烏女女王の里帰り ②-1-2
「指令書だと? こんなに急に?」
「ええ。王より討伐令が出ております」
「……とうばつれい?」
伯爵を受けた瞬間より、貴族となった俺には王命に従わなければならないという義務が課せられている。だがこんなに早く命令が下るとは思っていなかった。
現実逃避したい気持ちを抑えて、俺は目の前に広げられたダールの持つスクロールを読む。
下された命の題目は治安維持活動。
魔の森の制圧とそこに住む魔物の討伐。
「屋敷の清掃すら済んでいないというのにもう働かせる気か?」
OJTとは名ばかりでただ戦場に新人を放り込むだけのブラック企業さながらの所業に俺の怒りがこみ上げる。
「元々そのためにあてがわれた領地です。急なのは貴族たちの突き上げが強いのでしょう」
それに対し勇者御一行様の一人である商人は涼しい顔で返答した。
いやそれはわかってたけどさ、って脳内で愚痴る俺の顔は渋面なのに。
「我が領地は危険を避けるための緩衝地帯だろ。王国の端っこ。ど田舎。かっこよく言うと辺境。ゆえに自領民はゼロだ。ここまで性急な治安維持活動実施の必要性を認めないのだが?」
「王国の勢力圏内に治安の悪い場所があるというのが問題視されているようです」
「だとしてもこの広い範囲を巡回警備するとか無理だろ。俺は一人なんだぞ」
「ならば騎士団を設立なさってはいかがでしょう」
「その時間を与えない内容ではないか。一週間以内に魔物千体を討伐しろとか頭おかしいこと書いてるんだけど一人じゃ無理だってわかるよねお前にも」
「お一人では無理でも軍ならば可能な数です」
「どうやって今から人を集めるんだよ、俺には無理だぞお前やってくれ、スタッフ仕切るの得意じゃん?」
「お断りいたします。武の統括については門外漢でございます」
「お前……」
忙しいのに何でもかんでもやらせんなよと遠回しで言われて俺は絶句した。
そういえばダールという男は自分の利益にならないことをやらない主義だった。
騎士団の維持は金も工数もかかる。割に合わないコストセンターの運営などまっぴらごめんという事なのだろう。
でもそれじゃ困るんだよ。このままじゃ俺の立場が揺らぐじゃんか。
伯爵なんて地位はどうでもいいけど仕事できなくて降ろされた人って風評で後ろ指指される人生なんてまっぴらごめん之介だよ。
「なぁダール、金なら――」
「ではまたのご来店をお待ちしております」
俺の言葉をぴしゃりと遮るとダールは回れ右して足早に去っていく。
あ、これ絶対仕事受けない時にやる態度だ。そんなことも出来ない人とは縁を切りますねってパターン。
こうなったらもうあの男は何を言っても動かない。頑固一徹のくそ爺化。
俺は憮然とした態度で偉そうな演技をしつつ、内心でしょんぼりしたままとりあえず帰宅することにした。
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急造要塞帰宅後。ロビーにて。
「はぁ。……ゴホン。あー、ディオネ。寝室の隣の部屋を暫く使わせてやる。そこに荷物を片付けたら、あとは呼ぶまで自由にしてよい」
畏まりましたとその場で一礼し、荷物を持って早歩きで移動するディオネ。
その後ろ姿を見送ってから俺はテーブルに命令書を投げ置き、だらしなくソファーに身を投げる。
ふー。どうしよう。
人を集めるとかマジ無理。
そんなことできる能力があったらもうちょっと早く魔王を討伐出来ていたと思う。
人を集めるとか俺のコミュスキルレベルでは無理だ。
勇者様御一行は勝手にみんなが寄ってきて、結果できてしまった集団であって俺が集めたわけじゃない。
騎士団だの兵団だのと俺に人材を集められるはずがない。面接とか無理だよ。「熱いコーヒーが一杯、そして冷蔵庫から出したばかりの冷たいミルクがあります。室温はコーヒーの温度とミルクの温度の中間です。最初、途中、最後の、どのタイミングでミルクをコーヒーに入れると最も早くコーヒーの温度を下げることができますか?」とかいう採用試験問題を俺が思いつくことなんて絶対にないしそういう問題の答えを俺の頭でひねり出す事も不可能だ。亀の腹筋案件であること甚だしい。
――これ、ブッチしたらどうなるのかなぁ。
俺の力は賊を一匹一匹倒すのには向いていない。オーバーキルすぎて燃費も悪い。
隠れたり逃げたりする相手を追跡して倒すのも苦手だ。魔王や幹部の魔物は逃げないから考えようによってはそっちの方が楽に倒せる。
もうこうなったら伯爵なんてやめてやろうか。
でもなぁ。そんなことしたら色んな嫌がらせされるんだろうなぁ。
道歩いてたら突然うんこ投げてくる集団とかに囲まれるかもしんない。
外食したら皿に虫とか入れられるかもしんない。
それで短気おこして暴れたら警備兵にしょっ引かれて、脱獄したら指名手配されて、あれよあれよと冤罪を盛られて国賊にされて、下手したら新しい魔王に指定されたりするかもしれない。そうなったらもう第二の人生を謳歌するなんて言っていられなくなる。
