烏女女王の里帰り ②-1-3
キルヒギール領はエランシア王国北東部のはずれにある未開の地だ。
ロランシア地方と呼ばれるこの場所は、名目上はエランシア王国の支配圏内。
けれどエランシア国民は一人も住んでいない。
だってここは獰猛な動物や未知の危険植物・昆虫などがわんさかいる場所。怖すぎて入植なんてできない。
実際ここにいただろう元領主はただ住んでいただけで何の開拓もしてなかった。
キルヒギールでやっている事業と言えば北の氷雪地域にあるごみ処理施設の運営くらい。産業らしい産業がない。
国土のほとんどを占める木々は通称枯れた魔木と呼ばれる厄介物。ただの鉄器では切り倒せないくらい固い木なので加工できず使い道がない。
仮に木々を切り倒し土地を開いたとしても、地盤が岩のように固いため農地には出来ない。鉄農具では耕せないから。
広い領土を主張したかった国の見栄が生んだ不良債権みたいな場所なのかもしれない。ぽっと出の人間兵器でしかない俺に与えてもどこの貴族からも文句が出なかったそんな場所だもの。
そしてその領主の館は、隣のセルニカ領との境界線ぎりぎりのところに建っている。
食料自給率ゼロパーセントの暮らしは、必要な生活物資をセルニカからの配給で賄っており、そのセルニカ領は王族の直轄領だ。
王族のご機嫌を損ねると生命線が立たれるという環境、これつまりまな板の鯉。キルヒギール領を任される身分がどういうものなのかすごくわかりやすいよね。
そしてそんな場所を拝領してしまった俺は今、我が物顔で魔木の森を散策中ですディオネに連れられて。
座標を手探りで探さないといけないらしく徒歩を強いられているわけです。
「ご主人様、あのあたりだと思うのですが先客が……」
「慌てるな。森の住人同士の小競り合いだ。少し様子を見よう」
「はい。ご主人様」
半日以上歩き続けた頃。
ディオネは目的の座標を見つけたのだが、その場所には先客がいた。
熊と犬である。
両者は争っていた。我々がその場で目撃したのは、熊を包囲した犬らが波状攻撃を仕掛けているところだった。
秋田犬が宙を舞い、体を全回転させながら熊に襲い掛かる光景はまるで流れ星何某。あの秋田犬、ギンという名前かも、いや止めておこう。そういうのはアレだから。
だが犬たちの攻撃はその華麗さに反して効果を上げていないようだ。
統率もとれており絶え間なく隙なく攻め続けているのだが、熊は傷一つ負っていない。数十頭以上いる秋田犬に対し終始優勢なのは熊――ヒグマのほうだ。ぶっちゃけ犬たちは熊にあしらわれている。
そうこうしているうちにヒグマが反撃を開始。犬らは疲労による僅かな緩みを突かれてあれよあれよと熊の爪に切り裂かれ、なぎ倒されていく。
ほどなくして犬たちは全滅した。
――レベルにして四十というところか。
犬を全滅させ、いずこかへ去っていく熊。俺たちは黙ってそれを見送る。
「ふむ、終わったな。ではいくとするか……いや」
自然界の掟に従ってやり合った結果だ。善も悪もない。
両者の命のやり取りについて思うことはない。だが俺は考える。残った死体をどうしようかと。
このまま置いておいても森の住人達が食べるだろうが、しかし密集した場所にこれだけの数だ。食べ残しが出るんじゃないかな。
そういうのって放置したら疫病の温床になったりしないかな。寒い地域だと死体が土に還るのにけっこうな時間がかかるっていうし。
「そうだな……ちょっと待っているがよい」
それならば。と、俺は戦いの終わった戦場に転がる犬の骸を拾い、一か所に集めた。
「ご主人様。犬たちを弔うのですか?」
「試す機会のなかったスキルを使ってみようと思ってな。死骸を生贄にゲートを開く。魔力の有効利用だ」
え? という顔をするディオネ。
「何か問題があるか?」
「あ、いいえ、その……どのようにされるのかと思っただけです」
「ふふ、まぁみていろ」
――〈血の祭壇〉――
俺が過去にとある吸血鬼から奪ったスキルを発動させると、犬たちの体に開いた傷口から血が噴き出し空へと舞いあがった。
「ッ!?」
絶句するディオネ。彼女の見上げる先――上空三メートルあたりに――には、空に撒かれた血を吸引する闇があった。
闇はみるみるうちに血を集めの血によって実体化し、プルプルと震える血の玉となる。血と魂を魔力に変換する小さな装置の完成だ。
「ふむ。なかなか良い。が、少し足らんな。結局俺の魔力を足さねばならんか」
血の祭壇の出来上がりに満足する俺を凝視するディオネ。
その顔はサプライズに驚く田舎の村娘のよう。
「さすがご主人様です。戦士の魂をただ輪廻に還すでなくこのように有効活用なされるとは……まるでかの大神のようであらせられます」
俺から血の祭壇に視線を移し、その後虚空を見上げながら一人ぶつぶつ呟き納得顔をするディオネ。何に納得したのか知らないが問いただすほどの事でもないのでスルーする。
「さぁディオネよ。イメージするがいい。お前の住んでいた森の記憶を」
代行魔術。
対象者の魔術記憶領域に干渉し、魔術展開回路を解析することで術式を代行する俺のオリジナルスキルである。
血の祭壇に蓄えられた瘴気から魔力の源泉である聖粒輝を熾して、ディオネの記憶を元に俺は術式を編んでいく。
そうして俺は世界に一つしかない俺専用の転移門――〈多次元門〉――を作り上げた。
「こ、これは〈秘跡の門〉?! ……さ、さすがは、ご主人様です」
呻くようにしてディオネが賞賛の言葉を吐き出す。
いやいやそんなにすごいもんじゃないのだけど。でも褒められてうれしくないことはない。
ちょっと持ち上げ過ぎじゃない? とは思うけれども。お前はほんとにいい奴隷だよ。
「いくぞ。目的地に着くまではMPが減り続ける。さっさと通り抜けてしまおう」
俺はディオネの賛辞に気をよくしつつ門を開けて中に入った。
俺から離れまいと駆けてくるディオネの気配を感じながら、「今の俺、主人としてちょっとカッコよかったんじゃない?」なんて思ったくらいにして。




