幕間② マルギット
私の名はマルギット。
天使長の派閥であるリーナ氏族の戦士長兼世界樹の番人。
通り名は死を告げる蒼き天使とか、虐殺天使とか、そんな感じだ。
でも本当は天使なんかじゃない。
神代の時代を生き抜いてきたお姉様は神に呼ば(召喚さ)れた天使だけれど、私たちは模造品。
私たちの多くは、世界樹から生まれた半精霊半植物。その名はアルラウネ。
背中の翼は鳥たちのように羽ばたくためにあるのではなく、魔法で起こした風に乗る為のもの。戦いで荒廃した各地の緑を復活させるための、移動手段としてつけられただけの翼だ。
だからコンパクトに畳める。畳もうと思えば。
でも畳まない。だって純白の翼は見た目がよく、出しっぱにしておいた方が人種族らが勝手に勘違いして私たちを神の代行者だと崇めるから。
人種族は常に私たちを敬うべきだ。
なぜなら私たちは人間なんかより有能だから。
私たちは緑の扱いに長けている。荒れ地を緑に変える私たちは、言ってみれば世界の救命士だ。世界を汚すだけの人間とは価値が違う。私たちは世界にとって有益な存在であり、人種族らとは一線を画する。
そもそも人種族らは碌な事をしない。
醜く争い、いがみ合い血を流しながら、野を焼き、毒を撒き、鉄くずなどのごみを増やす。
あれらは生きている価値がない。世界を汚してばかりだ。
人種族らが居なくても世界は回るが、私たちがいなくなれば世界は色を失う。
だがそんな蔑んでもいい虫ケラでも、私たちは手を差し伸べてきた。
神の名の元に沢山の金品を捧げさせ、贅沢するためのメッシー君として顎で使ってあげた。道具として有効活用されることを喜べゴミども。
そんな素晴らしき共存共栄。地べたを這いつくばる人間というダニどももまんざらではない様子だった。
そんな私たちだが、順風満帆の無双チートだったわけじゃない。
天敵がいた。
世界樹の葉を食いに来る蟲の王。
私たちを捕まえて魔道具の素材とする上位魔族。
そして最強最悪最大の天敵、魔王。
魔王は美の結晶たる私たち天使を玩具奴隷にした。
捕まえた同胞にあんなことやこんなことや口に出すのもはばかられる糞エロイことをした。
そして飽きたら裸身のはく製にし、フィギュアコレクションとして飾った。
セクハラ親父のレベルではない。変態狂人マジで逝ってよし。
でも強い。魔王ガチで強い。
お姉様のような神々のサバゲ―を生き抜いてきたモノホン天使と違って、私たち模造天使アルラウネは戦闘能力がオミットされている。だから捕まったら即終了。さよならコンサートを開く間すらない。
お姉様を頼って他の氏族が動いていたみたいだけど、お姉様はお姉様で魔王からガチ逃げしていたから、みんなお姉様のチャフみたくなって捕まってた。使い捨てのパッシヴデコイさながらの最期だった。
他氏族の同族らは漏れなく魔王に捕まり悲惨な最期を遂げ、お姉様のホームである神樹庭園にいた私たちだけが難を逃れた。
こんな状況で世界緑化の使命とか無理。
むりむりむりむり。
私たちは世界樹の結界を頼りに引きこもった。おそと怖いとみんなで震えた。
助けに行けずごめんなさいお姉様。ごめんなさい。
◆◆◆◆◆◆◆
それから時は流れ。
誰もお姉様の安否を気遣わない日々。
わがまま放題やりたい放題なお姉様がいなくなったことで、みんな心のどこかに「実は今の状態がベストなんじゃない?」って気持ちを持ったのかもしれない。
