神樹騎士団 ③-2-1
烏女の長屋にある長の部屋。
昨日まで誰も使っていなかったその部屋に、今は一人の女が住み着いている。
「機を織りあげるまで、決して覗かないでくんなまし」
部屋の中にいるのは蜘蛛女こと、新生世界樹の力によって早々に脱皮を終え七呪神に進化し人型になったジュンコである。
昨日烏女の一人が綿から糸を紡いでいるのを見たジュンコが、自分にもできると言い出して烏女の長の部屋にあった機織り機で機を織りだしたので、俺が暇つぶしに精霊図書館で見た機織り鶴の物語を教えてやったら気に入って真似するようになってしまったのだ。
「これ勝手に覗いたら物語みたくいなくなってくれるのかな」と期待して俺が部屋の戸を開けたら、そこで見せられたのは口から糸を大量に吐き出しつつ上半身裸のボインがボロンな姿のジュンコが背中から伸ばした四本の蜘蛛足を駆使して機織り機を操作しているという中々におぞましい光景。
部屋中に張り巡らされている蜘蛛の巣を見ながら俺はなんであんな話を教えてしまったのだろうとものすごく後悔した。
「あぁなんてことでありんしょう。でも、もう隠していても仕方ありんせんぇ。妾はいつか助けられんした蜘蛛でありんす。ご恩をお返ししたいと思って娘になりやって参りんした。身体も新しくなり膜も復活でありんす。どうぞ今晩当たりお試しになってくんなまし?」
「それはお前の働き次第としよう。使えなかったらバラシて素材にするな?」
「あんらまぁ! 相変わらずのいけずでありんすねぇ、ふぇふぇふぇ」
「それより仕事だ。鶴の恩返しごっこはその辺にしてついてこい」
俺は神樹庭園から魔の森にジュンコを伴い戻った。
「お前に任せたい仕事はこの森の害虫駆除だ。ここから俺の館まで烏女どもを通勤させるのにその安全を担保せねばならん。害虫だけでなく危険生物や魔物害獣もお前の子蜘蛛に食わせていい」
「あんれ、主様の領地の管理を任されるとは光栄なことでありんすぇ。喜んで務めさせていただきんす」
――〈眷属召喚〉――
「さぁ来ませぇ? 妾の可愛い娘ら」
亜神になったジュンコは眷属召喚という特技を備えた。
大量の蜘蛛の子をまき散らし意のままに従わせるある意味使い勝手のいい権能だ。
子蜘蛛と言ってもただの眷属なので勿論使い捨てても構わないのだが、育てればその分のメリットが得られるという点が召喚魔術などとは違う亜神の権能の面白いところだ。
亜神――つまり神は、備えている権能を強くするために信徒を必要とする。蟲の亜神・七呪神である彼女の場合、信徒とは眷属、つまり子蜘蛛。
召喚された子蜘蛛は独立した自我を持つモンスターで、自然界の生物同様食うことで成長できる。
成長した子蜘蛛は知能が高まるにつれ主を崇めたく成る欲求に駆られ、崇められたジュンコの神としての格が上がり、パッシブ亜神バフがかかっていくという素敵仕様。
ジュンコを強化するなら子蜘蛛の育成はとても効率の良い作業なのである。
――子蜘蛛に適した餌は自然界の蜘蛛と同じく虫。クソな領地を押し付けられたと思ったけど結果オーライじゃないか。持ってるな俺。
ジュンコクラスになれば世界樹の葉も食せるが、子蜘蛛には世界樹の葉は固すぎる。
子蜘蛛はそもそも肉食だ。ほぼ原生林と言える魔の森には虫が湧き放題。子蜘蛛らにとって食糧の宝庫といえるだろう。
人間の言う普通の虫とはいささか異なりはするが、蜘蛛の神の眷属であれば全く問題なし。結構食べ放題な環境になると思う。
ジュンコの眷属は長い年月を生きながらえ、経験を積み重ねれば脱皮前のジュンコくらいにまで成長するというし、俺の配下が充実していくというのはとても素晴らしいじゃないか。楽できそう。今後が楽しみだ。
「もし可能なら牙や爪、皮など使えそうな素材は収集しておいてくれ」
「子蜘蛛らは肉を溶かして食べるだけでありんすから、牙も爪も皮も回収できると思いんす」
子蜘蛛を森にばらまきご満悦な様子のジュンコ。
部下の安全と部下の子供らの食い扶持という二つの問題を解決でき、俺としても肩の荷が下りたというものだ。
素材と討伐証明品まで得られそうだしウハウハですな。
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すべてが順調に進んでいる。そんなウキウキな時間はすぐに終わりを迎えた。
俺は今、とても悩んでいる。
やぁ、不死族を舐めていたね。
なんというかさ。あのスキルを持っていた奴が不死だって言われていた時にこの可能性に気が付けたらよかったんだけどね。そんなのは無理だよ。結果論だよそれは。
事の始まりはジュンコからの思念伝播だった。
「主様の気配をまとう輩についてでありんすが、どう対処したらよろしいでありんすかぇ?」
え、なにそれ、どういうこと? と俺が詳細を聞くと、ジュンコの子蜘蛛が北の山の麓にいた熊を食べようとして犬から妨害を受けたという話を伝えられた。
熊と犬。
そのワードにもう嫌な予感しかしなかった。
でも知らないふりはできない。
子蜘蛛から連絡を受けたジュンコが自ら現地に確認しに行き、犬から俺の気配を感じたと言っているのだ。誤魔化しようがない。
俺も渋々現地へGO。
そしたらそこには大勢のワンコたちがずらりと整列しているじゃない。
俺の気配を感じ取ったのかみな腹見せ姿勢で待機だったよ。
何が起こったのかわからない俺でも、流石にそれを見せられれば計画がとん挫したのを理解できるわけさ。
なんでこうなった。どうしてそうなっている。
当たり前の疑問で頭がいっぱいになれば、次の行動はおのずと決まってくる。原因の究明だ。
はい看破の権能を発動。
【[ケルベロス(銀毛)]
「保存」「再生」「霊化」の権能を持つ大型死霊犬。以上の三権能を併せ持つことから三つ首を持つ地獄の番犬と呼称されている。五十頭の群にして個。
特殊スキル
蛇の鬣:主が消滅しない限り不滅である保存の権能。
竜の尾:傷を受けてもたちどころに癒える再生の権能。飲食不要。疲労無効。
青銅の咆哮:主の呼び出しでどこにでも具現化する霊化の権能。
[オルトロス(赤毛)]
「保存」「再生」の権能を持つ大型死霊犬。以上の権能を併せ持つことから双頭の番犬と呼称されている。
特殊スキル
蛇の鬣:主が消滅しない限り不滅である保存の権能。
蛇の尾:傷を受けると高い治癒力を発揮する再生の権能。飲食不要。疲労無効。
~精霊図書館『魔物大全七巻』より基本情報抜粋~】
あれ?
これもしかして、死なない奴?
俺の魔力が尽きない限り何度でも甦る系?
あららそうですか。
それを捨てるなんてとんでもない! 案件でしたか。
くそが。まじかよ。