俺は楽しい人生を送りたいのだ。逃走人生とかノーサンキュー。
とすれば、やはり人を集めるしかないのかもしれない。
などと考えていたら。
「ご主人様。騎士団派兵の指揮に行かれるのですか?」
いつの間にか戻ってきていたディオネが疑問を口にした。
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この子命令書を読んだくさい。
奴隷なのに文字が読めるのね。お兄さんちょっと驚いたよ。
奴隷だから文字読めないだろって思い込んでた。さすが元女王。見識高し君。
「騎士団など不要。野山を這いずる有象無象など鎧袖一触」
「さすがご主人様です」
まぁ嘘は言ってない。問題はエンカウントするかどうかなだけで。
見張りに張り付かれて逃げ回られたら逆にこっちが野山を這いずることになるだろうってだけの話で。
「ですが、御身を運ばれるにふさわしい任務とは思えません」
「ふむ。そう発言するからには、お前には何か考えがあるのだろうな?」
「恐れながら。もしお許しいただけるなら私にお暇をいただけないでしょうか」
「ほう。我が元から離れたいと申すか」
「私の身も心も――何もかもすべて、昨日をもってご主人様のものとなりました。私の身が少しの時間ご主人様の元を離れようとも私の心はご主人様と永久に共にございます」
真っ直ぐ見つめてくるディオネ。
ちょっと間をおいて、顔が赤くなるディオネ。
え、何その反応。
ちょっと今、腰がくねっとしたの、気になる。
言っちゃった、てへ、カッコはーと。みたいな乙女チックな反応されても困るよ。
こっちはお前が何をしたいか全然見当がつかない状態であるからにして。
「ふむ。私は貴様の忠誠を信じぬではない。しかし我が元を離れて何をしたいというのだ。お前は私が初めて持つ私個人の部下だ。部下の仕事に目を配るのは上司の勤めである。私にできることがあるなら手伝うこともやぶさかではない。正直に申してみよ」
「はっ、ありがとうございます! しかしご主人様の手を煩わせるなど恐れ多いことでございます。私はもしお許しいただけるのであれば、一族の生き残りを指揮してご主人様の露払いをさせていただきたいと思っております」
深々と礼をするディオネ。
なんでか感極まってて表情が崩れている。
何がその琴線に触れたのかわからなくてちょっとこわい。
でも彼女の提案、悪くない。
俺はそういうのを求めていた。
勝手に人を集めてくれる才能を欲していた。
もしかしてコイツ、掃除婦として使い倒すにはもったいない逸材なのか?
彼女のマネージャーとしての資質は俺のボッチを解消する糸口となるかもしれない。そんな予感がした。
「そうか。お前の忠義、うれしく思う」
これいけんじゃね? 大逆転じゃね? ボッチ離脱の序章じゃないですかねこれ。
心の中に湧き上がってくる興奮を抑え込みながら俺は努めて平静を装う。
声が上ずらないよう気合を入れて涼しい顔をする。
キタコレ。
これはキタ気がする。
ガチャで出てきたレアっぽいの、実はスーパーレアだったとわかった時のような感動を俺は噛みしめていた。
これは手伝うしかない。
全力でサポートするしかない。
乗るしかないこのビッグウェーブ。
「だがやみくもに探すのでは手間も時間もかかるだろう。お前の時間は私の時間だ、浪費させるわけにはいかぬ。生き残りがどこにいるかの目途は付いているのか?」
「はい。神樹庭園という次元の狭間にある閉じた場所です。ご主人様に回復していただいた今の私ならば、ここから一番近い座標より道を開くことができるかと思います」
「ならば私も手伝おう。移動には私がいた方がよい。次元回廊名と座標点を言うがいい」
「そんな、ご主人様にご足労頂くなど――」
「ディオネよ、何を遠慮することがある。お前が自身を私のものだというのなら、私は主としてお前の忠義に報いよう。私がお前を大事にするのは当然のことではないか」
「ご主人様……」
俺の何気ない一言を聞き、急にディオネの目から涙があふれる。
何が琴線に触れたのか知らないが号泣スタート。
いやえっと、泣くほどのことは言ってないのだが?
どんだけ優しさに飢えていたのさ。
そんでもってこういう場合、奴隷の主人はどうするのが正解なの。とりま抱きしめとけばおけ?
彼女をそのまま引き寄せると俺の股間とディオネのお顔がご対面してしまうので、しゃがんで目線を合わせ、手持無沙汰な両手をディオネの後ろに回し抱っこしてふんわり抱きしめポーズ。
子供をよしよししてるかのような俺と、その胸に顔を押し当て泣くディオネ。
まぁご主人様としてこれくらいの奴隷ケアは苦ではない。けど、なんかさっきより大きく泣いてる。泣き止むどころかさらに泣かしてしまっている感じになってきた。
――何故泣きやまぬ?
まさか虐待しなかったからか?
意地悪して突っぱねるのが正解だったか?
だがここで突っぱねるとボッチ地獄が継続してしまうフラグが立ちそうで怖いんだ。悪いけどそれは許してほしい。




