プロローグ
俺は魔王を倒した。
俺に魔王退治を依頼した王は国を挙げて祝い、姫をやると言ってきた。
姫は十代後半結婚適齢期。
王様の血を引いているのか疑わしいくらいの美人。
俺としては、結婚することには否はない。
けれど俺にはわかる。
それは選んじゃいけない選択肢であると。
女が政略の道具として結婚をさせられるのはこの世の常だ。
好きになった相手と結婚する。そんな自由なんて貴族の世界にはない。
お父さんが嫁に行けと言えばいかなければならないのがこの世界の文化だ。
だが俺は、魔王との戦いの果てに新たな世界を見た。
こことは違う、ゴーレムが世を支配する世界。
いや、ゴーレムではない。エアイなる神の現身。
俺はその世界で、禁断の知識に触れてしまった。
押し付けられた結婚の裏側を描いた物語――確かその禁書の名は【えぬてぃーあーる】。
姫にも好きな人がいたかもしれない。
愛を誓い合った男性がいたかもしれない。
だがだとしても、それが表に出ることはないし、俺にもその真偽を知るすべはない。
「大きくなったら結婚しようね」なんて約束をした幼馴染とかいたらどうしよう。
王の命令に抗えずやってきた姫。
意図せず両想いの二人を引き裂く俺。
もしもそんな背景があったら、俺は間違いなく良心の呵責に押しつぶされてしまうだろう。
そんな姫を相手に男女の機微を営むなんてこと俺にはできない。
姫が好きになった男から姫を寝取る(NTR)なんて俺には絶対にできないよ。
姫が俺のナニを気に入って快楽落ちするなんてことはあり得ないんだ。
そんなものは芸術聖典ウスイホンの世界でしか起こりえない虚構に過ぎないんだ。
俺は現実を知っている。だって俺は勇者なのだから。
マックスハードボイルド俺ツウエエエな存在として生み出された代償に、決して真実の愛を手にすることが叶わぬ憐れな存在。それこそが俺なのだ。
俺は自分の分というものを知っている。
押し付けられた結婚など罠でしかない。
結婚した後で真実が爆発したら致命傷不可避。
マンフロイに言って姫の記憶を消すか?
ファラフレイムで姫の愛した男を焼き殺すか?
悲しいけどこれ現実なのよね。と我が敬愛せしスレッガー中尉ならきっとすべてを許しただろうさ。でも俺には無理だ。許せそうにない。きっと俺は自分を許せない。
固ゆでな俺は、故にその申し出を丁重に辞退した。
そうしたら王は、今度は爵位をくれると言った。
伯爵だって。
そういうのって、急な思い付きでホイホイ準備できるものなのかな。
あ、今思い付いた。みたいな感じ出してたけど、そんなわけないじゃん。
おおかた姫と結婚させるために、相手が勇者とはいえ平民だと格好がつかないから、俺の家格を調整する目的で事前に準備しておいたに違いない。
そう。俺は勇者と言えど平民だ。
もっといえば卑しい孤児の出だ。
貴族からすれば平民を敬うなど絶対にやりたくないお仕事。
魔王を倒した手前、貴族らはみんな俺のことを「勇者様」「勇者様」と称えてはいるが、内心ではハラワタ煮えくりかえっているだろうよ。
悪いけど、あんまり頭の良くない俺にだって流石にわかるんだよね。貴族らの望んだ結末が、魔王と勇者の共倒れである、なんてことはさ。
これが奴らのハッピーエンド。
しかし俺は生き残った。生き残ってしまった。
奴らからしたらこれは苦いトゥルーエンド。
物語はハッピーエンドで終わらなきゃね派からは不満噴出。王家には謎の投書が毎日届いているに違いない。もうその輩どもは俺を始末したくてたまらないだろうね。
だが俺を暗殺するという手段は、次から俺にマークされるという危険を伴う諸刃の剣。素人にはお薦め出来ない。
だから。
王は俺を抱え込んでおきたいのだ。
貴族が王家に向けるヘイトを勇者に集めて、さらに勇者を王家の番犬として飼い、庭に侍らしておくのが王様の出した最適解と。
まぁ確かに俺は危険な存在かもしれない。触ったらやけどするぜ? な、固ゆでマンだからにして。
魔王を倒したキラーマシンなんて危なくて放っておけるはずもなく、国政を預かる身としては何としてでも首輪をつけたいと、そういうことだろう。
はてさて困った。
これを断るとどうなるか。
勇者包囲網かな? 第六天魔王とか呼ばれるかな?
なにかと因縁をつけて周辺諸国と討伐連合を組んじゃったりして。
第二の魔王呼ばわりとか笑っちゃうけどありそうで怖い。
いやいやどうかな。それもありそうっちゃありそうだけど、そういう正攻法でくると考えるのは短絡的かもしれない。正面切って戦って俺に勝てるなら王国軍で魔王は倒せただろう。
きっとあの手この手でなんやかんややってくるに違いない。
ご飯を食べに来たら料理に虫を入れるとか。
綺麗なウェイトレスに「バカ」って書いた紙を俺の背中にはっつけさせるとか。
勇者を見た国民に「犬のウンコ踏んで気がつかないやつ~」とか悪口を言って逃げさせるとか。
そういう嫌がらせ・風評攻撃を行政指導するかもしれない。
うーむ。
考えただけで恐ろしい。
是が非でもそんな未来は避けたい。
ここは後ろ盾を求めてどこかの大国の子飼い冒険者にでもなろうか。
いや、それはダメだな。国際問題に発展してこじれたら俺なんぞポイ捨てされる。
勇者といえど所詮は平民。貴族どもの特権意識ときたら教会の上級神職並みに度し難いからな。奴らは決して俺のことを同じ人間とは認識しないだろう。
そもそも王女の婚姻話を袖にした時点で俺の未来は暗い。
あれ、今考えたらそれはそれでほもぉ……な風評攻撃のソースにされかねないのでは。
まずい。
それだったらせめて王の爵位作戦に乗っかった方がまだマシかもしんない。
アレも嫌これも嫌は通らない局面。名案なんて浮かばないし、これ詰んだのでは。
あー。これ無理だわ。王手飛車取りだわ。もう乗るしかないわ。
はぁ。はぁもう。
しょうがないね。
困ったらその時考えればいいんじゃないかな。うん、それしかないな。
という経緯で、俺は伯爵位だけは受けることにした。
勇者は王の家臣。
そういう建前さえ整えておけば許してもらえる。
と、思っている――んだけど、どうなのかな。
大丈夫だよな。
大丈夫だったらいいなぁ。
ひっそりと過ごしていく分には多少融通を利かせてくれるんじゃないかなと、わたくしは、切に願う次第であります。
ほんとまじでおねがい。