奴隷購入 ①-1-1
叙勲されると爵位にふさわしい領地があてがわれる。
この国の貴族ってもれなくお役人様だから、俺もこの度の叙勲でパンピーから晴れて公務員となるわけですよ。派遣社員が正社員に昇格したって感じ。
とはいえ、自分で食い扶持稼げる身としては、公務員なんぞにありがたみは感じない。恩給とか俺の懐事情から言えば雀の涙だし。
でもこの世界、身分大事。
裁判とか起きた時、身分で判決が変わっちゃうからね。証言の信用度も段違いになるし。ほんとダメな世界だよ。
だからそういう意味では貴族も捨てたもんじゃない。今日から晴れて俺も上級国民に仲間入りです。
自国では成り上がりとか陰口叩かれる貴族もどきな俺の認識も、他国では一国の貴族として特権階級に名を連ねる者という存在に。
旅をするには使えるんじゃないかな爵位。
気ままな諸国漫遊の旅とかしたかったし丁度いいのかもしんない。
できれば今度は気兼ねない仲間とか連れてあっちこっちいってみたいかも。
「この度拝領した領地は辺境のここ、キルヒギール領です。ですから今日からは勇者ではなく、キルヒギール卿と呼ばれることになります」
「なぁダール、俺、旅に出たいと思ってたんだよ」
俺は目の前にいる恰幅のいい中年、商人のダールに面倒ごとのすべてを押し付けたいと考えていた。
こいつは勇者パーティの一人で一緒に長いこと冒険をしてきた仲間だ。
「キルヒギール卿におかれましては、任地赴任後すぐに領地に隣接しているこのあたりの地の開拓と、魔獣や外敵の討伐を行い、領地を守護するという貴族の義務を遂行していただくよう王命が下されております」
「なぁ聞いてる? 旅をしたいんだ。自由気ままに。お供とかを連れて。ハードボイルドな俺としては時たまニヒルな笑みなんかを浮かべちゃったりするような未来への一歩、てきな」
「キルヒギール領行きの馬車の準備はできています。明日出発してください」
「無視すんなよこら」
「無視などしていませんが? 旅をされたいなら荷物と一緒にのんびり移動すればよろしいでしょう。説明しなければ理解できませんか?」
「それって旅なのかな。それに俺今、自由気まま、って言ったじゃん。お前のソレ、全然自由がないじゃん。行先決まってんじゃん。ただの出勤じゃん。お前こそ説明しなきゃ理解できないのかって」
「貴族の位を受けた人間がまさかその義務を初日に放り出すなんてことはありえませんので、キルヒギール卿が妄言に等しい冗談を言っているだろうこの状況については理解しております。ソレ以外に何かございましたでしょうか?」
「お前ってさ、ほんっといつもいつもマイペースだよな。そんなカッチカチでこの先どうすんの? もう魔王はいないし楽に生きてもいいんだよ?」
「私の生き方が固かろうが柔らかろうがそんなことはどうでもよろしい。キルヒギール卿はいささか自分に対して柔らかすぎますな。魔王が滅んだとはいえそれで世界が平和になるわけではありますまい。我々は新しいスタート地点に立ったに過ぎないのです」
「む……まぁ、それはあれだ……だから新しい取り組みに向けて旅は必要だということだよ。まぁその、なんだ……世の中には柔軟さが必要で、それが大事だということだ。やわやわなくらいがいいぞ」
「さようですか。それは実に興味深いご意見ですな。自称ハードボイルドは見識が豊かでいらっしゃる」
「…………」
こいつはさぁ。一事が万事こうなんだもんな。
思い返してみればこいつとの旅はマジで苦痛だったよ。
でも物資手配とか新拠点での根廻とかすっげーうまいから切るに切れないんだよ。今だってなんだかんだで俺には意味の分からない貴族の準備だの根廻だのしてくれてるし。
ダメだ。こいつとまともにやりあって勝てるわけがない。勝てた試しもない。
話題を変えよう。