神樹騎士団 ③-3-2
神樹庭園で試験生産されているのはカカオや香辛料や砂糖だけではない。
アーティチョーク、アスパラガス、キャベツ、ニンジン、かぶ、ブロッコリー、カリフラワー、ピーマン、キュウリ、ナス、ニンニク、レタス、スイートコーン、オクラ、長ねぎ、にら、玉ねぎ、グリーンピース、かぼちゃ、ほうれん草、サヤインゲン、トマト、キャッサバ、ジャガイモ、サツマイモ、タロイモといった多種多様な植物の生産が試されている。
試験生産のため品種が多く一つ一つの作物の量は多くはない。
かなり大きな試験生産となっているため人手が足りない現状だが、それでもそこから儀仗兵として烏女七十名の内ケルベロスに騎乗する二十一名を抜かなければならない。
ディオネは神樹庭園の統括役なので除外。
マルギットも烏女の管理者なので除外。
という消去法で、リコを中心にメンバーをそろえることになった。
「主様、地下活動をしていた者らから選抜メンバー21位までをそろえました。アンダーガールズは農業活動の継続でよろしいでしょうか」
「うむ。では装備を誂える。集合をかけろ」
地下活動とかアンダーガールズとか詳細は知れないが、きっと特殊訓練を積んだ選ばれしすごい感じということなのだと思う。
儀仗兵は攻撃をする兵士ではないがそういうのも必要なのかもしれない。地力を高めればふとした所作にそれは現れる。兵士としての説得力が変わってくるだろう。
俺は二十一名と顔合わせした後、彼女らを引き連れてジュンコの元へ。
魔法攻撃をはじく服を作らせるための採寸をさせる。
次に採寸データの控えを持って北の山の洞窟にあるドワーフたちの工房ギンヌンガガプ工廠へ連れて行き、神秘合銀製の制鎧をオーダーメイド発注。
与えるのは万が一の場合考えた守備特化型装備、疑似複製・量産型・耐破刃刀や疑似複製・天城窓盾といったなかなかに見栄えもする一式だ。
打合せ後、俺は選抜された烏女を引き連れ、実際に烏女をケルベロスに騎乗させ歩行訓練を実施。
ちゃんと騎乗用の馬具ならぬ犬具をつけているのだが、なんだかうまく乗れていない。
けどまぁそんなものか。犬に乗るなんてそうそう経験することじゃないしな。
これを機に、騎兵として様になるよう毎日日の出から日が暮れるまで練習して欲しい。
皆半泣き顔だったようにも見えたが気にしない。だって俺は、そもそも烏女には兵役をしてもらおうと考えていたのだ。実際に戦わせないだけ好待遇だと思う。
とはいえ。
でもやっぱりスパルタが過ぎるかな? と、俺がリコに相談してみたら
「キモメンと握手するのに比べればこの程度大したことではありません」
といっていたので多分大丈夫だ。
◆◆◆◆◆ 閑話 一か月後 ◆◆◆◆◆
凝った装飾の施された煌びやかな馬車を引く二頭の甲冑を着た銀の聖獣。
その脇と前後には魔法の戦具で武装した天使の騎兵。乗り物はやはり甲冑を着た銀の聖獣。
金糸銀糸があしらわれたキルヒギール家の紋章旗を持った儀仗兵、その数はおよそ二十騎。
甲冑を着た銀の聖獣は馬よりも大きく、軽々と馬車を引いていることからも、その体躯に見合った力を備えているのがわかる。
それらを囲むように取り巻いている甲冑を着た赤き聖獣は、両肩に風変りな槍を二本背負っていた。
それはとある魔槍をベースにキルヒギール領ギンヌンガガブ工廠で開発された新戦具。
商人や旅人の守護神の名を冠する哲学的設計思想に基づいて生み出された魔道兵装の名は【メルクリウスの矛盾】。
射出前の槍は魔法障壁を発生させ、射出された槍はどこまでも敵を追尾する。
槍に刻まれた魔力拡散の呪韻は迎撃の魔弾を弾き魔盾を破り、確実に敵を穿つ。
しかも槍は装備者の意思に反応して、魔法の作用で戻ってくるというオマケ付きだ。
武装聖獣一頭だけでも都市を壊滅させうる戦力。
十頭もいれば大規模都市を抱える国家であっても滅亡は免れないだろう。