私たちは規律を失う代わりに心の余裕を得た。
私たちは自由を謳歌するうちに、日に日に自堕落となっていった。
そうなったらもうアレだ。アレな感じになってしまった私たちは神話に登場する伝説の生活様式ニートライフを送り始めた。
そうなったらもう誰も命がけでお姉さまを探しに行こうなんて言いださない。
世界樹結界内の引きこもり生活は暇そのものだったけど安定の食っちゃ寝ライフ。夢の中で楽しかった日々を何度も反芻する末期の老人のような時間だけど、それでも恐怖や困難に対峙することに比べれば全然マシだ。
みんなの気持ちはわかる。私も自堕落に身をゆだねる快楽にはあらがえない。恐怖は避けたいし安心にしがみついていたい。
けれど私は、夢の中でお姉様を思い出す。
私にとってお姉さまは、やはりかけがえのない人だったと、何度も思い知らされた。
私は忘れたことなんてない。巫女見習い時代にお姉様に呼ばれて過ごした寝室での思い出を。
もう一度お会いしたい。
お姉様と一緒に眠りたい。
そして願わくばまたぺろぺろさせていただきたい。
お姉様の甘くて濃密な蜜をチュウチュウしたい。
花畑を舞うモンシロチョウの如く。
マルギットはまた、お姉様とくんずほぐれつれっつらだんしんぐしたいです。
◆◆◆◆◆◆◆
「年若き同胞の皆さん。私は天使長にして世界樹の巫女ディオネです! 控えなさい!」
突如結界を食い破り現れた次元の扉。
報告を受け一斉招集をかけた私は驚いた。
出てきたのはニンゲン。
そして……お姉様。
お姉様の姿は変わり果てていた。
それは私の知るお姉様ではなかった。
かつて神の先兵として十六闘神にも渡り合った伝説の四大天使が一角・天壌の癒者ディオネ。
その顔にこそ面影はあれど、その姿はまるで別物。
なんと言う事だろう。
神性を感じない。
世界樹の番人としての権能が告げる。かのものは神の花嫁としての資格を失っていると。
「うろたえるな同志たちよ! この者は長ではない!」
私は自分でも驚くほど強烈な失意を感じていた。
私の大事な大事なお姉様。新品未開封のまま丁寧に丁寧に扱ってきた花の神秘。
乾く衝動を抑え、強引に飲み干すことを我慢してきたのに。あふれ出る蜜をなめることで耐え続け、じりじりとする我が心をいつか来るであろう快楽の日を夢見て抑え込み、忍んできた。
「久しいですね。マルギット」
「黙れ! ディオネ様の名をかたる賊が! よもやその名を出して生きて帰れるとは思うまいな!」
私は錯乱した。
壊れゆくおのが心に悲鳴を上げた。
あれは姉にあらず。悪魔の手先だ。
そう思う以外に取れる行動は無かった。
「マルギット。何をもって私を偽物扱いするのです?」
「知れたこと! 我が権能は巫女を見間違わぬ! 貴様は巫女ではない!」
「そう。でしたらもっとよく見てください。私はディオネです」
「黙れ! 黙れ黙れ! 我が権能は言っている! 貴様はディオネ様ではない!」
嫌だ。認めたくない。
そんな……あんまりだよ、こんなのってないよ。
だが、私にはわかる。わかってしまう。
お姉様のお声が、処女膜から出ていない……。
出て、いない……。
…………。
…………。
…………。
ひどすぎるぅ!
これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ!!
