烏女女王の里帰り ②-2-3
目を覚ました蜘蛛は自我を取り戻していた。
俺を見て徐々に青くなっていくその顔。
どうやら自分がやらかした記憶もちゃんと残っているようだ。
「あぁ、愛シキ御方。コノ度ハ御方の道具ニシテ頂キ誠ニ有リ難ウ御座イマス。妾ハ……イエ、ワタクシハ、アラクネノ――」
「そういうのはいいよジュンコ」
顔をひきつらせた状態で固まってしまう半人半蜘蛛のジュンコ。
説明をしようと頭を頑張って動かそうとしたようだが、今の俺の一言で全部吹っ飛んでしまったようだ。
「俺の審問スキルを受けて生きている、それがすべて。お前の裏切り行為についてはすべて許そう。だから落ち着いて話してくれ。なにがあった?」
顔をくしゃくしゃし、口をわにわに歪ませ、コクコクとうなずくジュンコ。
少し過呼吸気味だが、ちょっと待てば会話くらいはできるようになるだろう。
「あの、ご主人様。もしかするとこの方は、ご主人様の知己の方なのですか?」
「あぁ、こいつはジュンコだ。かつて俺が魔王討伐の旅をしていたころに身の回りの世話をさせていた元ならず者の女棟梁でな。小間使として勇者御一行に従軍していたのだが、しばらく見ない間に随分と様変わりしたようだ。な? ジュンコ?」
「ハイ! ハイ! デ、アリンスぇ」
「あぁそうだ、ジュンコ。コイツは俺の部下のディオネだ。宜しくしてやってくれ」
「お初にお目にかかりますジュンコ様。私はご主人様の一番奴隷、ディオネと申します。以後お見知りおきを」
「へ、ぁ、ァィ。でぃおね、殿。妾ハ、ジュンコ、デ、アリンスぇ。ヨロシクオ願イシンス」
「よし。まぁ積もる話はあるがまずは移動する。ここではMPが減り続けるからな。ジュンコ、治してやるから乗せてってくれ」
「勿論デアリンスぇ主サマ」
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そこからはジュンコに乗って移動した。
時速40キロは割と早い。
ジュンコに乗ったままジュンコを今後どう使おうか考えること数分。
回廊の出口を発見。ディオネのイメージに間違いがなければ、その門の向こうが神樹庭園である。
さて。成り行きで蜘蛛を連れてきてしまったわけだが大丈夫だろうか。
普通に考えれば、こいつと一緒に中に入って笑顔で迎えてもらえると思うのはいささか希望的観測が過ぎるだろう。
今回の訪問は俺の部下になりませんかという勧誘だ。間違っても俺の奴隷探しではない。だからできるだけ穏便に友好的に事を運びたい。
――まぁディオネの言いだしたことだし、彼女の古巣だし、彼女女王だっていうし、おかしなことにはならないだろうとは思うけど……やっぱジュンコは無いな。
烏女は弱い種族だ。過剰に反応され恐慌状態になられてはまとまる話もまとまるまい。
そう思って俺はジュンコを回廊内でお留守番させることにした。
ディオネだけを伴い、俺はゲートをくぐる。
明るい。
雲ひとつない青い空。
すぐに見えた馬鹿でかい木。
多分あれがディオネの言っていた世界樹というやつだろう。
で。
門の回りが凄いことになっていた。
何がどう凄いのかを具体的に言うと、ゲート周りを烏女らが包囲していた。
皆完全武装で武器まで構えていた。
明らかに戦時仕様である。まぁ回廊側から神樹庭園に門を繋げれば当然結界内世界にそれは伝わるわけで。お出迎えがあるのは別に不思議ではないのだが。
「貴方達は誰に弓を引いているのですか! ひれ伏しなさい!」
驚かされたのは我が奴隷の振る舞いにだ。
開口一番の怒号。
その小さな体のどこにそんな力を隠していたのか。
ディオネの一声に烏女達が怯んでいる。
烏女さんたちの挨拶ってそんな感じなのか。思っていたよりはなはだ体育系だったよ。
「年若き同胞の皆さん。私は天使長にして世界樹の巫女ディオネです! 控えなさい!」
ざわざわする烏女たち。
マジか。初耳だわ。
烏女の女王だとは聞いたけど、天使ってなに?
「うろたえるな同志たちよ! この者は長ではない!」
そこで声を張り言い返してきたのは、後方で弓を構え続ける烏女だ。
真っ白い大きな翼を輝かせる、真っ白い肌の女。
そういえばここにいる烏女の皆さんは身体的特徴こそ烏女そのものなんだけど、一人の例外なくお白い。お白くていらっしゃる。
翼もなくちんまくて浅黒い肌のディオネよりはよほど天使っぽいなりをしてらっしゃるのではないだろうか。
「久しいですね。マルギット」
「黙れ! ディオネ様の名をかたる賊が! よもやその名を騙って生きて帰れるなどとは思うまいな!」
はたから見る分には面識がありそうな二人。
しかしちょっと予想していた展開と違う。
なんというか、五割増しで物々しい。
「マルギット。何をもって私を偽物扱いするのです?」
「知れたこと! 我が権能は巫女を見間違わぬ! 貴様は巫女ではない!」
「そう。でしたらもっとよく見てください。私はディオネです」
「黙れ! 黙れ黙れ! 我が権能は言っている! 貴様はディオネ様ではない!」
「いいえ。私はディオネです。ならばこの身体に刻まれた四大天使の紋章を見――」
「黙れぃ! 純潔を失ったお前などディオネ様であるものか! 皆の者討て! あの偽物を! あのビッチを討ち取れぃ!」
「…………」
――あれ?
これってもしかして、俺のせい?
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本当に矢を射かけられそうになったので奥の手投入。ゲートオープン。
大きく開かれた門から出てきたジュンコが一瞬で糸をまき散らし烏女達をからめとる。
ジュンコを一目見ただけで恐慌状態に陥った烏女達は漏れなくお漏らし。酷い者は失神していた。
「ご主人様申し訳ございません。お恥ずかしい所をお見せしました。ふがいない我らをどうかお許しください」
「詫びずともよいディオネよ。彼女らはお前の管理下にはなかったのだ、お前に非はない」
「ご主人様の深き御慈悲の御心には感謝の言葉もございません。この失態を払拭できる機会をいただけるのであればこれに勝る喜びはございません。何卒私に一族の統括をお命じ下さいませ」
「うむ、任せようディオネよ。全てお前の好きにするがいい。だが、少し堅苦しいな。張り切るのはよいがもっと楽にせよ。お前が責任を感じることはないのだ」
「……はい。ありがとうございますご主人様」
しばしディオネとイチャコラタイム。
奴隷とご主人様ごっこをする。
その後、ディオネは烏女一人一人を教育したいので少し時間をくれと申し出てきた。
もちろん二つ返事で承諾。
「さぁ。私の目を御覧なさい。あなたは生きる価値のない愚物。自我を持つなどおこがましい虫けら。あなたはご主人様の生きた道具。ご主人様の為だけに生き、ご主人様の為だけに死ぬのです――」
何やらディオネが部下に込み入った指導を始めた。
物騒なことを言っている気がしたがきっと気のせいだ。
邪魔しては悪いので俺はその場からそそくさと離脱した。