そんな獣を、その一団は百頭以上連れていた。
それらはいったい何者なのか。
そんな疑問を解消するのは、儀仗兵の持つ旗に描かれた紋章である。
紋章旗は、王国の北東部を所領とする大貴族キルヒギール家のものであった。
その存在こそ古くからあるとされていたが、王都に住む住人は誰も伯爵の姿を見たことがない。魔の森の境界は危険区域として近づくことを制限されていたため、そして伯爵自身も防衛任務のため王都に招聘されたことが長い間なかったからだ。
だが王都民はその日初めて、キルヒギール伯爵が如何に強大な貴族であったのかを知った。
北の将軍と名高いかの伯爵の持つ戦力は言うに及ばず。
騎士も聖獣も等しく魔法具を装備している事から、かの伯爵は保持する財すらも相応に巨大なことがうかがえる。
キルヒギール伯爵について民が知っていたのは小出しにされていたわずかな情報のみ。
いわく
勇者と双璧をなす者。
魔の森の魔物を駆逐し続ける国一番の武芸者。
建国より続く古き名家であり、貴族界最高の戦士の一族。
人々は煌びやかな装飾の施された魔法具によって華やかに演出された精強な軍に、ただただ感嘆するばかり。
その場の人々の胸中に入り乱れるは驚愕。
そののち、畏怖。喜び。安堵。
ある者はまるで自分の事のように誇らしげに喧伝する。
ある者は美しき天使の騎士の美を讃える。
ある者は王国を守護する聖なる騎士団だと崇める。
誰もが馬車の中に乗るは屈強な大男だろうと想像し、彼を、国を救った勇者に匹敵する人物だと噂する。
――誰も、その人物こそが、勇者だとは知らない。――
だから貴族たちは大慌てだ。
勇者の軍勢が王都を訪れるなど、彼らにとっては予想だにしない出来事であった。
まさか勇者に――平民にこれだけの強大な軍事力を整える器量があろうとは思いもしなかったのだから。
貴族の多くは大混乱に陥った。そしてどう立ち回るべきかの選択を迫られた。
平民たちは知らない。勇者が貴族たちの恐れや侮りによって辺境に飛ばされていたという事実を。
魔王討伐の功によって勇者は王都で大切にもてなされている、と、彼らは信じている。他国ですらそう思っている。
ここで真実が暴露されれば王都は混乱に見舞われるだろう。王国各地で平民による抗議の暴動が発生し、間者から情報を得た他国がその隙を狙って蠢動するのは明らかだ。
勇者が辺境で縛られているのなら、と、眠った野心を起こす不埒者も少なからず現れるはずだ――王国の双璧は眉唾で、勇者さえどうにかできれば後は何とでもなる、と。
この大舞台でキルヒギール伯爵が馬車を降り、顔全体を覆うその兜を脱ぐだけで、動乱の世が幕を開ける。
勇者は神の寵児である。
人類の守護者である。
勇者個人がどうこうよりも、そう信じる人々が大勢いるという事実こそが社会にとっては重要なことなのだ。
だというのに――そのことを一番わかっていないのは実は当人であった。
引きこもり気質で周りから目を背け世俗から逃げ続けたちょっと頭のおかしな不思議青年には、本気でそんなことを考える人間がいるという事実がどうしても理解できなかった。
彼には勇者信仰のすべてが冗談やにぎやかしの演出のたぐいに見えていたし、それゆえに彼はそのほとんどを聞き流していた。
彼がもし自分の価値を正しく理解しいていたならば、意趣返しとばかりに自らで組織した軍団【神樹騎士団】を王都に連れてくることはなかっただろう。
知っていれば、彼は目立つ行動を控え王都には単身でやってきたはずだ。
貴族たちとの軋轢を避けるためにそれくらいの配慮はしたはずだ。
勇者の本質は臆病であり、だからこそ彼は善良たらんと努めている。
そんな彼が荒々しい野心的挑戦に手を伸ばすはずはない。
つまり勇者の騎士団が魔王復活の企てを阻んだのは、その絵図を引いたとある商人の策と、その想定を大きく超えた結果を引き寄せた勇者の強運による偶然に過ぎなかったということなのである。