「いいえ。私はディオネです。ならばこの身体に刻まれた四大天使の紋章を見――」
「黙れぃ! 純潔を失ったお前などディオネ様であるものか! 皆の者討て! あの偽物を! あのビッチを討ち取れぃ!」
その瞬間、私の中のなにかが弾けた。
お姉様の純潔が散らされたという悲しみがその時とうとう限界突破し、私は闇堕ちした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
何処からともなく現れた天敵の一撃で私は失神させられた。
一度ブチ切れたからだろう。或いは肉体的衰弱も重なってか、私は何とか冷静さを取り戻した。
認めたくはないが、アレはお姉様だ。
かつて十六闘神アスモデウスすら抑え込んだという魔眼を躊躇なく同胞に向けるお姉様。
そこにいたのは最早私の知るお姉様ではなかった。
一皮向けた大人の女だった。
完全に処女臭が消えていた。
あの目に覗き込まれたが最後、私たちは抗えない。これが処女を卒業し悟りを得た女なのかと私はお姉様を畏怖した。
「マルギット、行きなさい。ご主人様のお役に立つように。もしもの時は死になさい」
「かしこまりましたお姉さま」
どうしてこの私がニンゲンなんかに。
あぁ、いっそこの場で殺してくださいお姉様。
お姉様の手にかかるのなら、私は本望です。
でもそれは過ぎた願い。お姉様の命令には絶対服従な私たち。けれど命令は選べない。親を選ぶことの出来ない子供のように。
あぁ、せめてお姉様の身の回りの世話をする命令に変更いただけないものか。
私なら何時間だって非処女になったお姉様のお股だって舐め続けられるのに。
「いや、どのくらい世界樹を活性化させようかと思ってな」
「……はぁ」
何言ってるんだこいつ。
ニンゲン風情が。バカなことはするな。
身の程をわきまえろよクズが。
お姉様がどうしてこの人間を特別扱いするのかはわからないけれど、私に言わせればこいつはゴミ。
どこからどう見ても小物。礼儀知らずのならず者。
ガキの分際で身の程知らずにもイキった態度で上から目線。
お姉様の命令がなければ三秒で殺していたと思う。
「少し強い力を使う。余波に充てられるかもしれないから離れていろ」
「あの。世界樹に傷がつくようなことがあっては困るのですが……」
「大丈夫だ。そんなことにはならないさ」
「はぁ。……了解しました」
何をしようというのだ少年。
変なアイテムとか使ったら転んだふりしてぶん殴ってやろう。
私は攻撃射程圏内ギリギリまで下がる。
そこで私はふと思いついた。
魔法のアイテムを使う?
――なるほど! 成金か!
きっとこいつは運で大金掴んで魔法のアイテムとかそろえまくった成金小僧なのだ。
お姉様は小僧の金を引っ張るために、我慢して色目を使ってるのではないか。
金の力は偉大。だとすれば納得できる。お姉様は耐えているのだ。元の力を取り戻すために金を集めて、魔法の品を買い集め過去の栄光に返り咲こうとしているに違いない。
そう理解出来たら私の踏ん切りも早い。
私もお姉様と同様に耐えよう。頑張ろう。お姉様の足を引っ張りたくない。
お姉様の為なら、私はどんな苦行にだって耐えて見せる。
死ぬほど嫌だけどちんちんぱっくんだってできる。
そう思った時だった。
「なッ!? なななななッ!?」
神気。
私の体の芯に冷たい氷柱が差し込まれた。
空気が変質する。
空間がうねり、風が波打ち、私はその波に飲まれた。
身体が浮き上がり、突如発生した聖域の圏外へはじき飛ばされた。
草原に二転三転、したたかに体を打ち付けられた私は、顔を上げ目を見開いた。
聖域を取り巻く風の結界。
見たことがある。私が生まれて間もない頃。神々がこの世界を去った時代。神の世界へ至ろうとした亜神らが建造した天空樹バベル。それを取り巻いていた聖なる結界。あらゆる禍々しい力を中和し世界を修復する神の奇跡。
それは、それと、同じものに見えた。
――ありえない……こんなのありえない……。
魔法のアイテム云々の芸当ではない。
力を動かしているのはどうみてもニンゲン。
世界樹が呼応した。世界樹はニンゲンを上位存在として認めそのすべてを開示した。
世界樹から恭順の証たる緑色の光が溢れ出す。その光景に私は呼吸を忘れ見入っていた。
なんて暖かい。何と優しい気持ちにさせてくれる光なのか。
え?
え? この力の奔流……これ――世界樹の初期化からの再植樹をしているのですか……?
これって創造神が使う権能では?
下界において創世の光とか呼ばれているやつだったような……?
「こんなものだな。ではいくぞ、マルギット」
自分の目が信じられない。
これは夢? それとも死後の世界?
不可逆の変質による世界樹の劣化は絶対に回復させられない問題なのに。
それをこんな簡単に、たったわずかな時間で……こんなのってないよ。
動けなくなっている私の腕を取り、彼は私を立たせる。
感覚はある。肉体はある。多分私は生きている。
だけど今見たものは、夢ではない。
そしてこの人型のナニカもニンゲンじゃない。
だってあの力は人の域を超えていた。
アナタはいったい……。
使徒なの?
