烏女女王の里帰り ②-3-1
女郎蜘蛛ジュンコを連れて俺は世界樹の元へ行ってみた。
「今思い出したが、そういえばジュンコって別れ際、世界樹に行ってみたいって言ってたな。何の用だったのだ?」
ビクッ! と震える女郎蜘蛛。
俺に言われるがまま俺の後ろをついてきていた蜘蛛だが、その距離は少し遠い。
「そう緊張するな。俺たちは元とはいえ仲間ではないか。まー、お前が人間ではなく実はアラクネだったと知った時は少し悲しく思わないでもなかったが、そんなのは些細な話だ。
元々ハングレだったお前には、俺に反意を抱いた瞬間体のどこかがランダムで膨らむ呪いをかけてあっただろう?
膨らんだ箇所は元には戻らず徐々に腐りやがて裂ける。裂けた部位は化膿し、膿は皮膚を侵食し溶かす。そうなったら肉も骨も原型を止められなくなりお前は溶けたヘドロとなって永遠の苦痛の時間を過ごすことになるから気を付けるように。なんて忠告したこともあったっけな。懐かしいな」
気楽に歩きながら話していたのに後ろからものすごい緊張を感じ、俺はふと足を止めて振り向く。
そこには盛大に体を震わせたせいか地面に足をめり込ませている蜘蛛の姿があった。
加えてジュンコは発作を思わせるような過呼吸ぶり。やはり蜘蛛の体がなじんでいないのではなかろうか。
「どうした? もしかして――(蜘蛛の体があんまり調子よくないのか?)」
『イエ! 決シテ! (主様を裏切るなど)ソノヨウナコトハ! 決シテ!!』
「……そ、そうか。ならよいが」
身体全身で否定されたせいで軽く地震と衝撃波が発生したが、特に何もなかったように俺は世界樹に向けて歩き出す。ジュンコは相変わらずシャイだな、などと思いながら。
「で、世界樹には何の用件が、だったか? 忌憚なく述べるがいい。お前は世界樹で何をするつもりだったのだ?」
『アノ……ソノ……進化ヲ、デ、アリンス』
ジュンコの目的は脱皮であるようだ。
彼女の話によると、彼女は世界樹の葉を食い、世界樹に巣を作り、世界樹の力を吸い上げることで脱皮を行いアラクネの最終進化形態である七呪神になることが目的であったらしい。
「進化か。そのために世界樹を探していたというわけだな」
『今トナッテハ過ギタ夢デアリンス』
弱弱しい言葉。
その声音から完全に心が折れているのがわかる。
「そうか? なんなら試してみるか? 脱皮」
『エ?』
「幸い目の前には世界樹がある。本当に神になれるのかは知らんが、確かめてみてはどうだ?」
『エ……』
ジュンコの顔が引きつっている。
真意を計りかねているといった様子だ。
俺は跳躍し蜘蛛の上に降り、ジュンコの上半身の前に座ると正面から彼女の肩を揉みながら「肩の力を抜け」と、リラックスを求めた。
「成り行きとはいえ、私はお前を眷属にしてしまったからな。今後私のために働かせることになるのに弱いままにはしておけまい」
『エ、ア、アゥ』
初めて体験するマッサージに目を泳がせ右往左往する女郎蜘蛛。
構わず俺は肩から首筋、首筋から頭へとマッサージの手を動かし、各部を入念に揉んでいく。
揉みながら、努めて優しく声をかける。
「俺は敵にかける情けは持たぬが、味方には寛大であると自負している。お前も例外ではない。お前が脱皮したいというなら俺はそれを助けよう」
『アッ、ア、アァ、アんっ』
マッサージすること数分。
もみほぐされることで緊張が解けたのか、蜘蛛は身体を弛緩させていた。
仕上げに手のひらで体全体をこまかくさわさわと撫でこする。ペットの愛犬を撫でるように、主人として奴隷とスキンシップ。
『オ情ケヲ、ワッチニモ、頂ケルデアリンスカェ?』
「勿論だ。そう悲しげな顔をするな。せっかくの美人が台無しではないか」
ジュンコは美少女というよりは中性的な顔立ちだ。モッコリパッツンなマッシュルーム半切りの髪形をしている。
正直俺のドストライクではない。
だが、女はとりあえず褒めとけばいい。
古代の賢人モルテルランも言っていた。女とは本来の愛よりも好意と優しさを求める生き物なのだと。
その女の将来を思って何かを手ほどきするよりは、その場その場でいたわりと耳に優しい囁きを持って相対したほうがよほど有難がるし言うことも聞くようになるのだと。
大人になるってことは現実を知るってことなんだぜと、昔の偉い人はみんなしてそういうのだ。理想と建前をクソと言いながら、クソと知りつつも、さも真理であるかのように扱うのだ。
なんて思っていたらその途端。ジュンコの上半身がせりあがり、太ももが現れたかと思うと、それが左右に開いた。
――っ?!
俺は目を疑う。
だっていきなり見せられたのが女だったから。
もう一度言おう。
そこには、女があったのだ。
そして次の瞬間、俺のズボンは糸にからめとられそのままはぎとられた。
『ワッチハ、コノ時ヲ待ッテオリンシタ。ワッチニオ情ケヲ下サル、ワッチヨリモ強イ殿方ガ現レルコノ刻ヲ……』
あー。
これはあれか。
奴隷の儀式か。
奴隷になった女というのは、やはり等しく虐待を希望するものなのか。
意味が分からなくて呆然としているうちに俺は分身を真綿でくるまれた。蟲王の門に飲まれたのだ。
躊躇なき先制攻撃。優しく緩くきつい温かなわさわさが俺の分身の全身を覆う。
『ドウカワッチニモ泡沫ノ夢ヲ。モウ少シダケ、コノママデ……』
ちょま。
ねえ前戯は。前戯。
え、さっきので火が付いてる?
インテルインサイドでオンザジョブトレーニング?
ならばこの作業は主としての義務かもしれない。そういう事ならばこのままいたすこともやぶさかではないがしかしちょっとどうしたものか。この四魔貴族が全員生存したまま破壊するものに対峙したような戦力差。
まぁここから先を語るのは蛇足というものだろう。




