その動きでフードがずれて、そこにあった顔立ちがあらわになる。
歳幼い金髪の美少女。
少年は少し驚く。
十代前半の不審者に、彼はどう対処するべきか逡巡する。
「はふっ!」
彼の手からいきおいよくサンドウィッチをひったくった少女は、そのままサンドウィッチにかぶりつく。
トマトとレタスとベーコンをはさんだ褐色のサンドウィッチが、瞬く間に少女の口の中へと消えていった。
「ふぐっ!?」
なんとなく未来が見えていた彼は、サンドウィッチを奪取されてすぐ水筒の茶を携帯カップに注いでいた。
直後、喉を詰まらせたらしいアクションと声。
「んぐ、っぐぅ――」
少年が勧める前に遠慮なくそれをひったくった不審者は、それがあたかも自分のものであったかのような自然さで、遠慮なく飲み干す。
そして大きく息を荒げ、少年にコップを突き返した。
「はふぅ。――もう一杯!!」
お茶のお代わりを要求してきた少女。
その少女の名は、エリザベート=コンラキュケル=テュレルゲン=ヴァルブレ=ド=エランシア。
それは少女が魔王に拉致される数日前の話である。