もしくは人のふりをした、神様なのですか?
◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして私は唐突に理解した。
やはりお姉様は神に愛されていたのだと。
「陛下? ……それはもしかすると、俺の事か?」
「はっ! は? あ、いえ、陛下は女王陛下の夫でありますので、敬称は陛下が適当であるかと」
人型の姿をした彼はお姉様の夫ではないという。
考えてみればそうか。神に伴侶など。
けれど彼はお姉様を隣に置いている。
つまりお姉様は、その隣に侍ることを許された存在ということだ。
さすがお姉様です。
畑を耕すだけの私たち木の根っことは違います。
既に玉の輿の座を確実にしているとは。
伊達に世界樹の巫女の処女を捧げてないのですね。
「過去の栄光が忘れがたいという気持ちはわかるが、新しきを知り受け入れることも器量の内だぞ」
落雷に体を撃たれたくらいの衝撃だった。
過去の栄光――それは私たちが夢の中で反芻し続けてきた誇り。
私たちの努力。私たちの実績。そんなものに縛られるのは狭量だとこの御方は言ったのだ。
え? え? そんな。それって、ちょっとひどくないですか? って、馬鹿な私は一瞬思った。
「は! では、何とお呼びすれば、よいのでしょうか」
「何を迷うことがある。ディオネと同じでよい」
「――っ!?」
「どうした?」
「では私にも……いえ、かしこまりましたご主人様!」
けれどもそういう意味ではないと、私はこの時気が付いた。
あぁ、なんて心の広い人なのだろう。あなたは私をお姉様と同等に扱ってくれるというのですか。
私は自分が恥ずかしい。
ファーストインプレッションだけで塩対応した自分が。
私ならあんな態度されたらずっと根に持ってる。
私が彼の立ち居場なら、もっともっとものすごい尊称で呼ばせていたと思う。
それで逆に相手の事をメス豚とかダニとかうんことか言っていたと思う。
けれどもこの御方は違うのだ。それを示されたのだ。
過去は過去。今は今。
過去の成功も失敗も、等しく「今」の前では意味をなさない。過去の武勇伝をかざし未来を求める事にも、過去の失敗をほじくり返し責めることにも、等しく意味はないのだと。この方は今、私にそう言って聞かせたのだ。
神。この御方は神。
恥も外聞もない。ここからは鮮やかに手のひら返ししてポイントを稼ぎにいくと私は決めた。
お姉様に並ぶことは無理でも、その次位になれるよう頑張らなくては。
もう誠心誠意、体も心も処女膜も何から何まですべてを捧げてお仕えしなければ。
◇◆◆◆◆◆◆◆
ごはんくらいは食べさせてもらえるかなって思ったけど、ここまでとは思わなかった。
これ、神の料理?
最後の晩餐じゃないですよね。
いつもなら煩わしく感じたかもしれないお姉様の厳しいご指導がなければ、私はその味の前に正気をたもってはいられなかっただろう。
驚愕はそれだけで終わらない。
興奮冷めやらぬまま食後に連れていかれたのは、お風呂なる沐浴施設。
「え? え? あ? え? ええぇ!? あっ! あッん! あぁッ。ん、ん……」
なにこれ。
身体って水で清めるものじゃないのですか?
香油が。泡が。ご主人様の手の温かさが。
そのちょっと固めの指が私の身体を程よく刺激し、今まで感じたことのない気持ちが沸き上がってくる。
気が付けば、私の目の前には、至福の時が揺蕩っていた。
頭気持ちよかった。
体気持ちよかった。
あったかいお湯最高です。
お姉様ずるいです。これを独占していたなんて。
あぁ、これは堕ちますね。私の心はご主人様へのラブで一杯です。
お姉様の気持ちが今ならわかります。
いやがおうにもご主人様のお役に立ちたいと思ってしまう気持ちよさです。
遅ればせながらこのマルギットも理解しました。
ええ、私にできる事ならなんだってしますよ。
さしあたっては、夜の伽。
超がんばる所存です!




